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東条英機は戦争に積極的だったのでしょうか??
インターネットを調べていると、 いろいろ全くの正反対の考えがあり、混乱しております。 どなたか、はっきり本当のことを教えて下さい。 東条英機は、日米開戦を積極的に願っていたのでしょうか? 彼は統制派だと聞いております。 統制派は中国への一撃を主張し、英米を敵とし、 ソ連との不可侵条約の締結を推進した。とあります。 実際問題、東条英機は日米開戦を元より 支持していたのでしょうか??よろしくお願いします。
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ANo.5です。 補足いただきましたので。 >けど、東条が、開戦をためらっていた近衛に 清水の舞台から飛び降りることもまた 必要であると忠言したのはどういうことなのでしょうか? アメリカが条件を軟化させない以上は、開戦も仕方が ないところまでいっていたという事です。 くるとこまでくれば、東条でなくても戦争を支持する しかなくなるわけです。 何度でも言う様に、東条は別にアメリカと戦争をしたい わけではありませんが、ここまでアメリカとの関係が 悪化すれば仕方がないような流れになるのです。 最終的には、ハルノートで皆が戦争を支持したわけですから。 近衛は優柔不断で、あまり褒められた総理ではありません。 日中戦争を泥沼化にしてしまったのも、近衛が元凶だと思います。 それに近衛はどちらかというと反英米派です。 私は東条英機はあまり好きではないのですが、仮に開戦に対して 誰か責任があるとすれば、ここまで日米関係を悪化させた人が 悪いのではないでしょうか。 もう東条内閣のときは開戦も仕方がないと思いますね。 作家の半藤一利さんに言わせれば、服部卓四郎、辻政信あたりが 日本を戦争に導いたと批判をしていましたが、私は個人的には 近衛文麿、松岡洋右あたりが、責任的には大きいような気がします。 確かに東条英機も責任はあるとはいえ、同情する面も多いです。
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- rin00077
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ANo.5です。 >消極的であったのに、開戦を回避しようとしていた近衛内閣を 潰したのはどうしてなのでしょう? 開戦を回避しようとしていたのは、近衛内閣も登場内閣も同じです。 しかし第二回御前会議の近衛内閣の時にはすでに、戦争のシナリオが 出来上がっていました。 戦争準備をしながら、交渉もするという事です。 結局近衛さんは、残念ながら責任をのがれるように辞職されました。 要は近衛内閣を潰したのではなく、近衛さん自身が海軍、陸軍を 押さえたり、まとめあげたるする能力がないのです。 戦争を主で考えるというのは天皇陛下の意思にも背き、最初から 基本的な事を検討しなくてはいけないと言う事で、木戸内務大臣 が東条英機を総理大臣に推薦したのです。 東条は天皇に非常に忠節であるため、軍部を押さえられるし、宮廷 グループのコントロールも利くのではないかという判断です。 東条英機がアメリカとの開戦を支持したと、誤解されやすいのは、 近衛内閣のときに、東条が中国に対しては主戦論者であったため、 アメリカの要求する中国撤退に断固として反対していたからです。 しかしながらアメリカと戦争をしたいという事ではありません。 アメリカの命令に服従するのか、それとも交渉を続けるかの話です。 戦争回避のため、もう少し交渉期間を伸ばそうと、軍部ら強硬派を 説得したのは東条さんです。 まして、天皇が戦争に反対であるのに支持するわけはありません。 結局日本はハルノートにより開戦に及ぶわけですが、ハルノートの 要求というのは、アメリカが最初から日本に要求していた事です。 要はアメリカは日本と交渉するつもりも、譲歩するつもりも最初 からなかったという事です。
お礼
どうも有り難うございました。大変よく分りまして だいぶん整理されました。感謝です! なるほど・・・しかし、そこまでアメリカの態度を硬直させて しまった責任は日本の外交にもあると思います。 仏印南駐が致命的であったような気も致しますが、 アメリカの大統領がルーズベルトでなかったら、 また違っていたのかも知れませんね。歴史にイフはタブーだと 言われますが・・・ 残念でまた悲しくて仕方がないのです。昭和天皇があまりにも お気の毒で・・・ただそれだけなんです。 あとは、日本の外交の過誤を反省せずしてなにをか況や という境地ではありますが・・・ 大変参考になりました・・・どうもです!
補足
けど、東条が、開戦をためらっていた近衛に 清水の舞台から飛び降りることもまた 必要であると忠言したのはどういうことなのでしょうか?
