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犬追物とは?

犬追物のルール、どんな場所でやるものなのでしょうか。 いつごろやられていたものですか。教えてください。

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回答No.2

犬追物は牛追物から起こったといわれ、鎌倉時代に始められたといわれています。 これは『騎射秘抄』や『犬追物目安』にも記されています。 『貞丈雑記』には犬追物の馬場が山城国下加茂の川合神社の東北にあって、東西四十二間、南北四十間、足利時代のものであるという記述があります。 明治維新後は明治12年8月25日に上野公園で天覧の犬追物が小笠原流で行われたとあります。 また明治14年に島津氏の麻布四の橋の自邸において天覧の犬追物が行われています。 その後は動物愛護協会からの反対があり行われていません。 36騎の射手を12騎ずつ3手に分け、さらに1手12騎を3組にして4騎ずつで競う。 太い縄(径一尺八寸)で境界を示した円周二十一尋(約40メートル)ほどの円の中央に犬を放ち、境界線から外に出さないように犬が縄を超えようとする瞬間にあわせて近くの者が犬射引目で射る(縄の犬)。 このときに犬が逃げた場合には同じ組の残りの3騎が追ってこれを射当てる(外(そと)の犬)。 射当てた時の矢所に対して弓手切れ、馬手すがいなどといろいろと呼び名があり、検見が優劣、順位を判定する。 難易度は上から馬手、ま正面に近い弓手、押捩り(弓手後方)、左真横であるといい、それも細かく分かれた基準があったようだ。 射手は流鏑馬に同じ狩衣、水干、直垂(『犬追物覚書』によれば、官位があれば狩衣、そうでなければ素襖でその場合は左袖を脱ぐ、狩衣の場合はその限りではないという)の狩装束だが綾藺笠ではなく折烏帽子をかぶり太刀は佩かない。 箙を使用しないのは、犬を傷つけないよう(血を見ることは不浄であるとされた)犬射引目という軽くて大型の引き目で射た為、箙に矢を盛れないため腰に矢を手挟んでいたからである。 流鏑馬が室町期あたりには衰退してしまったのに対し、犬追物は武士の修練として長く行われた。 次第に規模が大きくなり、中には1500匹の犬を集めて行われたこともあった。 盛大なスポーツショーでもあり、催行には莫大な費用がかかったという。 島津家の犬追物の写真 http://www.geocities.jp/koyodaikisoumabokujyo/inuoumono.htm

参考URL:
http://homepage2.nifty.com/kousyuryu-kisya/bajyoubugei.htm
mamiyabro
質問者

お礼

詳しい回答ありがとうございました。 参考になりました。

その他の回答 (1)

  • ryo0322
  • ベストアンサー率47% (10/21)
回答No.1

Wikipediaに詳しく書かれていましたのでどうぞ。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E8%BF%BD%E7%89%A9

mamiyabro
質問者

お礼

ありがとうございます。調べてみます。

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