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生きることに意味や価値はないのでは?
僕らは(?)は、生きることや命に意味や価値があると考えてはいないだろうか? 「一つの命は地球より重い」と言う言葉があるが、中東の戦争で数多くの命が失われたりしているけれど、それは、地球に、僕らの生活に何らかの変化を与えただろうか? 石油の値段が上がったりするけれど、それは、命が失われた事と直接の関係ない。 僕らは生き、食するため、多くの動物の命を奪うけれどだからと言って、僕たちが何かを「大きく」損ねているだろうか? 物心ついてから、生きることや、生命に意味や価値を考えてきたかも知れないけれど、 物心つかない子供の頃は、そんなことを考えないでも、充分に生きていてた。 生きることの意味や価値を考えないでも、快活に生きていた。 宗教には、偶像崇拝を禁じる考えがある。 神に形を与えるのを誤った態度だとする考えがある。 何らかの像をつくり、そこに心のやり場を求めるのは、人間が未熟で容易に安心を求めようとするからではないか? 真摯に、不安を受け入れるなら、偶像は不要ではないか? 真摯に、不安向き合うなら、生きることの無価値の中でも子供のように快活に生きられるのではないか?
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お礼
回答ありがとうございます。 器と器の中身の関係が、心と何の関係に相当するのかよく分かりません。 (仏陀の教えにあったように思うのですが、記憶が曖昧です・・・) その辺を説明いただくと、より詳しい理解が出来ると思います。