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記憶のメカニズム
人は、見聞きしたことをどれくらい記憶できるのでしょうか? キャパシティってないんでしょうか? たとえば、人の脳のメモリーは1GBまで保存可能とか制約があるんでしょうか? バカな質問と、たとえだと思いますがよろしくお願いします。 あとついでなので聞いてしまいますが、人が一度見聞きしたことは完全には忘れられないって本当でしょうか? どんなに小さなことでも、一度認識してしまえば二度と忘れない。 うっかり忘れてしまっても、それは思い出せないだけで、記憶の片隅には残っていると聞いたことがあります。 どんなに古い記憶でも、なにかの拍子に思い出したり郷愁を覚えたりすることがあるように、完全に忘れることはないのでしょうか?
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こんにちは。 質問者さんのご質問のうち、私に答えられそうなものです。 「脳にはどの程度の記憶容量があるのか?」 「どうして覚えられるのか?」 「一度覚えたことは忘れないのか?」 「どうして忘れるのか?」 「覚えることをどのように選択するのか?」 「思い出すことをどのように選択するのか?」 「記憶は夢の中で整理される?」 「どうして古い記憶を思い出すのか?」 「脳にはどの程度の記憶容量があるのか?」 以前にざっと計算したことがあるのですが、人間の脳の「記憶容量(情報処理容量)」といいますのは大脳皮質だけで「140テラビット(16TB)」あり、脳全体では「2ペタビット(227TB)」前後になると思います。コンピュータのハード・ディスクもいよいよあと一桁くらいに迫っていますし、これがどの程度の量なのかというのは何とも言えませんが、一生の内で足りなくなってしまったというひとの話はまだちょっと聞いたことがありません。 では、この容量をオーバーしてしまったために新しいことを覚えられなくなったり古いものが破棄されたりすることは恐らくないのではないかと思います。現在「老人性痴呆」といいますのはそのほとんどが「生活習慣病」か「遺伝子疾患」のどちらかと考えられており、質問者さんの仰る通り健康なお年寄りであるならば幾らでも勉強が続けられますし、たくさんのことをきちんと憶えています。 まず最初に、我々の「記憶(ここでは主に大脳皮質の学習記憶)」といいますのは、その「性質」によって二種類に分けられます。 「短期記憶(数秒~数日、長くて数ヶ月)」 「長期記憶(数年~一生)」 この二つには、 「時間が経てば忘れる記憶」 「時間が経っても忘れない記憶」 このようなはっきりとした性質の違いがあります。 「短期記憶」を扱っているのは大脳皮質内で「認知作業を行う連合野」です。これには視覚情報を扱う「視覚連合野」、論理情報を扱う「海馬」、言語情報を扱う「言語野」などといった役割が分かれています。 「大脳皮質の認知」といいますのは、主に知覚器官から入力された「外部情報」と脳内に記憶されている「内部情報」を比較して分類するための作業です。この作業を行うためには、まず取り込まれた感覚情報や記憶層から引き出された記憶情報を連合野内で一時的に保持する必要があります。 短期記憶といいますのはこの作業を行うための「作業記憶(ワーキング・メモリー)」として保持されるものです。そして、ここでの認知作業の結果が長期記憶として書き換えられます。外部から入力された情報はこれによって長期保存されますし、既に長期記憶として脳内から何時でも引き出すことにできる情報といいますのはそのまま連合野から消えてしまっても良いわけです。 このように、短期記憶と長期記憶といいますのは、 「忘れてしまっても良い記憶」 「忘れてしまっては困る記憶」 という役割の違いがあります。 そして、我々が覚えるということは、一旦連合野内に獲得された短期記憶が長期記憶に書き換えられるということです。 「どうして覚えられるのか?」 我々の脳内で記憶といいますのは多数の神経細胞同士が「横の繋がり」を持った「記憶回路」として固定されます。この記憶回路は「細胞同士のシナプス接合の強化」と「細胞内の機能タンパク質の働き」によって作られます。 「シナプス接合の横の繋がり」といいますのは特定のパターンを持つ「並列信号の同時入力」によって興奮状態になった細胞同士の間で強化されます。これが繰り返されますと、その並列信号のパターンがひと塊の記憶回路として固定されます。この結果、記憶回路はそのパターンに対してだけ「選択的反応特性」を持つことになり、特定の記憶情報を再生できるようになります。 「一度覚えたことは忘れないのか?」 脳内の記憶といいますのはこのようにして作られるものであり、このメカニズムは短期記憶でも長期記憶でも全く同じです。ですが、記憶回路を構成する細胞内で使われる「機能タンパク質」といいますのは、短期記憶ではその細胞が元々持っていた既存のタンパク質を流用するのに対しまして、長期記憶の場合はそれがDNA情報に従って新たに合成されます。これにより、長期記憶の回路といいますのはタンパク質の合成という化学反応によって物理的に固定されることになります。そして、これが「忘れる記憶」と「忘れない記憶」の違いではないかと考えられています。 我々が覚えるということは短期記憶が長期記憶に書き換えられるということであり、これにより、それは一生物の記憶となります。 