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空気の研究

空気というものについてあまり心理学ではそれ一辺倒で審理されている部分がないので質問させていただきます。 空気というのは相当満盈しています。 小学生から大人まで凄い勢いです。 最近では比肉鶏の偽装などがいい例だと思います 社長の見解だと「悪い事をしたとは感じない、昔からの習慣でついつられてやった」 などと述べています これは完全に空気の支配に飲み込まれた様なものです 会社自体が経営が落ち込んだら偽装という雰囲気があったのでしょう C型肝炎の問題でも文章に「偽装武装しろ、隠せ隠せ」などと書かれていたそうです これはまさに偽装することが容認されている空気があったのでしょう いじめなども同じことかと思います 「~~的だからこの人は避けておこう」というところから始まって 「~~と喋ると変に思われるから避けとこう」などいう最悪な考え方の 人間があらわれてきて雰囲気カースト制度などが形成されていくのでしょう もし偽装雰囲気を改善させたければ法律違反的な好意は悪奴のやる事だ という雰囲気をつくることでしょう なぜならば雰囲気で人が誘導されてしまうからです。 しかしこれは皮肉な話である雰囲気で行動してしまう心理を逆手に 使って解決しようという試みである これはちょっと変ではないかと僕は思うのです もともとの諸悪は雰囲気を作ってしまうことであるのに 雰囲気で解決するというのは毒を絶たず毒を使っているようなものである そこで質問ですよくない雰囲気を発生させない方法はないでしょうか?

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回答No.1

根源的に人間の本質を決定しなければ解決しない事由ではないでしょうか。 性悪説に基づくならば雰囲気は悪くなるものですし、それを逆手に取る形で解決するというのは当然の形だと思います。 良く無い雰囲気を発生させない手段としては、割れ窓理論に基づいた徹底した雰囲気の浄化かな、とは思いました。

noname#82286
質問者

お礼

回答ありがとうございます 割れ窓理論ですかそれは一手ですね

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  • code1134
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回答No.3

"君子危きに近寄らず"とも言いますから、 >よくない雰囲気を発生させない方法 をそう言う環境に触れぬのに求めるのも一法か、と思いますが、如何でしょうか? 私個人としては山本七平氏の筆名のイザヤベンダサンが "いざや便出さん"から出ているとの記憶があるので、記憶違いや聞き間違いがない限り「"策士策に溺れる"面が多少なりともあり、彼自身にしても69才他界する迄、流石に空気の読み違いが絶無の域に達しているには程遠い」と言う気がするのです。 ただ、断言可なのは彼が(吸う方ではない)空気なる言回しを広め、いわば仕掛けに人であり、結果的に"雰囲気"云々との言回しが少数派になった点です。 http://www.asahi-net.or.jp/~fc4t-skri/file02_main_material/file02_01_jihitu_00.html 尚、彼は「日本人とユダヤ人」の著者でもあるが故に、「にせ日本人とユダヤ人」の著者で、神学者の浅見定雄氏から、相当批判された面を持合せていたのを付記して、お粗末なカキコみを閉じます。 失礼致しました。 http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-July/014305.html http://www.bk1.jp/product/00431445

  • cse_ri2
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回答No.2

このタイトルの質問をあげたからには、当然下記の書籍は読まれていると思います。 以下、それを前提に回答しますので、もし読んでいない場合は書店か図書館で、ぜひ一読を願います。 『空気の研究』(文春文庫、著者:山本七平)  http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E7%A9%BA%E6%B0%97%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%A0%94%E7%A9%B6-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-306%E2%80%903-%E5%B1%B1%E6%9C%AC-%E4%B8%83%E5%B9%B3/dp/4167306034 この本の中で著者は、「水を差す」ことについて触れています。 つまり、その場の議論ではこういう話になってるけど、現実はこうなんだよと指摘することです。 私自身、実生活の中では「KY」と呼ばれないよう注意を払っていますが、重要な会議・打ち合わせや、ネットの議論ではこの「水を差す」発言をよくやります。 まあ、自分がその場で立場が強ければ別ですが、そうでない場合は、あまり場の雰囲気を壊さないように、水差しもほどほどにしてますけどね。 通常は、会議や打ち合わせの場でその場の空気を読んでいくと、たいていは無難な結論に落ち着くのですが、解決困難な難題に直面した場合、大して効果がなかったり、明らかに間違った結論に議論が流れていくケースがままあります。 そういった場合、もし自分が正しいという確信があるときは、遠慮なく「水を差し」て、その場の空気を揺らす発言をします。 そして議論の流れが、多少なりとも変わればOKです。 ただし、この「水を差す」行為は、自分の発言が絶対に正しいという確信や信念がないと、ただの荒らし行為になりかねません。 周囲から「KY」だけでなく「あいつは使えない」とまで認定されてしまうと、後の仕事や生活に多大な悪影響をもたらしますので、注意が必要です。

noname#82286
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 水をさすというのは書いてありますが 一歩間違えると相手が切れるというのも在るかと思うんですが たしかに50:50の危険な賭けですね何かハンかチョウかの 怖さはありますがやらなければもっとよくない訳ですね。 んーーんちょっと怖いですねw もし何か他にありましたら教えてください