- wsws
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支持したと思います。 燃料を止められた恨みはアメリカに向けるしかないです。 関東軍特殊演習で独ソ開戦直後に挟撃狙い満ソ国境に70とも80とも集めたのに取りやめてます。 3ヶ月前の中立条約に完全にすがります。 一方的に負けた、とノモンハンの捏造報告に騙されてソ連よりアメリカの方がまた勝てると可能性にすがったのです。
お礼
どうも詳しい解説有り難うございます。 そうですか・・・凄い詳しい情報感謝です。 どうして開戦を回避しようとしていた近衛内閣を潰したのか 少し分かってきたような・・・?その辺詳しい情報があれば 是非お聞かせ願えませんか? アメリカの方がまだ勝てると思ったということは 中国かアメリカかどちらかといずれは戦争をしようと考えていた ということでしょうか? 燃料と止められたから・・???ですか?
補足
訂正:燃料を止められたから・・???ですか?
- rin00077
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当時の日本にとって、敵国はどこか、脅威はどこかで 統制派と皇道派は意見が分かれ、「中国一撃論」を主張 したのが、統制派です。 皇道派はソ連のほうを叩くように主張していました。 中国には英米が権益を持っているので、英米と衝突する 恐れがあると、中国への攻撃は反対していました。 もちろん統制派も英米と戦争がしたいわけではありません。 中国を攻撃するということは、そういう可能性もあるという ことです。 東条英機は中国に対しては主戦論者ですが、対アメリカとなると そうではありません。 軍部の強硬論者に対し日米開戦には消極的であり、できる限り 戦争にならぬよう、アメリカとの交渉を外相等にさせようと しました。
お礼
どうも有り難うございます。 統制派と皇道派の詳しい説明感謝です。大変参考になりました。 消極的であったのに、開戦を回避しようとしていた近衛内閣を 潰したのはどうしてなのでしょう? ここが今ひとつ良く分かりません。
- k16399638
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首相としてはダメ。軍官僚としては優秀、というのが真相だと思います。東条は日米開戦を回避する方向だった3次近衛内閣をつぶしています。が、周囲が黙認したのは天皇に忠実な(狂信的に崇拝していた)東条が、戦争などしないだろう、という読みがあったわけです。事実本人は陛下のためにも開戦したくなかった、けど、大陸の陸軍を撤兵させるのは反対だったため交渉が不調におわり、結果として開戦してしまった、というのが大体の流れでしょう。開戦のとき、宮城に向かって土下座して号泣したといいます。 総理兼内務兼陸軍大臣を兼任し(警察と憲兵を支配下においたことになる)、5年中将をやらなければ大将になれない内規を変えて大将になる、ということもやりました。そして、生きて虜囚の辱しめを受けることなかれ、という戦陣訓をだして、日本軍から降伏と言う選択肢を奪ってしまいます。あと、なんでも自分でしたがる。憲兵の報告を鵜呑みにする、という悪評がありました。 戦時中は憲兵と特別高等警察を駆使して、自分に反対の意見を開陳した人間、記事にした新聞記者、軍人を招集したり予備役にいれたりと、やりたい放題でした。また、鈴木貫太郎内閣が終戦工作内閣と察すると、組閣を妨害したりしています。海軍と一部官僚の手で暗殺計画が立てられたりしました。一方皇室・皇族から罷免の声が大きくでなかったのは、彼が自由にできる多額の陸軍機密費(大陸のアヘン栽培の利益)で、常に付け届けをしていたから、といいます。 ただ、軍人としては師団長時代の師団掌握の巧さ、軍規を厳格に護らせる信念、またメモ魔といわれるほど勉強家で、政治さえやらなかったら、政府の方針の元で軍のマネージャー的活躍をしたら、という声はあります。 家庭人として、私人としては、海軍の山本五十六がいろいろ醜聞があったのと対照的に、自己を律した生活ぶりであったといいます。 首相になってしまったのがマチガイであった、というのが本当のところでしょう。かといって、あの時点で他に人がいたのか、というのも微妙です。帝国陸軍と言う怪物の頭を首相にすれば、怪物もなんとかなる、とみんな期待した故の悲劇ではないでしょうか。
お礼
なるほど。今、順番にNO1の方からお礼を述べていますが、 貴殿の回答が一番事実に忠実のような気がしています。 竹槍と書いた新聞記者に対して懲罰を加えたとか言う話を 聞いたことがあります。 道理でシビリアンコントロールが出来ないわけですね。 外交と軍隊は心と体の関係だと思います。が、 その心が体をコントロールできなくなれば、体は暴走するしかない。 その良心に逆らって体が無駄死にすれば、敗戦に対して 後顧の憂いを残し、何十年も悔いるしかない・・・ 日本外交の過誤を反省しなければなりませんね。 リヴァイアサンを退治するために、東条英機を起用したが、 彼もまたリヴァイアサンに飲み込まれてしまったのですね。 それは、たぶんに憲法のせいかも知れませんね。 軍の統帥権が天皇にあったにも拘らず、天皇には拒否権がない。 しかも、彼は天皇に対して公的無私なほどに忠信を尽くす人であった。 大変参考になりました。どうも有り難うございました。
