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書院造りの違い棚について教えて下さい。
書院造りの違い棚について教えて下さい。 一般的に違い棚の高い方が床の間側にくると思いますが(狆潜りから採り入れた光をさえぎらないため) 逆の場合はなぜ逆になるのでしょうか? 例えば銀閣寺東求堂や江戸東京たてもの園の吉野家等がそうです。 詳しいかた何卒よろしくお願いいたします。
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東求堂同仁斎と吉野家の違い棚は共に部屋の西側や東側ではなく北側の壁面にあります。南側から付書院、床、狆潜り、床脇と並ぶ形式に沿ったものではなく、狆潜りもありません。そのため、狆潜りから入った光を奥の棚へ取り込むという目的から奥の棚を低くする理由は既にありません。 同仁斎の違い棚は造付けとして初期の例のものですが、既に収納用の装置としてよりも、観賞用の装置としての性質を強く感じさせるものになっています。隣に並んだ付書院の障子を縦長に開いて外の景色を掛け軸に見立てると共に、違い棚に観賞用の器物を載せて室内装飾の一部としたものでしょう。同仁斎と吉野家の違い棚で外寄りの棚が高くなっているのは、棚に載せたものの見え方を考慮した結果だと思います。 特に同仁斎は、違い棚の間口が半間と狭く、部屋自体も四畳半と狭いものです。もし、部屋の中寄りの棚を高く、外寄りの棚を低くした場合、部屋の中央から棚を眺めると、外寄りの低い棚に載せたものが中寄りの高い棚に隠れて見えなくなります。ここでは光を取り込むことを考慮する必要がなかったため、中寄りの棚で外寄りの棚に載せたものが隠れないことを重視して、外寄りの棚を高くしたのではないかと思います。下に添付の泉坊書院は、部屋自体は広いのですが、違い棚は同仁斎に同じく間口が半間で外寄りの棚が高くなっています。
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- kei1966
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良くは知らなくて恐縮ですが、銀閣寺東求堂には「床の間」がない作りだったと思います。 それが関係してはいないかと思い投稿しました。
お礼
深い知識、見識脱帽致します。 大変参考になりました。どうもありがとうございます。