「どうして忘れるのか?」 ひとたび長期記憶として形成されるならばそれは機能タンパク質の合成によって物理的に固定されるわけですから、これが解除されるか破壊されるかしない限り使わなくても一生忘れないということになります。ですが、我々は何から何まで憶えているわけではありませんし、体験したことは事実でも思い出せないものが山ほどあります。 では、 「長期記憶というのは劣化・消滅するものなのか?」 「長期記憶というのは抑制・停止するものなのか?」 「長期記憶というのは消去・書き換えされるものなのか?」 「また、それはどうしてなのか?」 このようなことがまだ全く解明されていません。 ですから、覚えるということに就きましては様々な説明が成されてはいるのですが、「忘れる」ということに関してはまだ何も分かっていないというのが現状です。 「覚えることをどのように選択するのか?」 まず、我々は脳の記憶機能というものを自分の意志で操作することはできません。これができるならば試験で失敗するひとはいませんし、都合の悪い事は思い出さなくても済んでしまいますよね。 脳が何かを記憶しようとするときは中枢系の覚醒状態が亢進され、注意力と記憶力が高まっていなければなりません。この操作をしているのは脳内に分泌される神経伝達物質です。そして、この判定はそれが自分にとって重要であるかどうかではなく、「欲求の達成」や「危険回避」といった「生物学的利益」に従って下されています。 環境からの刺激入力が「報酬」あるいは「危険」と判定されますと、我々の脳内では「NA(ノルアドレナリン)」や「DA(ドーパミン)」などといった神経伝達物質が一斉に広域投射され、これが中枢系の覚醒状態を一気に亢進させます。この結果、知覚系が「注意状態」になりますと感覚器官からの情報が短期記憶として取り込まれ、長期記憶への書き換えも活発に行なわれるようになります。ですが、それ以外の場合、脳が通常の安静覚醒状態であるときは「5‐HT(セロトニン)」の恒常分泌によって連合野や海馬などの記憶機能は抑制されており、余計なことはなるべく覚えないようになっています。 我々の脳は、このようにして記憶に残すべきか否かの選択を行っています。 「記憶は夢の中で整理される?」 良く、記憶というのは寝ているときに整理されるなどといいますが、これが整理できるということは、それは既に短期記憶として連合野内に保持されているということです。ならば、それが短期記憶として取り込まれた情報であるならば、その時点で「有用か不要」の判定は下されていることになります。では、寝ているときの夢の中でその短期記憶を保存したり破棄したりするための判定規準というのはいったい何処にあるのでしょうか。 短期記憶が長期増強されるための条件とは、まずそれが繰り返し使われることと、連合野内で再生されたときに注意状態を亢進させる刺激となるかどうかです。ですから、このように短期記憶の重要度といいますのはその「生物学的価値」と「使用頻度」で決るわけですから、これがわざわざ夢の中で行なわれなければならないという理由は特にありません。強いて言いますならば、寝ているときは感覚器官からの新たな入力がありませんので、条件としましてはこちらの方が重要であるように思います。 「思い出すことをどのように選択するのか?」 記憶の想起といいますのは基本的には認知作業のために行なわれるものです。 認知作業といいますのは外部入力情報と内部記憶情報を比較・分類する作業であり、記憶情報といいますのはこのために連合野内に引き出されます。この検索は、最初に述べました「記憶回路の選択的反応特性」によって行なわれます。 「選択的反応特性」といいますのは記憶回路が形成されたときと同じパターンの並列入力に対して反応を発生させるということです。これにより、外部環境から情報の入力がありますと、そのパターンに対応した記憶情報が再生されます。従いまして、記憶の想起といいますのは記憶の形成と同様に我々の意志ではなく、それは何らかの入力によって行なわれるものであるということになります。 記憶回路を構成する神経細胞といいますのは「横の繋がり」が強化されていますので、ひとつの細胞に入力がありますと周りの細胞にも信号が送られます。ですから、これが幾つか纏まりますと、同時並列入力が全部揃わなくとも記憶回路は反応を発生させることができます。このように、少々不完全であっても類似する入力パターンに下される判定を「手掛かり記憶」といい、見間違いを含めまして多くの場合、これが我々の脳内では記憶想起の切っ掛けとなります。 これに対しまして、ひとつの対象からの同時入力によって作られた「複数の記憶回路」同士に結ばれる横の繋がりを「連想記憶」といいます。これにより、視覚や聴覚などに別々に獲得された複数の情報にひとつの出来事として「筋書き」が作られます。ですから、我々の記憶といいますのは何らかの「手掛かり記憶」が切っ掛けになるならば、それは「連想記憶」という取り決めに従って黙っていても整然と想起されることになります。 このように、記憶機能といいますのはその形成も想起も我々の意志では操作することができません。では、思い出したいと思ったら何か「切っ掛け」を作らなければなりませんし、覚えたいと思うなら念入りな反復学習を行なうか、あるいは「報酬」や「脅し」を用意して脳の覚醒状態を亢進させてやる必要があります。 