上杉謙信について
上杉謙信のことを調べていました。下記の文章は、某書において、上杉謙信を紹介したものです。(抜粋)
記
謙信はこうした経済力をバックに越後を統一し、さらに他国への軍事侵攻を進めることになるわけであるが、ふつうは、領土を広げる戦いに戦功のあった家臣に恩賞として、新たに広げた土地を与えることを繰り返す。しかし、謙信の場合はやや異質で、領土欲そのものではなく、「義」が前提となっていたように思われる。
信濃・川中島に出兵したのも、信玄のそれ以上の北進を阻止するためと、信玄に逐われた高梨政頼、村上義清、小笠原長時らの旧領を回復してやろうとする義侠心があったからである。
以上
私が疑問に思うのは次の3点です。
1 「謙信の場合はやや異質で、領土欲そのものではなく、「義」が前提となっていたように思われる。」ということなのですが、私には、本当かな???という気持ちが強いのです。たしかに、「敵に塩を送る」というのも謙信を美化しての諺だと思いますが、少し「美化しすぎている」のではないかという疑問です。
2 「信玄に逐われた高梨政頼、村上義清、小笠原長時らの旧領を回復してやろうとする義侠心があった」とありますが、信玄と直接接するようになれば、好むと好まざるとにかかわらず、戦わざるを得ません。仮に、川中島の戦いに謙信が勝利し、村上義清ら領地を返してあげたとしても、それは、謙信にとっては、そのことが、謙信にとって、また越後にとって、信玄との間の「緩衝地帯」あるいは「防護壁」になりうるのであって、下剋上の戦国時代ということを前提にすれば、「義侠心」というのは、これも「美化しすぎている」のではないかという疑問です。
3 仮に、「美化しすぎている」としたら、その原因は何なのだろうか???過去にNHKの大河で石坂浩二が謙信役をやった「天と地と」というのがありました。印象に残る良いドラマだったというかすかな記憶がありますし、海音寺潮五郎の原作も読みましたが、そんなところも影響しているのかと???想像しましたが、日本史を自学していると、少し疑い深くなりました。
BAを選ばないで、締め切ります。それでもよろしければ、ご意見をいただければありがたいです。
お礼
回答ありがとうございます。 去年は午後5時からだったのですが・・・ 同じだとありがたいです