「安定」には「安定」(名詞)、「安定する」(動詞)、「安定だ」(形容動詞)の3つのバリエーションがあります。ただし、「安定だ」の形容動詞はないとする辞書もあります。同じバリエーションがある単語としては、「心配」「満足」などがあります。反対語の「不安定」には「不安定」(名詞)、「不安定だ」(形容動詞)の2つのバリエーションがあります。
(ちなみに「戦争」には、「戦争」(名詞)、「戦争する」(動詞)の2つのバリエーションがあります。品詞につきましては、辞書の各単語の説明の先頭に記載があります。「スル」と書いてあれば「~する」という動詞があります。)
品詞として同じバリエーションの「心配」は、「心配になる」は普通に使いますし、反対語の「不安定」も「不安定になる」は普通に使います。ということは、文法的にも意味的にも「安定になる」は間違いではないはずです。このことは化学の分野で使われていることからも明らかです。
ではなぜ「この音楽を聴くといつも心が安定になる」が間違いではないかと感じるかですが、日常では「安定になる」と同義の「安定する」の方しか使わないため、聞きなれない「安定になる」に違和感や堅苦しさを感じるからではないでしょうか。そもそも「安定」という言葉があまり日常で使われないので、ますますその傾向が強まっているように思います。
お礼
ご回答ありがとうございます。 >日常では「安定になる」と同義の「安定する」の方しか使わないため、聞きなれない「安定になる」に違和感や堅苦しさを感じるからではないでしょうか。 :そうすると、なぜ 『>「安定する」の方しか使わない』のだろうか、ということが不自然さの根本原因を解明する手がかりになるということですかね。 >文法的にも意味的にも「安定になる」は間違いではない :としても、現実的場面でこの表現を使った場合、不自然な表現と感じない人はいないでしょうし・・・。 >そもそも「安定」という言葉があまり日常で使われないので、 :とおっしゃるご見解には、やや疑問を感じました。