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日本が韓国と合併した理由
一体何のメリットがあったのでしょうか? 当時の韓国は借金以外何も無い国と聞きましたし、文化と呼べる生活Lvにも達していなかった極貧の国だったらしいですが、合併前と合併後の写真を見比べると相当ーに暮らしが豊かになっていますよね? 日本のお陰でここまで生活が良くなって(言葉に表せないくらい)るのに何故恨まれてるんでしょうか? 彼らはその事実を知らないんでしょうか?正直もし合併を今から取り消せるとして韓国人にそれを選ばせても首を縦に振るとは思えません。 合併してなかったら動物並の生活をしていた癖に…と思うとムカムカします。 合併とは日本人の都合のいい解釈で実際は侵略だったのでしょうか? でもまともに戦う程韓国に戦力なんてまったく無かったし、侵略と呼べるものだったのでしょうか? しかも自国には借金しかないので合併を即快諾したと聞きました。 実際はどうなんでしょうか? 中立的立場から見て悪いのは日本なのでしょうか? それとも恩を忘れているは韓国なのでしょうか?
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歴史を見るときには、善悪を離れて事実はどうであったのかを、知ることが第一です。この頃の時代背景を述べますので、参考にしてください。 韓国併合の頃の世界情勢は、1等国といわれ広大な海外植民地を所有したり広大な国土を持っている、イギリス・フランス・アメリカの3カ国と弱体化したロシア(日露戦争とそれに続く革命騒ぎで1等国から脱落。)の勢力圏であったバルカン半島に勢力を伸ばし1等国として不動の地位を作りたいドイツ、ロシアの勢力圏であった満州を勢力圏とし1等国の仲間入りを目指す日本を軸に動いていました。 すでに広大な土地を自分のものとしているイギリス・フランス・アメリカおよび、国土は広いものの国力が低下しつつあるロシア(革命後は混乱状態だったソ連)は、当時の国際情勢の現状維持が国益と考えていました。 しかし、支配する土地が狭いドイツと日本は、支配地を広げないと、1等国の地位を失い、他国の顔色を伺う(それがいやでアメリカと戦争を起こした日本ですが、敗戦により軍事的には完全にアメリカの顔色を伺う状況になっています。)ことになるため、他の民族の居住する土地を新たな勢力圏にすることが国益と考えていました。 他民族が多く住む植民地の場合、その土地の民族を教育せず国土の開発も必要最小限にとどめることで、植民地からの利益の増加は少ないものの力が弱いままなので、本国に対する独立の動きをコントロールしやすくなります。 フランス・イギリスの場合、植民地からの搾取が比較的少なくても支配地が広大なため、本国の国力に対する貢献は大きなものとなりますから、この方法を選びました。(これが、一般に言われる植民地) 支配地が少ない日本がこれらの欧米の強国と互角の国力になるためには、支配地を極力経済発展させ、本国と一体化することが必要不可欠です。 その最初の実験台が、民族としての独自の歴史・文化の形成が未熟であった台湾でした。 この台湾を日本と同化して、経済を伸ばす政策はかなりの成功を収めました。 その成功例を基に、朝鮮もまた国土を開発し朝鮮人を日本人化することにより、日本は国力を増大しようとしたのです。 これが、日韓併合の政治的時代背景です。 日本政府は、朝鮮人の日本人化を目指した以上、基本的には朝鮮人を迫害する方針など、どこにもありませんでした。日本人化が進むとともに、徐々に日本人と同等に扱う予定でした。(日本人個人の中には、韓国人に対する差別や危険視する意識を持つ人もありましたが・・・) 何が問題だったかというと、基本的に日本人と同等に扱った結果、当時の多くの日本の法が朝鮮人に適用されたのが問題となったのでした。 この頃の日本経済は、財閥による独占資本主義の時代で、日本では労働運動・社会運動・女性人権運動などを、ロシアに起こった革命と同じことが日本に起こるのを恐れ、政府は厳しく監視していました。 1923年関東大震災では、焼け野原となったため東京の治安が大きく悪化し、デマ・うわさ・憶測で多くの悲劇が起きました。 例を2つ 1.甘粕事件。 社会運動家の大杉栄・伊藤野枝および大杉栄の甥、橘宗一(当時6歳)、憲兵隊により惨殺。