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辞任や切腹は責任をとったという事なのでしょうか?

辞任や切腹は責任をとったという事なのでしょうか? 私は責任とはなんとかする事だと認識しているので、辞めてしまうのは寧ろ責任を取っていない取ることが出来なかったと感じるのですが。 死刑についても被害者の意識や制度としてはともかく、加害者に償いはさせていない気がします。

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  • masa2211
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回答No.14

>辞めてしまうのは寧ろ責任を取っていない 平社員ならそれでいいでしょうけれど、管理職やその上ではそうはいきません。 なぜなら、管理職(および、その上)には、地位に応じた権限があるため。 辞任しない(させない)というのは、その人が権限をもったままということです。 辞任なしで権限剥奪、というのは無い(そんなことをすれば指揮系統が機能しません)ため、 まずは辞任(更迭)が先。責任をどうするか(辞任だけでいいのか、それに加え何かが必要なのか) は別の話で、分けて考えます。 あと、「責任」が何を意味するか、大きく2つのあるので、話の食い違っている部分があります。 狭義の責任:法的制裁を受けること。 やや広く取っても、その人への制裁のこと。  この意味では、辞任は制裁に該当するため責任をとったことになります。 広義の責任:損顔賠償のこと。  こちらの意味では、辞任では責任をとったことになりません。 ですので、「辞任や切腹は責任をとった」というのは、 制裁に関して受けるべきものは全部受けた、という、狭義の意味で使われてるため、別に間違っていません。

noname#107886
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  • akamanbo
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回答No.3

>辞任や切腹は責任をとったという事なのでしょうか? なりません。 しかし、後始末は「お上」がしてくれるはず、という考えを引きずってる人は、自分の溜飲を下げることと「責任をとらせる」ことの区別ができません。 >死刑についても被害者の意識や制度としてはともかく、加害者に償いはさせていない気がします。 「死刑」になるほどの人間に、「償い」をさせるなんて無理だと思いますよ。 償いをさせるってのは、我々と同じ感覚を持ってることが前提ですが、そういう人間だったらそもそも死刑をくらうようなことをしませんよ。  

noname#107886
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回答No.2

社会的ルールには、当事者間で因果関係の明らかなものと、結果論的なものとがあります。 「死んでしまうより生きて働き、弁償した方が被害者に利益がある」というのも(その事件の範囲では)事実です。 それでは、被害者の「利益より報復を」という感情的な目的で死刑が存在するかというと、その恐怖による新たな犯罪の抑止にある事は、死刑の判決が下っても執行されることは稀であることに表われています。

noname#107886
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  • tama-maru
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回答No.1

>辞任や切腹は責任をとったという事なのでしょうか? 私は後始末を終えてから辞任するのが正しい責任の取り方だと思います。 しかし、世間的には辞任を責任の取り方だと考える風潮が強く、いささか感情的すぎるのでないかと思います。 特にマスコミは何かあればすぐに辞任を要求し、騒ぎたいだけなのが透けて見え、知性に欠けるように思います。 自分たちの不祥事には甘い面を見ているだけに、どうも信用なりません。 >辞めてしまうのは寧ろ責任を取っていない取ることが出来なかった おっしゃるとおりだと思います。 >死刑についても被害者の意識や制度としてはともかく、加害者に償いはさせていない気がします。 死刑の平均執行年数はご存じですか? 平均で8年だそうです。 8年もの間、いつ執行されるかわからない孤独な時間を過ごす、普通の神経を持つなら不安で押しつぶされそうになる、そう思いません? 犯罪者に心から後悔させる、肉体的苦痛より精神的苦痛の方がダメージが大きいだけに、十分な償いだと私は思います。

noname#107886
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