医者も宗教関係者も、人を助けるという仕事ですよね。
では、どっちがなりやすいか。
だんぜん聖職者。 だって無料ですから。
中世のヨーロッパは、キリスト教という超巨大勢力がおり、独裁でしたので、図書館を閉鎖し市民たちが知識を得られないようにしていたんです。
「お前らには学問は不要だ。聖書だけ読んでおればよい」と絶対君主制の元、情報操作されていたわけです。
だから、金持ちの家の子じゃないと、高度の学問は学べなかったんです。
金持ちの子は高度の学問を学び、成長して支配階級になり、教会ともちつもたれつの統治をする。
貧乏人の子は、高度の学問に触れることはなく、成長しても高度な知識を持ち統治する金持ちに支配される側にしかなれなかった。
コペルニクスだったと思う。
彼は貧しかったが高度の学問を学びたかった。 天文学に興味があった。
でも、このままだと一生 その方面の高度な知識は得られないし、研究したとしても、それじゃ生活はしていけない。
で、どうしたのかというと聖職者になったんです。
聖職者になれば、無料で高度の学問に触れられ、一般の人が触れられない図書も読むことができるから。
教会が研究費は出してくれるので、お金も心配は無い。
生活費を得るため、汗かきながら一日中畑を耕す必要は無い。
興味のある研究をやっていても、くいっぱぐれもないから。
聖職者はおいしー ってことで聖職者になったのだそうです。
だって研究費用 どれだけかかると思います? とても個人じゃ無理ですよね。
そういう考えで聖職者になった人は結構多く、そういう人たちが教会で多くなったので、その人たちが幹部になったキリスト教会はコペルニクスの地動説の発表を推奨した。
違うだろう、教会はコペルニクスを異端として迫害しただろう?
いえ、彼の研究の後押し、早く地動説を発表しろと薦めていたのだそうです。
というわけで、彼の場合、人を救うために聖職者になったのではなく、人を救うために科学の没頭したわけでもない。
純粋に天文学をやりたかったから。
科学者が受賞をしたとき「神のおかげです」とか言う言葉を必ずいいますよね?
信仰が深いから? 信仰が深かったので、神が彼に息をふきかけ、研究が実を結んだ?
いえ、リップサービス。
自分の研究成果の商品を消費してくれる人たちは、ほとんどがキリスト教信者。
こいつらに自分が作ったものを買ってもらうために、アピールするわけです。
こいつらは「俺たちの神様がやったんだ」とえっへんってなり「じゃあ彼の発明品を購入しようか」ってなるわけです。
馬鹿とはさみは使いよう。
で、このキリスト教会が彼らに研究費用を出しているって場合もあり、それもあって、キリスト教の銭的援助で研究を続けることができた って意味も含むわけです。
製薬会社とかたどると出資元がキリスト教って場合がある。
宗教団体が利益を希求する行為はまずいので、別会社として独立させ、製薬会社を作りその研究者を育成するために、企業は大学まで作っちゃうんです。
奨学金で優秀な人材を世界から集めてきて、そこの大学で研究させ、卒業後は製薬会社の研究者となる。
そして、効果のある薬を作り宣伝もかねて発表をされ、授賞式で「神のおかげです」とこうなるわけです。
で、こう考えると、聖職者は人を救うために聖職者になっているわけじゃなく、医者も人を救うためにやっているわけじゃない気がする。
興味があることをやっているだけ、そのやった結果の一つが人を救うことになったりしているだけじゃないかと。
つまり、宗教関係者や医者という職業は、他人を救いたいと思っている人がつく という考えが、そもそも間違えなんじゃないか と。
お礼
そうですか。 今日たまたまテレビを見ていたから地鎮祭の映像が流れてるのを見て私の質問だとなぜ神主は建築家にならないの?みたいなことになるから意味がなかったようです。