• ベストアンサー

結婚の必然性

結婚の定義が判然しないのですが、 だいたいどの国にも「結婚」という文化が存在すると思います。 独立的に育ってきた数多くの国家が申しあわせたかのように 結婚という文化を持っていることが私には不思議で仕方ありません。 結婚の必然性、合理性についてご教授願えませんでしょうか。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
noname#91067
noname#91067
回答No.10

国家とか結婚の在り方を考えない動物は子孫によって肉体を保存する生殖活動(遺伝子を運ぶ船渡し)に留まる。 動物は子育てにふさわしい相手を吟味するのに、性交に至れない、至らない恋愛期間というものがない。恋に恋するとか。 欲情しない恋愛は不毛、欠陥品、異常です。自己顕示欲と性欲が密接であるのでそうなります。形のない理想や精神性の保存まで望んで異性と結びつくのじゃないのですね。 人間は思考も社会性も高度に発達したので肉体の保存と同様に精神性の保存(価値観)も願うので、その為文学や芸術が発達したのも精神性の保存目的だと思います。その為不毛な欠陥品の異常な恋愛は往々に存在します。魂は肉体よりも精神のことで、次の世代を育むのに世帯ごとで子育てする必然性があります。 結婚は自立が遅く、人間しか人間らしい人間を育てられないということで、人間にとって、最低限資質の異なる男女二人の親を得られる保証が為され生存確率を上げるために合理的となったのと思う。食料確保に有利、大事に育てられる。親という責任者を作っておくのが合理的となったのだろうと思う。 男女間で結婚後も恋愛が続いていても、すっかり冷め切ってるに関わらず義理と人情と根性と理性で離婚を我慢していても、経済的に男女も、大人と子供も(もし)平等に安全に暮らせるようになったら(そうは望みませんが)義理立てて戸籍を一まとめにして納税や相続する必要すらなくなるかもしれませんよ。 結婚も理想概念で、自然や国家が保証したり、種族保存本能(社会性、群れの本能)としての習性でも摂理でもなく、定義として国家が自立しうる男女と子孫を同一の戸籍にし、労働と納税の義務を負わすかわりに、世帯内での資産の分配を自由とする権利を与える? その与えられた婚姻や世帯の権利も当然と信じていれるなら幸せですが、世帯を所有しつつも恩恵を感じてない人は多いんじゃないでしょうか。

その他の回答 (10)

noname#80116
noname#80116
回答No.11

 信頼関係の問題です。  社会というものの問題です。  社会が 信頼関係を必要とし その信頼関係は 夫婦ないし家族に求めたという問題です。  ひとが生きるのに 絆を築く可能性が 与えられているということではないでしょうか。  自然の絆――両性の互いの結合――が わざわざ 備えられており しかもこれを 動物のように 本能でおこなうのではなく そうではなく 互いの自由意志による選択およびその合意という形式(=内容)まで 整えられています。  この合意 この合意にもとづく絆は 互いに連れ合いは 自分一人だけの意志によっては もう自由に行動できないというまでに みづからを規定しています。  この絆の持続は 社会にとって・その秩序にとって 中核となると 誰かが 踏んだのでしょう。その値踏みは 必ずしも 現実に 花を咲かせているか 疑問であるところがあります。ありますが おそらく 有効でありつづけていて おおむね 根を張って生きていると言ってよいのではないでしょうか。  結婚という制度は この絆ないし信頼関係を 社会的に 安定したつよいものとしてあるように 保障するために 作ったのでしょう。  いささか余分なことをつけ加えますと 連れ合いのどちらか一方が 複数であるという形態は あるいはまた 互いが 複数であるという形態は たぶん 絆を裏切ることにつながり 好ましくなく 安定したものと思えません。

  • mi_p
  • ベストアンサー率18% (17/93)
回答No.9

補足させていただきます。 近代での結婚の必然性、合理性を考えた場合、男性の立場、女性の立場で違った定義(メリット)があります。 殆ど結婚制度の由来についてはすでに講義されたのであえてリピートしませんが。 子孫云々と無関係なところでも、例えば扶養する子供が無くとも税金対策や離婚の場合の財産分与や数々の損害賠償の権利取得の面で相手を起訴し戦える権利といえます。ですので近年は同性愛者の結婚の権利取得要請も多くあります。 ただ結婚が子孫を残す、財産継承の法的効力ということが主な目的だと考えた場合、それを前提に置かないで自分の人生設計する場合はその必要性はなくなります。 例えば一生子供は持たない、異性と性的な深い関係にならない、自分の生活や財産は自分で一生まかなえるという個人の強い意思に加え、世の中が一定の人口数に至って、需要過多、供給不足な経済になると(今がそうなように)結婚の必要性はなくなるでしょう。 ちなみに結婚(男性の支配下で子育て家事をする生活)が(男女双方の視点から)ダサいといわれるのは女性が自立し始めた近代になってからです。

