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大学4年間で達成すべきこととは?
- 大学4年間で自身の研究を完成させる為、日本でのゼミ参加と米国へ留学に取り組んでいます
- 大学4年間には国際舞台で通用する人材になることを目指し、語学学習と留学を積極的に行っています
- 留学を通じて自国を客観的に眺める視座を身に付け、外交問題や国際情勢について議論できる知識や経験を得ることが目標です
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(1) 私は4年間で達成しようとしていることは、研究を完成度の高いものにすることである。 それは、一通りのことをそろえるという意味に留まらず、発展的な内容を盛り込むということである。 近代日本政治学を研究するゼミに所属している私は、「日本と米国・中国との外交関係」をテーマとし、日本に多大な影響力を持つこの二大国との関係を、近代の歴史の観点から研究している。 日本国内においても相当の研究は可能であると承知してはいるが、その場合、どうしても国内から国外を見るという立場となってしまうことは否めないであろう。したがって、より発展的な研究を行うには自国を客観的に眺めることが欠かせない。それを実現する手段の一つとして、日本・中国はもちろんのこと、多数の国々と強い外交関係を持っている米国へ留学することが有効と考える。そして、世界各国の学生と日米中3国を中心とした外交問題や国際情勢について議論できる程の知識や経験を身に付けることが必要であると考える。 米国への留学を実現するため、私は1,2年時から具体的な準備をした。まず、相手国の政治を理解するには、言語の習得は必須であると考え、英語・中国語両方のインテンシブコースを履修した。2年時には、実際に米国への短期留学もした。 そして、~の決定により、今年の9月から交換留学生としてカリフォルニア大学アーヴァイン校へ留学する運びとなった。長期間の留学を通じ、日本という国を客観的に眺める姿勢を身に付け、自分自身の研究を発展・完成させようと考えている。 (2) 大学4年間に達成すべきこととして、私は「国際舞台に通用する人材になること」を目標にしている。 目標を実現する為、私は1・2年時から具体的行動を始めている。まず、英語・中国語共にインテンシブコースを履修し、次に米国への短期留学をした。これらの経験を通じて最も感じたのは、将来国際舞台で活躍するための更なる留学の必要性である。 慶應義塾で政治学を専攻している私は、日本に特に大きな影響を与える米国と中国との外交関係に研究対象を絞っており、3年時からは日本政治学の研究会に所属して研究に勤しんでいる。 しかし、専ら国内に身を置いての研究は日本からの視点を中心としており、更に研究を発展させるには自国を客観的に眺める視座が欠かせない。その為には日本とも中国とも強い外交関係を持っている米国へ留学し、世界各国の学生と日米中3国を中心とした外交問題や国際情勢について議論できる程の知識や経験を身に付ける事が不可欠であると考えた。 幸い私は、今年の9月から交換留学生として、米国のカリフォルニア大学アーヴァイン校に留学できることが決まっている。 私の留学目的は2つある。まず、私自身の研究の発展である。次に、将来の為のキャリア形成である。私は将来、国際的に事業を展開している企業への就職を考えている為、この留学経験がその夢の実現の大きな手助けになると考えている。 以上のように大学4年間で国際舞台に通じた人材になる為、具体的・主体的な行動をしている。 奨学金がもらえたら、私に10%ください(笑)
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- TANUHACHI
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あくまでも私見ですが「両者共に論外」、これが結論です。 最大の理由としては「君自身の問題意識がどこにあるのか不明」ということと「自身の成功譚のために奨学金があるのではない」という点を君自身が理解していると感じることが難しいことを指摘させていただきます。「国際舞台に通じた人材になる」この内容が具体的に記されていません。 日米関係と日中関係を基軸とするとはいっても、では具体的に「近代日本」のどの部分を対象として考察しようというのか。そしてそれが近代と近代以降の日本にとってどの様な問題を投影しているというのか、全て不明なままです。そして次の点が最大の問題点です。「日本国内にいては日本を客観的に視ることができない」、これは如何なる論拠に基づく判断なのか。日本の国内にいながら日本を客観視する視点は幾らでもある。端的な例を挙げるならば、外国の研究者による研究文献を原語で読むこともその1つです。そう「彼らは日本の国外から日本を観ている」のです。この事にお気づきでしたか?。そこには山のような研究論文があります。 「国際感覚を身に着ける」と称して留学を希望する学生は僕の周囲にもいますが、彼らに共通する問題点は「外国語で議論できることの能力」と「議論する内容に対しての深い掘り下げ」の峻別が意識されていない点に象徴されています。如何に手段としての語学が巧みであろうとも自らの専門とする学問分野に対しての洞察能力が欠如していれば、相手はあなたに対してどの様に感ずるでしょうか?。「私はあなたに“この問題に関する見解”を尋ねているのであって、あなたの語学能力を尋ねているのではない」とも言われかねません。 慶応大学で学んでいるのであれば、当然のことながら福沢諭吉の政治思想に関しても学んでいる事でしょう。最低限、丸山真男の「『文明論之概略』を読む」は既読のはずです。「脱亜入欧」と福沢諭吉の関係について理解していますか?。同時に松本三之介、石田雄、藤田省三、松下圭一、橋川文三、神島二郎や南原繁、篠原一、福田歓一、坂本義和、京極純一、三谷太一郎など各氏の論考にも目を通されていることでしょう。現在ならば金子勝氏が同じ大学で教鞭を執っていらっしゃいます。 先ずはご自身が「研究」と称される内容を担当教授から精査吟味していただいた上で身の処し方を判断する事が先決問題であると私は考えますが如何でしょうか?。
- 柊 うろん(@uronly)
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私輩なら【2】は論外だけど 日本には【2】選ぶやつ多数 【1】は受験なら満点の紙屑 渡航せずウェブで習え盲費家
お礼
ありがとうございます! 文体だけでだいぶ印象が変わるものですね^^助かります!