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羅生門読んだけど何がいいの?

羅生門読んだけど何がいいの? 何も伝わってこないけど 人間生きるためなら何だってする所詮は動物だって言いたいの? 教えて文学者さん

みんなの回答

  • rkd4050
  • ベストアンサー率60% (112/184)
回答No.4

 文学者さんです(笑) 「羅生門」の面白さは、昔話を元して作られた短い作品でありながら、人の心理をうまく表現している点にあります。  この主人公は、いくらリストラされて困っていても、何の理由もなく犯罪に手を染められるほど悪人でもないし、また、勇気もないわけです。相手が自分より弱い場合限定ですが、犯罪に対して正義感を燃やせる程度には良心もあります。でも、盗む相手が犯罪者なら、何の躊躇もなく強盗ができるわけですよね。  お前だって死体剥ぎして暮らしてるんだから、俺に剥ぎ取られたって文句言えないよな? という自分の良心をごまかせる理屈があって、初めて犯行に及べるわけです。  この中途半端な正義感は、なかなか人間心理を的確に表していると思いませんか?  羅生門で会ったのが醜悪かつ小物の犯罪者だったから、主人公は犯行に及べたのです。出会ったのが聖者であれば、たとえどんなに困っても犯罪には手を出さず、餓死の道を歩んだかもしれません。殺人鬼に追い回されたなら、こんな恐ろしい世界に手を染めるのは御免だということで、悪の道に走るのを断念したかもしれません。同じくリストラされて困っている人と出会ったなら、夜通し愚痴を言い合ったりして、それで気が晴れて、なんでもいいから次の職を探そうという気になったかもしれません。  ごく平凡な人間が、ちょっとしたきっかけで人生を大きく左右されてしまう微妙さが、この作品のスリリングなところであるわけです。  羅生門という舞台は、人を悪の道へと踏み誤らせる魔の雰囲気があって、でも、人を魔の手に導くのは悪魔や鬼などではなく、やっぱり人間(しかも小物)だったというところがミソなわけですね。  まあ、この作品は別に訓話でもなんでもないので、人間心理の面白さや雰囲気なんかを楽しめばいいだけなのですが、あえてここから教訓を得るとすれば、類は友を呼ぶ、といったところじゃないですか?

回答No.3

うーん、さて。 なにが良いんでしょう? kutanoboさんに何も伝わらなかったのなら、 あなたにとって『羅生門』は価値がなかった、というのが一番正解に近いんではないでしょうか。 ちなみに、私にとって村上春樹はまったく無価値です。 私は「文学者さん」じゃありませんが、 本っていうのは、他人がいくら評価しても、自分に響いてこなければただのかさばる紙の束でしかないものだと思っています。 同時に、どの本が響くか響かないか、というのはそのまま自分の内面を表すものだとも思います。 ……村上春樹=無価値をカミングアウトしてしまった……

回答No.2

 “文学者さん”ではないんですが。  何かを食べていきていくように、この地上界はできている。食物連鎖がそうだし、この連鎖はあらゆるところである。  逃れられない、人間とその他の存在体の宿命なんですね。  いろいろ美しい自然がある。美しい高尚な文学や芸術、思想や哲学或いは宗教があっても、所詮はこの地上界の連鎖から解放はされてはいない。  といことでしょうか?  そうですか?何も伝わって来なかったのですか?普段は他人(ひと)事ですからね。

  • glotte
  • ベストアンサー率22% (306/1348)
回答No.1

わたしは、3人が3様に、うそではなく異なる事実を述べるところが感動しました。 ひとつの事実を、かかわる人間たちの見え方、感じ方が、違うということを読んだとき感じました。 たとえば、うつくしい山の景色を3人で同時に並んで、ながめてても、3人とも違う景色が目に映ってるということ。 人間の脳は、じぶんの都合のよいように、見せたり感じさせたりしますからね。