- ベストアンサー
日本ではユニークな刑罰は出せないのですか?
映画などで観ると、欧米では罪に対する罰則として科料とか服役ではなく、 例えば「私は現在罪の償いをしています」といった文字の入った洋服を着て公園の清掃をやらされたり、 福祉業務を手伝ったりするといったユニークともいえる罰則があるようですが、 日本ではそういうことは聞いたことがないです。 それとも、欧米においてもこれは映画の中だけの話なんでしょうか? あるいは日本では償いは金銭、または服役でないといけないと刑法とかで決まっているんでしょうか? 私が知らないだけで、何かユニークともいえる判決が何かで出されたことが過去にあるんでしょうか? そういうことをご存知の方がいらっしゃいましたらお教え下さい。
- みんなの回答 (3)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
#2のBokkemonです。 個人的には、あまりに残虐な犯罪の場合には、「ノコギリ轢きの刑を相当とする」と言ってしまいたいくらいですが、残虐な刑罰は国際人権規約でも規制されますので、実現は考えられません。 財産的な責任であれば、昨今は懲罰的賠償を取り入れてはどうか、といった検討もなされていますし、実際、知財訴訟関係ではそれに近い判断をしている例もあります(これは、刑罰ではありませんが)。 罰金刑の倍倍ルールは個人的には賛成です。再犯抑止効果があると思います。 「即刻死刑」は判断が難しいでしょう。同じ重罪である殺人罪で数人を殺した場合でも、自己の欲求を満たすためだけに人を殺す例もあれば、追い詰められた挙句に「窮鼠猫を噛む」といった状況で被害者も責められるべき例があり、情状は様々です。十把一絡げにはし難いものがあります。 再犯の場合は情状面で考慮することになりますので、最高刑を引き上げることで想定されているような刑罰体系を作り出すことは可能かも知れません。
その他の回答 (2)
- Bokkemon
- ベストアンサー率52% (403/765)
罪刑法定主義という言葉をご存知でしょうか? どのような行為を罪とし、どのような刑罰を加えるかは、法律に定めていなければなりません(これは、国家が国民に刑罰を加えることについて、予め国家権力の濫用を禁じ、一定の枠をはめようとするものです)。 未成年者の場合は刑罰といわずに矯正(教育)といいます。矯正(教育)についてはボランティア活動なども取り入れられているようですが、刑罰として課す場合には、法律を整備しなければ実施できないでしょう。 終身刑の採否の議論もあるようですので、思い切って刑法では刑罰の等級だけを示し、別に等級ごとの刑罰の内容を定める等級法を制定して、低い等級についてはボランティア活動を選択肢にとりこむ、などといった構成も不可能ではないと思います。
お礼
早速のご回答を有難うございました。 「罪刑法定主義」という言葉は知りませんでした。国家権力の濫用を禁じる為にあるんですね。 それはそうなんでしょうけど、判決があまりにも軽微過ぎるような気がしますし、 もっと犯した罪の意味を考えさせるものであってもいいと思うんですけど。 何でもかんでも罰金、あるいは一定期間服役すればいいってもんではないと思うんですけどねぇ。 何かこう、被告人の心にガーッと迫って且つ被害者の納得がいくような刑罰があったらいいなと思うんです。 ちなみに私の刑法でいくと、罰金刑の再犯は倍倍で増やしていく。 もちろん収入に応じた金額にする。飲酒運転は一律30万円にあらず。 年収1千万以上の人は百万円で、1億以上の人は1千万にするとか。 そして重罪の再犯は即刻死刑!この場合の情状酌量なんて甘っちょろいことは無し! だって、反省の色が見られないじゃありませんか。 そんなんでは、被害者はたまったものじゃありませんよ。
>刑法とかで決まっているんでしょうか? その通りです。刑法第9条に 「死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料を主刑とし、没収を付加刑とする。」 と明記されているので,これ以外は法律改正しない限り不可能です。 ちなみにアメリカなどの「ボランティアをする」などは本当です。
お礼
早速のご回答を有難うございました。 そうなんですか、やはり刑法で定められているのですか。残念です。 それでは、金持ちにとっては多少の科料は「へ」でもありませんものね。 せめて収入に応じた科料額であるならば、腹の虫も収まりそうですが・・・。 私は原則として「目には目を」方式が妥当だと思うんです。 例えば、暴走族には暴走族が暴走して夜も熟睡できないような地域に住ませる。 カレーにヒソを混入するようなどっかのオバサンには、ヒソ入りのカレーを朝昼晩と毎日食べさせる。 少女を9年も10年も監禁しとくようなどっかの青年には、今後10年間光も射さないような土蔵に閉じ込めておく。 幼児を虐待するような愚かな母親には孤児院で乳幼児の世話をさせる、というような。 決してやり過ぎではないと思うのですが、どうでしょう。 また、「私は罪の償いをしています」と明記した洋服を着て何かをさせるというのは 他の人間に対して「ああはなるまい」と思わせる、とても良いみせしめになると思うんです。 幼児をあやめた山○光子被告に、「今後何年間、被害者の命日に賠償金を支払い続けるように」 という判決に、私は「お、やるな」と少し心地良く感じたものですが、 現在の刑法上ではこの程度のことしかできないんですね。
お礼
再度のご回答を有難うございました。 「残虐な犯罪にはノコギリ轢き」、それいいですね。笑 冗談ではなく、そのくらいの処刑でないと仏さんも浮かばれないし、遺族も無念さでやるせないと思います。 中世ではギロチン刑が公開されていたのに、やはり残虐な刑罰ということで廃止になってしまったんですね。 でも、誰が見ても残虐であって反省の態度が見られず、且つ 情状酌量の余地などひとかけらもないような場合には存続してもいい制度ではないかと思います。 >昨今は懲罰的賠償を取り入れてはどうか、といった検討もなされています そうなんですか。是非とも制度化して欲しいところです。 >実際、知財訴訟関係ではそれに近い判断をしている例もあります それは是非詳しい内容を知りたいものです。 被害者の心情を熱く汲んでくれる判決はどんなものだったのでしょう。 「即刻死刑」については、やむにやまれず重罪を犯してしまう場合もあるでしょうから 確かに短絡的な考えではありますが、姿勢としてはその位威圧的にで臨んだほうが良いと思います。 色々と有難うございました。