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不倫男を叩く心理

皆さんご存知のように、不倫カップルは多いわけです。 自由恋愛なのだから男女とも同じ立場のはずであるのに、しばしば、男性側が叩かれます。これはどういうことなのでしょうか? わが国では、法律上、一夫一婦制ではありますが、婚姻外の恋愛を禁じる法律はなく、また、長らく社会風習上も妾や2号を持つこと、現地妻の存在等、問題にされてこなかった歴史があります。 また、昭和30年代までは色街や売春婦も居て、合法的に婚姻外の性を楽しむことが出来た。 その後、女性の社会進出に伴って、パート主婦と職場の男性、OLと上司というパターンの婚姻外性関係を謳歌するものが続出した。 私見ではありますが、婚姻暦があろうがなかろうが、健康な男女が日常的に接触すれば、恋愛感情を持ってしまうケースが出ることは想像に難くないですし、ある意味、生物としては自然なことではないでしょうか? 仮に、問題があるとしても、その男と配偶者間の問題のはず。他人が叩く性格の問題のようには思われません。 教えてgooの回答などを見ても、公衆道徳が欠如している人間こそ、もっと問題にされるべきなのですが、そういうことには価値観の違い等、随分と甘い世界になってしまっているように感じます。 なぜ、人間性までも含めて叩くのか?分りやすくご教示頂けませんでしょうか? 因みに独身と偽る、結婚詐欺等は勿論除外してください。

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  • kigurumi
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回答No.2

>仮に、問題があるとしても、その男と配偶者間の問題のはず。他人が叩く性格の問題のようには思われません。 例えば国によって一夫多妻制があります。 人間も動物です。 他の動物が取るような行動を当然します。 サル山では一匹のオス猿が、ハーレムを作って、自分だけの子孫を沢山残そうとします。 あぶれたオス猿は、自分の子孫を残せません。 従ってなんとかしてボスを倒して子孫を増やしたいので、挑んでいくわけです。 思考しているわけじゃなく、本能からくる行動だと思います。 人間社会でも、権力や財力を持った男が、沢山の妻を娶っていたり、何人も愛人がいるのは、結局 人間の男も動物ですから、自分の子孫をなるべく多く増やしたいという本能があるから。 日本の場合 一夫一婦制ですが、江戸時代などでは、権力者が大奥を抱えており、よりどりみどりだったわけで、それに対してモラルがなっとらんとか、そういう考えは無かった。 第一夜這いって風習があるくらい、日本の性文化は近年までおおらかだった。 ところが、キリスト教のモラルが入ってきて、「女性が親に告げずに1人で旅をするなんて なんてふしだらな」って言い始めた。 それ以降、キリスト教が女性を物と考えたように、近代日本も女性を政略結婚とかの道具として利用するようになり、だからなるだけいい家系に嫁がせて、家が繁栄するために、娘を箱に閉じ込めるようにして、商品価値を下げないようにした。 明治とか そこいらあたりから、そうなったんだと思います。 それまでは嫁ぐ娘が処女でなくても、全然結婚に関係なかったらしいです。 もらう男も気にしなかったそうです。 で、権力や財産を持った男が、何人も愛人を持っていたとしても、叩かれませんよね。 暴露話を聞いても苦笑するくらい。 何故か、その男に扶養する能力が大いにあるから。 これがもし 扶養する能力が無い男なら、たちまち叩かれます。 奥さんも旦那さんが資産家で、ビジネスの成功者であれば、自分はその妻ということで、裕福な暮らしと、子供を十分に育てる財力を提供してくれるので、何人愛人を外で作ろうと、離婚するって言い出さない限り、目くじら立てないわけです。 そう考えると、男に対して目くじらを立てるのは、同じ階級の男じゃないかと。 女性争奪戦で、あぶれたくないから。 男性50人、女性50人の集団で、1人の男が女性を10人ゲットしていたら、残り49人の男は、40人の女性の中から選ぶわけです。 当然 一夫一婦制だと9人の男はあぶれます。 だから、男が男を叩く。 では、所帯持ちの男性の愛人となった女性を女性が叩くのはどんな場合か? 経済的に自立した女性は、旦那の浮気は娯楽だとスルーする。 この泥棒ネコと怒るのは、経済的に自立していない女性たち。 自分の子供に与えられる資産が、他の女の養育費になっていたら、十分に自分の子供を育てられないじゃないですか。 経済的に自立していて、旦那が生活費入れなくても、自分の稼ぎだけで、子供を育てられたら、「まったくもう」とは思うが、相手の女のところに乗り込んでいって、袋叩きにしたり、無言電話かけて脅したりしない。 で、夫が離婚して他の女と結婚すると言い出して、キレるのは、専業主婦とか経済的に自立していない女性に多いんじゃないかと。 自分の家庭じゃなく、よその家庭で旦那が浮気しているって聞いて、その相手の女性に頭に来るのは、自分もそうなったらたまらんって 不安から、「なんて女だ」って女性が女性を批判するんじゃないか と。 他人事じゃなくなるわけです。 そんな不安材料が身近にあったら、おちおち夜も安心して眠れない。 だから、不安材料である魅力的な女性には、女性は厳しいんです。 綺麗でも色気が無いがさつな女には敵対心は持たない。 女性からみても綺麗で品がよい色気のある女に対しては、厳しいんです。 不安材料だから。 結局 モラルとかそういうのじゃなくて、自己保存を妨害されるのがいやだから、本能からそういう行動を起こすんじゃないかと。 で、女性であっても、自分の姉妹と浮気した旦那の場合、そこまでキレない。 だって、遺伝子が近いから、姉妹が妊娠して子供を生んでも、自分に近いから。 一夫多妻制でも結構妻は姉妹同士ってこと多いそうです。 そうなると姉妹の子供なので、赤の他人を育てるわけじゃないので、赤の他人を育てるより、愛着を持てるらしい。 旦那は血縁関係が無いので、旦那が他所で作った子供と自分は血のつながりないので、愛人の家庭が貧乏で困っていたとわかっても、「じゃあ うちの子はどうなるのよ。そんなに毎月生活費やって!」ってなるわけです。 人間性とかモラルとかってもっともらしく見せる言い訳であってて、結局 本能だと思います。 自己保存の本能。

