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俗世を嫌った人たち
歴史上で俗世を嫌い離れた人を教えてください。 歴史の中で全く有名でない人でもかまいません。 日本か中国の人物だとなおよいのですが。 俗世を離れて移った場所も知っていれば教えてください。 よろしくお願いします。
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日本では熊谷直実がおります。 中国には竹林の七賢人がをりますが、いずれも俗念は捨てられず、 なんといっても、先答にある陶淵明でしょうね。 その意を含めた漢詩の一部 交(まじわり)をやめ ゆきて閑臥し 座起に 書琴を弄ぶ 旧穀なお 今に儲う(たくあう) もちあわを ついて 美酒を作り 酒熟せば 吾れ自ら斟む 手酌酒の旨さ 聊かもって 華簪を忘る 華やかな世界は忘れた 食うに困らなければ隠遁したい人も、いるでしょう。
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詳しくは知らないのですが(実際の事実としても定かでない部分があるようです)、松尾芭蕉も一時期、隠遁的な生活を送っていたようです。 江戸ではありますが、深川は当時、寂しい場所だったみたい。 http://www.intweb.co.jp/basyou_fukagawa/0fukagawa_no_basyou.htm ↑ 内縁の妻の存在が影響したのではないか、という話は本で読んだことがあります。 内縁の妻と甥っ子が駆け落ちしてしまい・・・・と。
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ありがとうございました。 自分の目的には合いませんでしたが、 面白い情報ありがとうございました。
- kannosuke9
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「俗世を嫌った」かどうかは分かりませんが、昔であれば官職を失ったり、 夫を亡くすと、(寺などに入り)隠遁する人が多かったかと思います。 調べれば、たくさん出てくるかと思いますが、今頭にある限りの情報です。 小栗上野介忠順 江戸末期の幕臣。最後まで新政府との徹底抗戦を掲げていた人です。 幕府側の人間として、なかなかクローズアップされない人物ですが、 なかなかの人物です。 大政奉還後、罷免されると上野の権田村(現在の群馬県高崎市倉渕町権田) にて隠遁生活を送ります。 東善寺という寺に移り住み、塾を開いたり町のインフラに力を注いでいたようです。 普段から農兵を訓練していたわけではないですが、暴徒が村に押し入った際に、 村民を組織してこれを撃退したところ、謀反の疑いをかけられて、ろくに取り調べも されないまま斬首されました。 ちなみに、「枕草子」で有名な清少納言。 彼女も仕えていた、一条天皇の皇后定子が亡くなると、宮廷を去り、山里で隠遁 生活を送るようになったといわれています。 正確な生没年や活動年は判明していないので、ホントかどうかは分かりませんが。 かの剣豪、宮本武蔵も、晩年は熊本市近郊の金峰山にある岩戸の霊巌洞で 「五輪書」をしたためるために、隠遁生活を送っていました。
お礼
ありがとうございました。 「俗世を嫌ったこと」が重要だったのですが、 これはこれで面白い情報でした。
ご期待に沿えずアメリカ人のサリンジャーです。ライ麦畑で儲けすぎて隠遁しました。ニューハンプシャー州のコーニッシュに居るそうです。ノルマンディに上陸した世代ですがまだ死んだという話を聞きません。 http://evil1349.hp.infoseek.co.jp/nenpyou.htm
- anju_z
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思いつくままに挙げてみます。 日本人なら、西行法師。 中国人なら、陶淵明。
お礼
ありがとうございました。 陶淵明、調べてみます。