橘宗一がアメリカ国籍を持っていたため、アメリカが関与し、問題が表面化しました。 2.震災後の朝鮮人虐殺。 うわさに踊らされて、被災した人々が作った自警団が朝鮮人と疑われた人々を虐殺。真相不明・被害者も日本人を含む多数でした。 このような時代を背景に、国民の不満・不安をコントロールするための飴と鞭として「普通選挙法」と「治安維持法」が成立しました。(1925年) この「治安維持法」によって、多くの新しい考え方をする人々が、社会的治安を乱す恐れのある考えの持ち主として、思想犯・政治犯として逮捕・取締りを受け、取調中の拷問・獄中死などが続発しました。 日本本土では社会主義思想家・労働組合幹部などがその対象となりましたが、朝鮮半島ではそれに加えて、「朝鮮独立」を口にした人々が、その取締りの対象となりました。 朝鮮独立=併合によって一つになった日韓の分離独立の考えを他人に広めることは、当然治安の維持に反する行為なのですから。 この法律によって、多くの高等教育を受けた指導的な朝鮮知識人(「朝鮮」という民族意識を強く持ち、日本の同化政策に反対。)が、投獄されることになりました。 当時の日本にとって、治安維持に反する行為を取り締まる、当然の法の運用でしかありません。(「朝鮮独立」を唱える人々のほとんどが朝鮮人であったのは当然ですが。) また後に、1945年に戦争が終わって朝鮮半島に朝鮮民族による独立国家ができた結果、治安維持法のもとで獄中死・刑死した人々が、「独立」の先駆者として、英雄となり迫害による殉死者とみなされるようになったのもまた、自然の成り行きなのです。 その結果、「朝鮮は近代国家としての基盤を作ってもらったので結果的に良かったのだけど、民族のプライドは大いに傷ついた。で、いまでも激しく日本を恨んでいる。」という状況になってしまったのです。 尚、せっかくの産業基盤もその後に起こった朝鮮戦争で、ほとんど破壊されてしまったので、現在生きている韓国の人々が日本が投資した産業設備の恩恵を受けているという実感は、ほとんど持っていないと思います。(道路・鉄道はほとんど同じ位置で、再建されました。) <参考>歴史は繰り返す 歴史では同じようなことが、繰り返されます。 フランス革命によって、力を得たナポレオンがドイツに軍を進め古いドイツの小王国が倒れた結果、その影響下で新しく改革を進めたドイツ国民は、民族意識に目覚めフランス人をドイツから追い出す運動を始めました。 最近でもイランの王様が、石油を売って得た多くの収入を使って、アメリカの技術を使って経済開発をしたり、国民教育をしたところ、国民が民主的になって「国王が直接政治をしているのは、おかしい!」と言い出して、国から追い出されてしまいました。 イギリスやフランスは、それがいやだったので、植民地の人をあまり教育しない(1年間の儲けは少なくなりますが・・・)方針を取りました。
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- mat983
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>正直もし合併を今から取り消せるとして韓国人にそれを選ばせても首を縦に振るとは思えません。 搾取し虐げるのが植民地化です。 中南米、アジア、アフリカにおいて 喜んで植民地化を受け入れる国が歴史上あったでしょうか? すべて力を伴うものです。
- nishikasai
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韓国併合はまずかった。日本は損をした。やるべきでなかった。あの当時は帝国主義の時代だったから日本はヨーロッパに倣ってしまったのだろう。 近代国家の基盤を作ってあげて恨まれる。「日本はいいこともした」と言っただけで大臣のクビが吹っ飛ぶ。おかしい。
- debukuro
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幕末期に欧米は朝鮮や中国を前進基地として日本に圧力をかけてきました その結果は欧米との不平等条約です だから欧米の基地にならないように朝鮮半島を抑えておく必要があったのです 朝鮮や中国が欧米の侵略を撥ね返していたら進出する必要はなかった 私はそう思います
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