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神社の鏡
神社の拝殿から拝見すると、神社には丸い鏡が見えます。 あの鏡の由来と意味についてどうか教えてください。
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神道で鏡は様々な捉え方をしています。 一つは御神体としての鏡。これは太陽光を反射する鏡こそ、太陽に象徴される天照大神だという考え方、或いは鏡の神秘性からイメージされる神という意味です。 この場合御神体なので神社の奥深く、或いは厨子の中に入っていて観る事は殆どの場合はできません。 更に「カミ(神)」という言葉は鏡そのものだと唱える人が居ます。神は中国の超越した存在に対する呼称。これを倭言葉の「カム」に当て嵌めたのです。従ってここで言うカミは神ではなく。鏡でもあるということになります。 次にあるのが鏡は真実を映し出すという考えからのもの。 つまり参拝する際に鏡に映る自分を見て、自分の心の中を映し出す事に意味があります。 また、太陽の反射により光が差す状態。今でこそ反射だと知っていますが、昔は鏡の中から光が放たれていると考えていたという説があります。つまり、神は鏡の向こうに居るということです。 神様は神殿の奥深く、御簾や厨子の奥に居ますが、鏡によってこちらを見ていると考えるわけです。つまり、神殿の前に有る鏡は神様がこちらを眺める窓という事になります。 神道と言っても本来の日本の神道は少なく、神道は道教や密教などの影響を大きく受けています。 従って、その解釈も一つではなく、その影響を受けている神道によって様々に解釈されているといえます。 道教ではその霊力を得た証しとして自分の鏡を手に入れなければならないといわれています。古今東西を問わず鏡の超自然的な存在を畏怖する気持ちがあります。 神道における鏡も、最初は大陸からもたらされたもので、この霊的に意義のある鏡を持つ事は、すなわち権力を持つことに他ならなかったわけです。つまり霊的権威の象徴として持ち込まれたものだと推察します。
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- oska
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>神社の拝殿から拝見すると、神社には丸い鏡が見えます。 神社だけでなく、各家庭の神棚にも「鏡」を設けている場合がありますね。 >あの鏡の由来と意味についてどうか教えてください。 世界中で神さんの頂点は、太陽神なのです。 日本の神話では、伊邪那岐・伊邪那美の子供である「天照大御神・月読命・須佐之男命」が三大神です。 天照大御神(アマテラスオオミノカミ)は、日中(太陽)を支配。(伊勢神宮) 月読(月夜見)命(ツキヨミノミコト)は、夜(月)を支配。(月読神社) 須佐之男命(スサノオノミコト)は、地上(人間界)を支配。(出雲大社) 古事記・日本書紀など、勝者の記録から「大王(オオキミ)=天皇は、天照大御神の子孫」であるとの思想が広まります。 (大王と戦い破れた側の王は、別途地方の神社に祭られています。有名なのは、氷川神社系神社です) 交通の便が良くなった江戸時代には「一生に一度は、伊勢(神宮)参り」がブームになり、こぞって参拝旅行に出かけたようです。 当然、皆がみんな裕福ではありませんから「代参」も多かった様です。 「確かに、神宮へお参りしてきた!」証拠として、大麻(お札)を持ち帰ります。 このお札を受けた家では、神棚にお祭りするのです。 神道では、神は姿を現さず石・水・火(陽)に宿るとされます。 「神宮=天照大御神=太陽」ですよね。そこで、偶像化したのが「鏡」なのです。 鏡は、世界中でも不思議な力を持つ!と信じられています。 童話の「鏡よ鏡。鏡さん。世界で一番美しいのは・・・」も、その人の「心」を映し出すと言う例えですね。 「鏡に映った自分の姿を、客観的に見る」事が、時には必要なのでしよう。 「天の岩戸」では、天照大御神が自分の姿を鏡を通して見ています。 明治になり、天皇中心の中央集権化を進める為に「神仏分離令」を出します。 この時に、神社改革が行われ「天照大御神が日本の最高神」としての地位を確保します。 寺院から独立した神社へは、多くの鏡が奉納されています。 天照大御神の子孫=天皇=現人神(アラヒトガミ)という思想です。 1945年の敗戦で、昭和天皇は自ら「朕は、人間や。神さんで無い」と人間宣言を行っています。
お礼
記紀神話から、習俗、そして天皇制への展開でのお教え、とても参考に為ります。 有り難う御座いました。
- dayone
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「ミニ講話 宮司のいい話/NO.207 神社の設備と作法」 (参考:阿部正路著「神道がよくわかる本」PHP研究所)によれば http://www.hachimangu.com/cgi/kouwa/kouwa.cgi?mode=one&namber=207&type=0&space=0 宮司様曰く 御神鏡を通して神様を拝むという意味での神具であり、 同時に拝む人が映し出された自らの姿を見ることで、 清らかな心で神様と向かっているだろうかと振り返り、 心を正してお参りしようとする心構えをつくるための物。 だそうです。 魔除けの要素もあるのかなぁ?とも思います^^
お礼
有り難う御座います。 心を映すとか、ご神鏡を通して拝礼するという、お諭しは聞いたことがあります。 有り難う御座いました。
- 川原 文月(@bungetsu)
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こんにちは。 >>あの鏡の由来と意味についてどうか教えてください。 鏡のことは「神鏡」(しんきょう)と呼びます。 由来: 記紀神話によれば、天照大神の岩戸隠れの際に石凝姥命(いしこめどり)が作った。天照大神が岩戸を細めに開けた時、この鏡で天照大神自身を映し、興味を持たせて外に引き出した。そして再び世は明るくなった。 天孫降臨の際、天照大神から瓊瓊杵尊(あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎ)に授けられ、この鏡を天照大神自身だと思って祀るようにとの神勅(宝鏡奉斎の神勅)が下された。 本来は祭祀に用いる鏡を表す一般名詞であったものが、後に三種の神器の一つである鏡を指す固有名詞になったと考えられている。 意味: 大足彦(おほだるひこ)は木花姫命(このはなひめのみこと)に神示を乞いますが、木花姫は主神(すしん)の別名です。 分霊の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は富士山の神霊です。 大足彦は木花姫命からもらった鏡で偽の稚桜姫命(わかざくらひめのみこと)を照らすと、その正体が黒竜として現れ正体が暴かれます。 この鏡というのは、神の教えのことであると言えます。 神の教えに照らせば、正神か邪神かが分かります。 その邪神は神の教えを奪い取ろうとするのです。
お礼
さすがに文月さん、有り難う御座います。 それにしても、記紀の神様の読みにくいこと、発音し難いこと。 一般に竜は瑞兆などですが、黒竜は偽ものの化身となるのですね。 有り難う御座いました。
お礼
michael-mさん、鏡に関する古代人の不思議観と信仰の哲理と歴史経過についてのお話は、皆様のご回答を総合的に理解するためにも最高に役立ちます。 正に、そうだろうと、首肯できるお話です。 有り難う御座いました。