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モノに対する愛着
モノに対する愛着の定義は何だと思われますか? 人によってモノに対する感じ方が違ったり、モノによっても感じ方が違うので、 定義となるとはっきりと“〇〇のモノに対する感情”などというようなこのを決めるのが難しいと思いますが、 どのようにお考えですか? お教えください。宜しくお願いします。
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- code1134
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それ故"モノに対する拘り"と"モノに対する愛着"との心理学的距離感に相当個人差が係って来ているのでは?と私は思わざるを得ないのです。 私はこの面に関しては深く考えてはいませんが、"前者≒後者"に近い真理状況に自らを置いていると感じていますね。 又No.2さんも触れておられますけど、思い出が詰っていると言うか、想い出を体化させている側面はあるでしょうね。 因みに、私の場合は社会(or経済or地理)等に興味があるので "ナショナル"のロゴ当時の切れて使えなくなった電池を合併で消え去ったF銀行の袋に忍ばせています。 1例としは"貴方の部屋のぬいぐるみ"→http://qa.mapion.co.jp/qa1479493.html のNo.13の熊のそれを依然として、愛着を断てず、保持中ですね。 更には(それに先立つ約9年前の)1971年当時のソビエト連邦がシッカリ映っている地図のURL(http://keropero888.hp.infoseek.co.jp/map/1971a.html )のプリントアウトがぼろぼろになっても鎮座している始末ですから(苦笑) 最後に、精査した訳ではなく、理路整然とは程遠いカキコみにて失礼致しました。
- virtuoso-
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フェチや蒐集のような「こだわり」ではなく、普通の意味での愛着というのは、ほとんどの方にあるのではないでしょうか。 見慣れたもの、使い慣れたもの、なじんでいるもの、そういうものが与えてくれる心への安心感。 普段は何も思わなくても、失われそうになると気づくこと。 こういうことは、女性のほうが強いのかもしれません。 夫と比べても、例えば、転勤でどこかに来る。決して好きな地方ではなかった。でも、去るときは悲しいですよ。やはり、いつの間にか愛着を持ってしまってます。 車を買い換えるときなどもよく感じます。新車がうれしいことより、毎日使っていた古い車がいとおしくて。 でも、そういう点、夫などはないみたいです。 それと、私は女性にしては、道具、物が好きな性格なのですが、文房具やカメラなど、かつての愛用品で、今後使われないであろう物が捨てれなくて困ってます。思い出が詰まっている。一緒に過ごした時間を捨てられないのかもしれません。 物は物でありながら、心の中では物だけではないと言うことなのでしょうね。
>人によってモノに対する感じ方が違ったり、モノによっても感じ方が違うので、 そうですね、ものに対する愛着というのは非常に多様だと思いますので定義というのでもないと思いますが、そういった愛着を「フェティシズム」と括って言うことが多いのではないかと思います。 大方はその特殊なために共感を得ることが少なく、余りそれについての研究などはないのではないでしょうか。 何をもって「フェティシズム」あるいは「フェティッシュ」な愛着というかは、その程度の強弱によると思いますが、多くは性的なものに関係してたとえば女性(自身には向かわず)の下着とか靴などに強い関心を持つ場合などがあります。合理的な説明がつかない関心の強さとでもいえばよいかもしれません。 例えばミニカーの蒐集に精力を費やすというのは「フェティッシュ」とは言いませんが、これらはまた別の”蒐集癖”という大ジャンルがあるように思います。 お答えにはなっていないかもしれません。
お礼
ありがとうございます。 なかなか難しいところですよね。 考えていくと出口のないところに入ったような感覚にどんどんなって・・・ どうしても愛着の元が気になりまして。 >性的なものに関係して とは考えたことがなかったので、少しそちら方向からも 考えてみようと思います。
お礼
僕も男なのですがいろいろなものを捨てられません。。。 保存強迫という精神的な病気という話もあるようですが、 自分としてはそうとは考えたくないですし。 確かに >一緒に過ごした時間 であるのかもしれませんね。 このままだとモノに埋め尽くされそうなので、 処分なりどこかで線引きをしないといけなそうです。 いかに“モノによる”思い出を増やさず、というような感じですかね。 ご回答ありがとうございました。