  • kadowaki
  • ベストアンサー率41% (854/2034)
回答No.8

一応、結婚を婚姻制度として説明させていただきます。 婚姻制度というのは、男性側の都合からすると、男性がわが子を得る(父親となる)ために女性を性的に支配し、他の男性との性的接触の機会を絶つための制度であると言えます。 女性側の都合からすると、男性の被支配を受けることで、自信の生存権及び子どもの養育を保証してもらえる制度であると言えます。 婚姻制度が成立する前段階(採集生活段階)では、女性は過酷な生存条件下で生き延びるために、おそらく親族中心の集団生活を営んでいたと考えられますが、当時はもっぱら狩猟や漁労に従事していた男性から動物性食料(獲物)の提供を受け、その代償として、集団内の若い女性たちは男性に性的サービスを提供していたと考えられます。 その意味で、原始女性集団は一種の売春組織であったと考えることもできます。 なお、30歳以上の女性は《御褥御免?》となり、もっぱら食料採集や集団内で産まれた新生児の育児等に従事していたはずです。 なお、こういう生活形態を選択する以外に、原始時代の女性が生き残る術はなかったのではないでしょうか。 こういう親族中心の女性の集団生活が崩壊し、女性が男性に帰属するようになったのは、農耕生活が始まり、私有財産が発生するようになってから以降のことでしょうね。 それまでは、セックスはしてもわが子の養育に関与していなかった男性が、土地や生産手段という私有財産という観念を抱くようになったとき、はじめてその継承者としてのわが子(=分身)を欲しがるようになったのではないでしょうか。 女性の方でも、財産を持った男性に帰属した方がよりメリットがあると分かれば、必然的に女性集団という生活携帯は崩壊し、こうして婚姻制度の原型が誕生したと考えられます。 >結婚の必然性、合理性についてご教授願えませんでしょうか。 ということで、婚姻制度とは、私有財産の発生に伴い、わが子を産むことのできない男性が女性を性的に支配することでわが子を得ようとして発明した制度であると言えます。

noname#209756
noname#209756
回答No.7

合理化の社会で、ジェンダーフリーの社会になってます。男性・女性での仕事の限定はなくなり、個性化といって自分を男性・女性と限定しない。資本主義の進展で分裂的になっているのかもしれません。でも本来人は異性の出会いというのは枠を取り外して、いろんな仕事にであえるようにしたり、するものでなくて、男性・女性という生物である以上、それの出会いが必要になります。形式がいろいろあるにも当然それが必要なのです。

  • hosiboshi
  • ベストアンサー率9% (15/158)
回答No.6

確かに不思議ですね。 しかし結婚に限らず、なぜこれはこういうふうに決まっているのか というものは他にもたくさんあると思います。 その中で結婚というのは重きもの、大切なものとして区分されるほうに入っていると思います。 それゆえしきたりや伝統もあり、その文化はたやすく崩せるものではないと思います。 男と女が出会い、暮らしたいと思う。 それが異例の欲求ではなく、公式に古くから認められているということは、自然にそうしたいと思う男女がそうしたいと思う時に、やはり有り難く思うのではないでしょうか。 結局そうしたいと思う人が多いということではないのでしょうか。 ちなみに一昔前なら、そうしないと暮らせないという時代だったそうです。 今は比較的、物質的には余裕があるため、疑問に思う余裕も結婚しない余裕も生まれているのだと思います。 世の中宗教も結婚もナシで暮らせる時代や国っていうのはよほど恵まれてないとできないのでは? 恵まれていることすら気付いてないのが実情かと。 必然性、合理性は生きるためです。昔なら。

  • eroermine
  • ベストアンサー率18% (83/444)
回答No.5

実体の違うものを同じ単語でまとめて居るだけでしょう。 ただ戦後の日本は進駐軍の命令でアメリカ化してしまいましたが。

noname#155689
noname#155689
回答No.4

結婚という制度は必然性や合理性というよりも 男系社会を維持する制度ではないでしょうか。 女系社会では本来、結婚という発想はない筈です。 数多くの国家が結婚という文化を持っているのは 申し合わせたというよりは 宗教を介して、男系社会の文化が導入されてきた結果であるようです。

  • wolfhat
  • ベストアンサー率51% (46/89)
回答No.3

まず全ての生物は子孫を残して種を維持していますよね 人間社会の場合、女性が子供を産みますが、その生まれた子供は誰が育てるのでしょうか? 子供を産んだ女性だけが子育てをして社会が成り立つでしょうか? 子供を育てるためにはお金が必要ですし、女性も子育てを支えてくれる男性だったらその人の子供を産む気になるでしょう ここで重要になってくるのは男性です 女性は自分で産むわけですから自分の子供ということはわかります もしこの男女が一緒に暮らしていなかったら、男性はその子供が本当に自分の子供か不安になります 今はDNA鑑定でわかりますが、ほんの20年以上前だったらさっぱりわかりませんよね そこで男性はこの女性は私の子供を産む予定だと他の男性に何かしら見せなければいけない それで生まれたのが「結婚」という制度ですね つまり生まれた子供が誰の子供かはっきりさせるために他の男性が手を出せなくする 以上が結婚の必然性です 合理性としては、自分の子供を産んで欲しい女性に他の男性が手を出して子供が生まれるとどちらの子供かわからなくなる だから他の男性にわかる形でそれを示さなければならない また女性の方もその男性の子供を産んだ後に世話をして貰わないといけないので、その男性に何かしらの約束を取り付けないといけない このような男女の利害の一致から生まれた制度だと考えます 逆に結婚と言う制度がなかったらという感じで考えてみてください 男女だけの問題でなく、子供という問題を考えた時、結婚という制度がないと女性が子供を産みにくくなり、人類は衰退していくのではないでしょうか

  • mi_p
  • ベストアンサー率18% (17/93)
回答No.2

「結婚」は人類の文明を継続する上で社会的、経済的、人間的な秩序を保つ法的正当手段といえるでしょう。つまり「結婚」は「契約」という概念です。

noname#194289
noname#194289
回答No.1

社会を永続させるために必要であるという単純な理解ではダメなのでしょうか。

関連するQ&A