- ベストアンサー
※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:バスの不祥事に関連して)
バスの不祥事に関連して
このQ&Aのポイント
- 地元の関係でしょうか、最近、営業バスの不祥事が気になります。
- 今回、免許証の資格を更新せずに運転業務を行い、さらに会社として、隠蔽又は黙認の事実が発覚したようです。
- 前回は、高速バス運転手の飲酒運転又は酒気帯び運転が問題となりました。どちらに対しても、一般的に直接の被害を受けなくとも、両者に対する怒りを表明することは当然のような気がします。この怒りに関して質問ですが、今回と前回を比較して、怒りの程度を比較することは可能でしょうか、又、怒りの程度に差異があるとすれば、その源泉はどこにあるのでしょうか?直接の被害を受けていない、一般の人の「義憤」も感情なのでしょうか、それとも、理性でしょうか?
- みんなの回答 (1)
- 専門家の回答
お礼
ご回答有難うございます。 たとえの内容が、微妙な違いしかなく誤解を与えてしまったかもしれません。自身の行為にしろ、他人の行為の評価にしろ、決定に対して私たちは感情等を含めて、選択肢や評価を比較していると仮定し、その感情の程度の違いを考えてみたかったのです。 気分や情報の影響は確かに大きそうですね。 ただ、ワイドショーにおける感情移入の「義憤」は流行の類で、本質とは無縁と期待しています(苦笑 第三者的意味での共感による感情と当事者の感情を同等に考えてはいけないのかもしれません。