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赤埴
奈良県榛原町の赤埴という地名は赤穂浪士の 赤埴源蔵からきていると聞いたのですが、それは 本当なのか、もしそうならどうして赤穂浪士の 名前が付けられたのか、いきさつを教えてください。 よろしくお願いします。
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- Budori-Neri
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回答No.1
榛原町の赤埴の地名は、もっと古いです。 万葉集に 大和の宇陀の真埴のさ丹付かば そこもか人の我を言なさむ に登場する真埴(まはに、真赤土)にまでさかのぼることができる古い地名です。 榛原町赤埴にある白岩神社(別名:赤埴明神)の 社記によると、 「大国主命の妻・須世理媛命が宇陀の室生の 岩窟に入り、赤埴で窟をふさいだ故事により、 赤埴の名が起こった。」 とされ、かなり古い地名のようです。 よって、赤穂浪士が榛原町赤埴の地名のおこり では、ありません。 名前は地名からというのは、よく知られている ことです。 事実、榛原の地にも赤埴氏がいました。 赤埴源蔵の先祖をたどっていけば、 もしかしたら、榛原町の赤埴にいきつくかも しれません・・・。 ただ、赤埴(赤羽、赤羽根)の地名は、全国各地に あります。
補足
早速の回答どうもありがとうございます。 赤埴という地名はずいぶん古いものなのですね。 榛原町の赤埴と、赤埴源蔵は本当に関係があるの か是非知りたいです。 奈良県出身の人なのでしょうか。