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仁川上陸作戦について
北軍にプサンに追い詰められ、圧倒的劣勢だった韓国の反撃のきっかけとなった仁川上陸作戦についてですが、 1.マッカーサーが一人で考案したというのは本当ですか?(だとすれば彼は軍事の天才ですね) 2.プサンのような一番南の部分に主力軍を置いていたために、補給が困難になり、戦列が長く伸びきってしまったことが理由とのことですが、これはいつの時代でもよくある話です。つまりプサン攻撃が長引いている限り、起こるべくして起こる現象だったと言えるでしょうか? それとも北軍の油断・もしくは南軍の突出した戦略といった、この戦争特有の原因でしょうか? 3.プサンで南軍が背水の陣のようなしぶとい力を発揮した最大の原因は何でしょうか? 4.この作戦は半島という地形があって初めてなされたものですが、歴史上、同様な形の戦い(軍船で陸上の戦列の途中を叩き、敵軍の前線を弱体化させる)はあったでしょうか? http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%81%E5%B7%9D%E4%B8%8A%E9%99%B8%E4%BD%9C%E6%88%A6
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- komes
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敵の背後を突くというのは戦法の常道です。 しかしこれには十分な準備、兵力、補給の見通しがなければ不成功におわります。 アンッイオ上陸作戦は、上陸部隊が進撃せずに補給物資の蓄積に専念したため、指揮官は叱責更迭されましたが、後続部隊はお陰で補給が潤滑だったといいます。 これが後のローマ進撃に役立ったのです。 1.マッカーサーが軍事的天才というより指揮官として当然の判断と思います。 しかも当時仁川しか条件を満たす港湾はありませんでした。 2.韓国軍としてはもう後のない状態で後退は出来ませんから必死の防衛戦でしたし、優勢な空軍力で敵戦車を爆撃破壊する事が可能となり、補給も潤沢になり戦線の維持が可能になりました。 これに対し北朝鮮軍は補給が困難な状態で、物資の蓄積の為停止せざるをえませんでした。 このような状態では内線防御側が有利です。 まあ一種の平衡膠着状態だったといえます。 これの打開を釜山から始めるより後方の手薄な地点から始める方が戦略の常道といえます。 3.釜山での抵抗戦の成功は前述していますが最大の原因は補給が潤沢で、空軍基地と距離が近く出撃回数を稼ぐ事が可能だった事と思います。 4.このような作戦は常道ですから例えばフイリッピン作戦で日本軍もバタアン半島で後方上陸を試みています。(これは失敗) 南方での米軍の島嶼飛び石作戦もこの例になります。
- nacam
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1.第2次対戦中のアンツィオ上陸作戦をベースにして作戦を立案したと思えます。 2.北朝鮮軍は、攻勢終末点に達し、それ以上の進軍が困難になっていました。 アメリカ軍(国連軍)が、補給拠点として釜山に本拠地をおいたのも、ロジステックの概念からしておかしな事ではありません。 敵の背後への攻撃に関しては、陸戦ですがドイツ軍の電撃戦がかなり行われていましたし、敵背後への上陸作戦も、アンツィオ上陸作戦の経験がアメリカ軍にはありましたから、一挙に敵を崩壊させるには、敵背後への上陸作戦も当然当初より検討されていたはずです。 3.南軍の補給拠点に近づいたことと、北軍の攻勢終末点に近づいて攻撃力が落ちたためです。 攻勢終末点とは、補給などのためにそれ以上進軍できない点を言います。 それ以上進軍するためには、前線の近くに新たな補給拠点を作る必要があり、その拠点が機能するまで新たな攻勢に出れずに、たとえ敵を圧倒 していても、戦線がそこでストップしてしまいます。 北軍が釜山攻撃のためには、ソウルの南方に、補給拠点を造る必要があり、その間攻勢は停まってしまいます。 その間を利用して、敵の背後への攻勢ができました。 4.アンツィオ上陸作戦が典型的でしょう。 これによりドイツ軍の前線が崩壊しています。
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- k99
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1)マッカーサーはかなり初期段階で仁川に対する逆上陸を検討しているようです。また、この戦法、彼好みの手でして(だから上層部には古くて読まれているので、今回の戦争では通じないという危機感を持たれた)。 ただ、先賢ご解答の通り、これほどの作戦を近代軍に於いて、一人で考える訳が無く、考案といってもごく粗いプランを示したに過ぎず、細部の詰めは彼の参謀(作戦部あたり)が行ったはずです。むしろその功績は断乎としてこの投機を実行し、勝利したことでしょう。 2)北側としては側撃を受ける可能性があるにせよ、とにかく帝国主義者共を日本海(おっと、連中にとっては東海か?)に蹴落としてしまえばどうにでもなります。もちろん十分な兵力があれば側方警戒にあてることはできますが、余裕はない。 来るかわからないそれに備えるよりは、攻勢に乗じてとにかく進撃を優先させ、勝利した方が合理的です。なので、油断と言いきってしまうには酷な状況でしょう(陸軍国なので、その辺の想像力が低かった可能性はあるが)。 3)韓国側にとっては、後退によって戦線が整理され、増援が到着しだしたという好条件が出てきます。恐怖の対象であった戦車に対抗する兵器(改良バズーカなど)も届きだしていますし。また守勢の方が基本的には楽です。 北側にとっては、補給線が伸びきったこと、損耗に加え、広大な占領地の確保に兵員を吸われ兵の質が低下していたことが挙げられるでしょう。切り札であった戦車も神通力が失われつつあり、補給線が伸びたことで稼動率が下がって、戦う前から動けない状態。 つまり北側はたどりついたモノのの、最後のひと押しができない状態になりつつあり、韓国側は緒戦の混乱からなんとか立ちなおりつつあった。このため釜山近辺で均衡に陥ったのだと思います。
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- yakyutuku
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1しりません。ただ、常識的に考えて作戦参謀が加われないわけないと思いますし、側近が手伝ったって外部にはわかりません。 2まあよくあることです。ただこの戦争特有の原因として、北軍使用の戦車T34の航続距離が上げられるでしょう。プサンにいたる時点で北軍の進軍距離は300kmを越えました。T34の航続距離は340km。いつも巡航してきたわけないですから、プサンをあと一歩というところでガス欠です。 3たぶんT34のガス欠問題を含めて、あと一歩というところで進軍が一度とまったからでしょう。あとは補給しようにも、まともな補給部隊はありませんし、アメリカ海軍が救援に来たため、補給路も攻撃を受けました。 4強いて言えば日清戦争の金州上陸が近いかもしれません。ただ上陸地点に敵がいない、敵の前線はすでに崩壊といったことを考えると、こっちのほうが投機性ははるかに低いですね。「
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