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「人類にとって全くの挑戦」って?

小池防衛省長官が原爆は「人類にとって全くの挑戦」と言っていました。 原爆は先の大戦で人現の歴史上初めて大がかりな生体実験をしました。その実験は今も継続しています。ですから「人類にとって全くの挑戦」なんて当たり前のように感じますーだって初めての体験なんですからー。こんなの、あえて演説するほど価値ある言葉とも思えません。普通に考えて、上記以外にこの言葉に深い意味があるのでしょうか? 私は頭が良いとは思いません。新聞も取っていません。なので世の中の出来事をネットで確認するのみです。長官のこの発言も前後関係が分かりません。なのでちょっと視点がずれた質問になっているかも知れません。宜しくお願いします。

みんなの回答

  • edoduki
  • ベストアンサー率15% (68/445)
回答No.2

ここでいう挑戦とは 敵対しする 破壊をしようとする といった意味合いでの挑戦という事ですね。警察が会見で「 警察に対する挑戦である 」といった発言をするのと同じ意味合いですね。 (一応付け加えておくと警察は治安を維持する事を目的として結成されてる組織であり、そこに対する挑戦とは、現在の治安を壊し社会システムを破壊しようとするものであるという意味)

noname#46689
質問者

お礼

回答有り難うございました。 >挑戦とは 敵対しする 破壊をしようとする といった意味合いでの… 挑戦にはそのような意味合いが、有るのですか? 挑戦というとチャレンジにほぼ等しいと考えていました。無学でした。 でも小池氏も「原爆使用は、人類に対して滅亡行為である」と言って頂いた方が、私に様な者には分かりやすかったです。ほんと言葉は難しい。有り難うございました。

  • Ganymede
  • ベストアンサー率44% (377/839)
回答No.1

「防衛省長官」ではなくて「防衛大臣」です。 > 新聞も取っていません。なので世の中の出来事を > ネットで確認するのみです。 世の中の出来事をネットで確認するには、例えば「Googleニュース」が便利です。 http://news.google.co.jp/news 今回は、「小池 人類 挑戦」で検索してみましょう。すると、時事通信の下記の記事がヒットします。 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2007070400991 (引用開始) 2007/07/04-20:50 「原爆は人類への挑戦」=米の投下判断を批判-小池防衛相  小池百合子防衛相は4日夜、就任後初めて防衛省内で記者会見し、広島、長崎への原爆投下について「現実問題として多くの方が亡くなられ、今も後遺症に苦しんでいる方が大勢いる事実を直視すべきだ」とした上で、「歴史的評価は人類にとって挑戦、人道的には認められないことは明らかだ」と述べ、米国の投下判断を厳しく批判した。  一方で小池氏は、日本が米国の「核の傘」に守られていることに関しては「日米安保条約の下、米国との関係を引き続き堅持し、現実的な抑止力は確保すべきだ」と語った。(引用終り) 「米国との関係を引き続き堅持」することは、日本が米国の原水爆によって守られている現状を、是認することを意味します。良くも悪くも、歴代の自民党(または連立与党)内閣が踏襲してきた政策です。つまり、矛盾含みの二つがセットになっているわけです。 (a) 原爆投下は人類に対する挑戦である。 (b) 日本は米国の「核の傘」に守られている。 残念ながら、防衛大臣発言において (a) は (b) の露払い程度の役目しか持たされていないため、(a) には人口に膾炙した抽象的な言い回しが採用されています。したがって、(a) だけ読んだ人は「こんなの、あえて演説するほど価値ある言葉とも思えません」ということになります。

noname#46689
質問者

お礼

回答有り難うございます。 >「防衛省長官」ではなくて「防衛大臣」です ですね。「省」に昇格したのですものね。 >「Googleニュース」 ちょっと見てみました。良さそうなHPですね。利用してみます。 >、「歴史的評価は人類にとって挑戦…」 やはり難しい。評価すること自体が史上初だからですか?だから「挑戦?」。評価をしないことには、あの経験が今後の人類の歴史に役に立てないと思うのですけど… 矛盾点をうまくオブラートに包みながら発言していると言うことですね。前長官はなに考えてるかわかりやすかったー内心も言葉通りでー。でも小池氏はさすが元キャスター。揚げ足とられないように発言している感じ、良く分かります。でも何考えてるか本音はわかりにくくなってしまったようですけど。 有り難うございました。

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