maive
質問者

お礼

御礼が遅くなりまして申し訳ありません。 本能。まったく賛同いたします。 自己保存といいますか、利己利益に敏感というだけではないでしょうか。 確かに嫁にとっては、利益が減るという面は充分理解できます。但し、それによって、事業に身を入れて活性化するなり、サラリーマンなら発奮して出世するなりのランクアップもあれば、利益もあるわけです。 妻子に取り上げられるだけで、嬉々として働けるものではありません。何がしかの余禄があればこそ、人並み以上がほしくなるのが人間の本性、そういう風に僕は単純に考えるのです。 独身男にとっては、ターゲットのパイが減るわけですから、確かに死活問題かもしれません。これがまた、不倫相手になる女は男からみてもいい女が多いですし。でも、ま、世の中は競争ですから、負ける方が悪いんです。僕は単純にそう思います。ゴタゴタ言ってないで奪い返せばいいじゃんか、と。結婚という切り札を持っているくせにやけに後ろ向きの奴が多いこと、呆れます。 妻帯者に限っては、もうこれ、妬みでしかないんじゃないか。奥さん一筋、別に羨ましくありません。そういう御仁はスルーの気がします。叩く奴に限ってやりたくても出来ないだけかと。 皆さん、嫁さんが怖いみたいです。怖くない嫁さんもらうか、怖くないように教育、しつければいいだけなことをその努力もせずに、何をいわんや。 かつての夜這い。僕の上の世代でもさすがに余りなかったらしいですが、祭りの夜のフリーセックスは経験ありが相当おられます。田舎では中3にもなれば、祭りの時は酒も飲めて、女とも自由に出来たと聞いています。そうでなくっちゃ燃えないのが道理。随分、世の中お行儀が良くなってしまったものだと思うのですが、半面、都会がそうなってきているのかな? 合コンなど、そういうものに近いのではないか、個人的に祭りを創っている。勢いでそのままできるカップルも多いようです。現代の祭りの夜のフリーセックスを再現しているような勢いです。 ま、ボチボチ楽しませてもらいます。 毎日が祭りの夜とは参りませぬが。