補足
>大陸の陸軍を撤兵させるのは反対だったため交渉が不調におわり、 結果として開戦してしまった ここをもう少し詳しく話ししていただけませんでしょうか? 天皇の為に開戦に消極的であったはずの東条がどうして 開戦回避を考えていた近衛内閣を潰したのか? ここが今ひとつ分かりません。
- nishikasai
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わたしは東条英機を支持します。 彼がもし戦後生まれていたら有能な官僚になっていたことでしょう。時代が悪かった。時代の流れに巻き込まれて悲劇の将軍になってしまった。家族を愛する良きパパでした。決して好戦的な人物ではありませんでした。 東条英機の最大の功績は戦争責任を自らがかぶって「陛下は開戦を望まなかったが、われわれ軍部の強硬な発言にしかたなく承諾した」という旨の証言を東京裁判で行い、天皇を裁判に巻き込むのを防いだことです。忠臣でありながら逆臣の汚名を着せられ世界から、そして日本国民からも恨まれ絞首台の露と消えた。 歴代総理の運転手を勤めたあるベテラン運転手が戦後、新聞記者のインタビューを受けました。「歴代総理の中でどなたが一番立派でしたか?」 すると運転手は突然起立し、 「はい、それは東條閣下であります!」 と胸を張って答えたそうです。立派な人だったんです。わたしは誰が何と言おうと、東条大将を支持します。回答になっていなくて済みません。ちょっとこの場を借りて自説を述べさせていただきました。
お礼
とても心情的な回答どうも感謝です。 辞世の句などを拝見すると、私も感動したりします。 とてもすごい人格者だなと・・・ どうも有り難うございました。 ただ悲しいかな。戦争は、常に自国の正義と他国の正義との ぶつかり合いだと言うことです。善と善との闘いです。 しかし、その善が争いを生じさせるからには、不完全な善だと 言わざるを得ないのです。 しかし、それは、人間中心の善だからなのです。 つまり、利己的な善。人本主義では戦争はなくならないということです。 神本主義でないと・・・ ですから、人間創造の神様を中心とした絶対的な善を基準とした 世界を築かない限り、戦争はなくならないと思います。 どうも感謝でした。
- ogawa_sora
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今晩は。 本当のところは本人しか解らないと思います。 ただ、参考までに。 http://1gen.jp/GDOH/ISYO.HTM http://1gen.jp/GDOH/TOUJYOU.HTM これで、少しは答えになるかと思います。
お礼
どうも有り難うございました。だいたい読みました。 敗戦の翌年、天皇が人間宣言をされたにも拘らず、 >皇祖皇宗の神霊は畏れ多くも我々を照らし出して見ておられるのである。 言われているところをみると、どうも国家神道という似非宗教に マインドコントロールされていたのか・・・という思いを否定 することはできません。晩年は、妻の信仰していた浄土真宗に帰依したらしいで すが・・・ つまり東条英機は、天皇にあまりに忠実であったのではないかと・・・ そういう意味では公的無私の立派な人であったと思われます。 ただあまりにも戦争を合理的なゲームと考える欧米人とは違い 狂信的にまで勝利を信じてやまなかったカルト国家と化していたことは 否定できないと思います。そのような諸外国から見れば「キチガイ沙汰」の 国家に原爆しかなかったのかと・・・・という思いも致します。 ただし、東条英機が言うように原爆は確かに交戦法規違反だと私も思います。 どうも有り難うございました。感謝!
- kantansi
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開戦を決めたのは東條内閣の御前会議ですが、天皇の意思が平和にある と知った東條は、陸軍に裏切り者と言われる覚悟で、対米交渉に臨んでいます。 確かに旦開戦後は積極的に戦争を推進しましたが、勝つことを前提に戦っていた以上当然のことでしょう。 自身が言う通り、戦争に負けて日本人に塗炭の苦しみを味あわせた責任はあるでしょうが、やはり日本人全体の責任を負って、戦勝国の一方的な裁きで処刑された指導者との評価があってもよいと思います。
お礼
どうも有り難うございました。お礼が遅くなりまして済みません。 なるほど。そうですか。 最後まで対米交渉に臨んでいたのですか。 なのにどうして開戦になったのでしょうか? 残念です。 総力戦研究所の結論は、確か、 「日本必敗 闘うべからず」だったのに・・・ その辺がどうしても分かりません。 あと、アメリカが原爆を投下したことは ハーグ陸戦法規に違反しますか?? 国際情勢は、常に「勝てば官軍」だから仕方がないのかな? どうも感謝です。
お礼
なるほど。時既に遅しですね。 良く分かりました。どうも大変有り難うございました。 私も、広田弘毅内閣とか近衛文麿内閣とか松岡洋右 あたりが重責だと思います。