「どうして古い記憶を思い出すのか?」 思い出せるということは長期記憶が健在であるということですね。 個人的には、私は長期記憶が時間と共に劣化したり消失することはないのではないかと考えています。ですが、あたかも消失してしまったような経験は誰にでもありますし、古い記憶ほど不鮮明になるのも事実です。ですから、それには何らかの変化や作用があるのかも知れませんが、何れにしましてもまだ何も解明されていないのですから勝手に解釈をしても仕方がありません。 記憶回路といいますのは入力がなければ反応しないわけですから、我々が何かを思い出すためには「切っ掛け」が必要です。ならば、果たして何の切っ掛けも発生しなければ一生思い出さないわけですし、偶然にも反応が発生してしまったならば十年以上忘れていたことが突然に思い出されるということだってあるはずです。 切っ掛けには自分で自覚できるものもありますが、いったい何故そんなことを思い出したのか検討も付かないといったのもがたくさんあります。ですが、思い出されるということは、それが不意に発生した切っ掛けであったとしましても「手掛かり記憶」や「連想記憶」がちゃんと機能をしたということです。そしてその先には、それまで夢にさえ見なかった自分の体験がしっかり保存されていたということですね。 この記憶には子供の頃に「楽しい」「嬉しい」「珍しい」といった、暦とした生物学的利益に基づく価値判定が下されています。少なくとも、10年以上使わなければ順番に破棄されてしまうといったような取り決めは、我々の脳にはないようです。 余計なことばかり書いてしまいました。質問者さんのお知りになりたいこと全てというわけにはとてもゆきませんが、何かの参考にして頂ければ嬉しいです。
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- tomi-chan
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ヒトの脳の記銘・記憶の容量については、物理的な単位で記述できません。量子化したり、要素に分解して捉えることができないのです。 見たものや聞いたものは、それぞれ単独で、例えば一枚の写真や、一曲の音楽のように記銘されるのではなく、これまでの体験を元に作られてきたものや、同時に感じ取ったイメージ関連付けられます。ヒトの脳の記銘・記憶を単位で表せないということは、つまり、ヒトの脳は無限の可能性(容量)を持つという事になります。 体験など、連合学習が成立してしっかり記銘されたものは「失われにくい」ですが、しかし「決して」忘れないのかというと、そうでもありません。
お礼
お答えいただきありがとうございます。 記憶力というものは、いくら年を重ねても衰えない人は衰えないようです。 それはつまり、どんなに高齢になったとしても『記憶すること』はいくらでもできるということ。 考えてみれば、脳みそがパンパンになってもう覚えられない、なんて聞いたことがありませんね。 愚かなことに二つ質問をしてしまったのですが、前半の疑問はみなさんのおかげで判然とすることができました。 しかし、後半の、1行空けたあとの疑問は未だ釈然としません。 個人的な考えなのですが、認識した情報を理解し細分化することができるようになる5~6歳以降の記憶は、やはり永遠に忘れないような気がします。もちろん事細かに覚えている、なんてことは無理に決まっていますが、幼い頃に見た何気ない日常の風景など、自分が大人になってそんなこと綺麗さっぱり忘れてしまっていても、ふと旧友と昔話をしているうちに、思い出すことってありませんか? 『なにかの拍子に』という鍵が必要ですが、知らずに鍵をかけてしまった思い出の箱は、いくつになっても開けられるんじゃないでしょうか?
- 6dou_rinne
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脳にもキャパシティはあるでしょうがどの程度かはまだはっきりとはわかっていません。 また見聞きしたことを全部記憶するわけではなく、必要か必要でないかを取捨選択されて記憶されますが、そのメカニズムがうまくいかなければ全てを記憶する場合もあります。 ただ一度記憶してしまえば脳が損傷を受けたりしなければ残っているようです。
お礼
回答していただきありがとうございます。 これは体感なのですが、見聞きした情報が必要か不要かの取捨選択は、その時点ではまだ行われていないように思います。 必要な情報を記憶し、不要な情報を思い出せなくさせる記憶の整理整頓は、一説では夢を見たときに行われると言われています。 だから、これは憶測なので申し訳ありませんが、夢を関所だとすると、関所を通った記憶は、生涯完全に忘れることはないのではありませんでしょうか。
お礼
素晴らしい情報量ですね。一般者とありますけど、専門の方みたいです。 ただ、文章も専門用語が多いので自分にはよくわかりませんでした。 単に自分の勉強不足のせいなのですが、興味深い内容なのでもう少し噛み砕いて教えてほしかったです。 でも、理解できる言葉を繋げて概要は把握できました。しっかり覚えられたかというと、嘘になりますが。 この質問自体が、かなり専門的な内容なので説明するにも理解するにも相応の知識が要求されますね。 自分はまだ浅はかでした。もっと勉強してこようと思います。 詳細に説明していただき、ありがとうございました。