Xを屋上から転落して死亡させる行為がどの犯罪の構成要件に該当するかが問題となります。今回では故意の有無が問題になります。事案の内容にもよりますが、一応殺人の故意の有無に限定して考えます。
故意について判例・多数説の認容説に立つと、結果発生の危険性を認識したうえで、発生しても構わないと認容することまで必要となります。未必の故意、すなわち今回の場合には「死ぬかもしれないが死んでも構わない」という状態でも故意がありとなり、殺人の故意が認められます。
これに対して認識ある過失とは、今回の場合は単に「死ぬ可能性がある」と認識しているだけで、認容まではしていない場合をいいます。
NO.1の、「『Xが死ぬことはないだろう(その理由としては、例えば、Xは自分が飛びかかれば、運動神経が良いから、鞄を投げ捨てて転落を免れる筈だ)』と考えて結果の発生を認容しない場合」は、認識ある過失ではなく、認識の無いただの過失ですので、誤りです。
以上より、単純にいうと、未必の故意(殺意)が認められれば殺人罪、認識ある過失にとどまるなら過失致死(もしくは重過失致死)罪に分かれます。
その場合においても、鞄を投げ棄てるという財産を侵害するXの行為に対し、取り戻そうとしてXを屋上から転落させ死亡させる行為が正当防衛として違法性が阻却されないかどうかが問題となります。
他の要件は確認してもらうとして、本件で論点となるのは相当性が認められるかでしょう。(殺意ありの場合には防衛の意思も問題)
以下、殺人罪に限定して簡略して考察しますと、相当性は結果の相当性ではなく行為の相当性で見る判例の考えに立っても、屋上で相手が転落するほどの勢いで掴みかかる行為は、相当とはいえないでしょう。
そうすると、過剰防衛が問題になります。
過剰性について認識していれば殺人罪が成立し、過剰防衛の規定により減免され、認識しておらず、かつ、認識しなかったことに過失があった場合には過失致死(重過失致死)罪が成立し、に認識しなかったことに過失がなければ不可罰となります。(まあ別の考え方もあるでしょうが)
補足
ありがとうございます。無遠慮ながら重ねてお尋ねしますが、 落ちたら死ぬかもしれないが死んでもかまわない →未必の故意 落ちたら死ぬかもしれないがよもや死ぬことはあるまい →認識ある過失 落ちることはないから死ぬこともあるまい →認識なき過失 と考えればよいのでしょうか。