その他の回答 (1)

回答No.1

そもそも「結婚」というものは、地球上のあらゆる生命の中で人間だけがもっている概念であり、他の生命が理解し得ない特殊なものだと思います。 そんな風に今の生活から思いっきり外に出て考えると、「結婚」と「生きものの本能的な恋愛」が全く異質なものであると理解できます。 そもそも結婚とは、人間社会の秩序を目的とした習慣を制度化したもので、人間社会という中の「約束事」であり、歴史という時間の上に立つとそれは、その時々に移り変わる、しかも地域限定的な「制度」として存在してきました。 要は、結婚とは人間が発明した「考え方」だといえます。もっといえばツールのようなモノだと思います。 ですから、所や時や状況が変われば、「男と女のかかわり方」観も変わってくるのは必然です。 言葉を変えれば、その時々でどういう「男と女のかかわり方」観が制度(社会的な約束事)として妥当かという観点で、人々の心の中に「常識化(ツール化)」していくのだと思うのです。 そう考えると、あなたの仰るようにそれは「生物(人間以外の生き物もふくむ)としては自然なこと」ではないことは明らかです。 しかしながら、人間社会(例えば今の日本)というなかでは、結婚とは「生き物として自然なこと」かどうかは別としてもそれは多くの「(日本)人」が賛成する考えなのだと思います。 法律では、「不倫」そのものを罰しておらず、その行為で配偶者が精神的に傷ついたことに報いるように求めています。 傷ついた人がいるということは、傷つけた人がいるわけです。 それが「不倫男を叩く心理」の元となっていると思います。 ではなぜ傷つくのか。それは結婚は生物としての恋愛と明らかに違い、「社会的な契約」だからではないでしょうか。 言い換えれば、結婚とは社会に対して 「私たちはカップルであり、他の異性と交わらないと契約をした」と、二人の間で宣言したと同時に、人間社会(日本全体)に宣言したことと同じなのだと思います。 ですから、結婚している間に不倫をすると、 「個人間の契約をやぶった」「社会への宣言をないがしろにした」「他人を傷つける」「自分たちが今生活している社会基盤(秩序)を乱す」人間としての烙印を押されるのではないでしょうか。 まさに「生きもの」としてではなく「人間」として問題視しているのだと思います。 離婚をした瞬間に、恋愛はまったくの自由となります。 もちろん「生きもの」としても「人間」としても問題視されることはありません。 つまり、結婚とは実は、「2人の間の約束事」ということと同時に「社会全体への約束」だという2重契約だといえます。 そう考えると答えが見えてくるような気がします。 参考にしてください。

maive
質問者

お礼

お礼が大変遅くなり申し訳ありません。 1.結婚は当事者二人のみではなく、社会契約であること。 2.傷つけられた&傷つけたという関係が生じることがある。 以上、2点に関して、異論はありません。 但し、2に関しては当事者間で収束解決さえすれば、世間は口を挟む必要はないであろうと思われますし、1に関しても、 病める時も健やかなる時も、共に携え支えあって人生を全うしますという契約であり、浮気はしませんとかは関係ないのではないか。 むしろ、失業なり病気なり、或は、嫁姑や子供の教育をめぐって、家庭不和に陥った時、あっさり離婚を選ぶことにたいして、批判は少ない。 仮に浮気はあっても長年連れ添えば、約束を果たしたことになり、浮気はなくとも、折り合いをつけることなく破局する方は契約を守らなかったとなるのではないか。 男女間の恋愛事情ばかり叩くというのは大いにおかしいと僕は思っています。配偶者と折り合っておれば、それが仮に仮面夫婦であろうとも、叩かれる筋合いはない、そう、確信しております。 家庭も安泰、家庭外でも恋愛を楽しむ、両立はできるものです。 両立できない奴が妬んでいるだけ、そうとしか思えません。 妬むくらいなら、お前もすればいいじゃないか、できるものならな。 公言ははばかられるものの、心中、密かにチキンを馬鹿にしてます。