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姓の後に「の」をつける慣習
ここでも度々質問が出ている姓と名の間に「の」をつけて読む慣習の件ですが 藤原(ふじわらの)、藤原朝臣(ふじわらのあそみ・ふじわらのあそん)・・・ 豊臣も姓であったと思うのですが「の」は付けませんよね。 豊臣朝臣と書かれた場合は「の」を付けたかと思いますが・・・。 何故豊臣の場合のみ「の」が付かないのでしょう? 秀吉の当時から付けられなかったのでしょうか? それとも後世、省かれたのでしょうか? 姓の後に「の」をつける慣習については存じているのですが、皆々さまの回答を 拝読しているうちに「そういえば秀吉は?」と、ふと疑問が湧いたので・・・。
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確かに「豊臣」は賜姓たる姓です。でも、「の」を付けるか付けないかという区別も、所詮は慣習ですからね。 おそらく、秀吉と同時代の人物、例えば「徳川家康」や「石田光成」が、「の」を付けない苗字で呼ばれるため、それに引かれて「の」を付けないことになったのでしょう。 姓と氏で「の」を区別するという「教えてgoo通説」は、確かに、多くの参考URLで解説されているところですし、実際、教えてgooで最初にそれを指摘したのは、多分、私でしょう。 http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=66551 (No.4) しかし、実際は、現実の史料上、この区別は厳密に区別されてきたわけではありません。昔の人だって、姓と苗字を混同していた場合があるのです。 人物辞典などの凡例を見ても「古代から中世にかけての名前で慣習として「の」をつける場合は…」という書き方をし、「豊臣秀吉」は「とよとみひでよし」で立項する場合が殆どでしょう。 ※なお、下のURLの私の回答で、「現代の辞典や歴史解説書の類ではこの区別は厳密に貫かれてい」るとしていますが、訂正します。gokuhさんに指摘されて初めて気づきました。 http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=81165 (No.3) 角田文衛という歴史学者がいまして、この人は姓と氏の区別を厳格に主張する人でして、彼によれば、やはり「とよとみのひでよし」が正しいそうです。 http://www2.justnet.ne.jp/~jingu/just-tunoda-reizeikenorekisi-2.htm (後ろから3段落目)
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- shimadzu
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「豊臣」は藤原姓じゃなかったかな。 当時、関白をたらい回しにしていた藤原姓の五摂家に中に入れてもらったんじゃなかったかな。たしか、鷹司家か近衛家のどちらかに 叙任は「藤原秀吉」だったような気がするが
お礼
回答ありがとうございます。 (お礼・挨拶が前後になりました。すみません。) 今、あちこち探しましたが「豊臣朝臣」署名の文献が手元にみあたりません。 ですが解説書類では「豊臣朝臣」も出きていますし「賜姓」という言葉も出てきました。 やはり豊臣は姓ではないでしょうか?
補足
一旦、養子という形式(?)で藤原姓を称し、後に豊臣姓を賜ったかと思います。 (違ったかな?) 豊臣朝臣と書かれた書があるのですが朝臣は苗字ではなく姓に付くものですよね。
お礼
ありがとうございます。 > 所詮は慣習ですからね。 確かにその通りですネ。 私としては角田先生の如く程、厳格に主張するつもりはございませんが ふと、興味を惹かれたもので。 実際、当時の人たちはなんて呼んでいたのだろう? 後世の定義付けって正しいんだろうか?・・・って。 姓も氏も今日では同義語であり、現代まで続く姓をもたれている 源さん、平さん、橘さん、藤原さん、清原さん、在原さん、菅原さん・・・ 「の」はつけませんしね。 何時から藤原さんに「の」が付かなくなったんでしょう? 新たな疑問がふつふつと・・・(笑)
補足
皆々様、ありがとうございました。 まだ疑問は少々残りますが、もう回答がないようなので一旦しめます。 ありがとうございました。