んー難しい質問ですね。
私の立場としては「自然淘汰説は否定できないが万能でもない」
ですね。現在の進化論は総合進化説が保守本流であり自然淘汰は
自然選択の一要因です。
例えば初期の進化論では生存競争に有利な種が生き残ったという
思想がありましたが、ライオンのたてがみや孔雀の羽など生存競争には
不利にはたらくであろう進化も生き残っています。これを説明したのが
利己的遺伝子説です。一般の方の中にも「生物はより優秀な遺伝子を
求める」と信じられていますよね。これにより突然変異した個体の
遺伝子が集団に広がり種が進化するという説です。
しかし、社会生物学においては利己的遺伝子という概念は疑問視されて
います。つまり、生物においては多様性が重要であって有利、不利で
子孫を残すことはしないということです。実際にサルの群れでも一見、
体力に優れたボスと交尾をしているように思えますが雌はボスの目の
届かないところでは他の雄を誘惑し異なる遺伝子も遺伝させます。
また、動物行動学においても表現型のことなる個体は、それが生存競争に
有利であっても集団から弾かれることがあります。つまり、優秀な遺伝子
であっても配偶者を見つけることができないということです。
同様に発生生物学においても生存競争による自然淘汰には疑問的です。
「個体発生は系統発生を繰り返す」という言葉が有名ですが、ある種の
幼生はより下等な動物の成体に似ているということは生存競争の原理から
すると矛盾してしまいます。キリンでいえばより首の長いキリンほど
競争に有利だったとすれば首の短いキリンであるオカピの存在が説明
できません。したがって現在では生存競争による自然淘汰は万能では
ないんですね。
生存競争ではない自然選択に集団遺伝学における固定という概念が
あります。メンデル遺伝学の考えだと突然変異した遺伝子は必ずしも
子々孫々受継がれるものではありません。あくまでも確率的なものです。
しかも変異遺伝子はホモ状態では致死遺伝子となるものも多いため
多くの変異遺伝子は有利、不利に関係なく世代を重ねるにつれて
淘汰されるます。ただ、まれに集団に固定されるものがあったり
集団に固定される前に環境の変化等によって変異遺伝子を持つ
一部の集団だけが生き残り固定されてしまうのが群淘汰説です。
集団遺伝学においては木村先生の中立説も有名ですが、これは
「分子進化の中立説」であり木村先生自体も形態進化までは普及
していません。むしろ、他の学者がこの概念を形態進化にあてはめて
しまった感じがしますね。ちなみに私も遺伝研に所属していましたが
すでに木村先生は故人でしたし現在は活発に研究されているようでは
なかったですね。
中立説では生物の遺伝情報は有利、不利に関わらず継続的な変異が
起きていることを示しています。これが古生物学者には受入れ
られませんでした。というのも化石をもとに考えると生物の進化は
一定期に爆発的におこり次の時代ではほとんど絶滅しているからです。
これを断続平衡説といいます。つまり、生物には進化する時期と
進化しない時期があるので継続的な変異を必要とする中立説では
進化は語れないというものです。ちなみにこの古生物学者こそ
スティーブン.J・グルードであり、生物系の学生には魅力的な
書物を残されていましたが、先月お亡くなりなりました。
自然淘汰を否定しているものとしては構造主義進化論というものが
ありますが、よく知りません。一度、JTの研究館でオサムシの
進化が血統ではなく平行放散進化説だということは聞いたんですが
これも忘れてしまいました。
最近では細胞共生説というものがあります。これは現在の細胞内に
存在する葉緑体やミトコンドリアは元は独立した生物であったという
ものです。鉄の枯渇に伴い海中の酸素濃度が急激に高まったときに
単細胞生物が酸素を利用できるバクテリアを細胞内に取り入れることに
よって爆発的な進化を遂げたというものです。つまり、自然淘汰に
よって競争に有利な生物が生き残るのではなくて、共存によって
進化するという考えです。現在の生物種でも競争ではなく共進化に
よって進化したと考えられる生物がたくさんいます。これを地球規模に
したのが自然愛好家で流行しているガイア理論です。
更に一度はダーウィニストによって葬られたラマルクの進化論も
捨てがたいですね。もちろん、ラマルクの唱えた獲得形質の遺伝は
否定されていますが(現在は情報伝達子と呼ばれるミームが有力)
要不用説は必ずしも否定できません。これを証明するのが洞窟魚の
目の退化です。実は退化したといっても目の遺伝子そのものは
存在しています。したがって、遺伝子の突然変異により表現型が
変化するというダーウィニズムは当てはまりません。同じことは
工業地帯の蛾の現象にも言えます。自然淘汰というとこの写真が
有名ですよね。白は目立つから黒い蛾が増えたというものです。
しかし、これも蛾が煤を体内に取入れた環境からの個体変異で
あって、黒い蛾が選択的に優位であることは証明できませんでした。
発生生物学においては遺伝子重複説も有力だと思います。
ちょっと前までの発生生物学の論文はほとんどがHOM/HOX遺伝子
ばかりでした。簡単に言えば特定の遺伝子はその上流の制御を
受けるために、それらの遺伝子の組合わせによって新しい表現型が
誕生するというものです。対応する遺伝子そのものはハエもヒトも
ほとんど同じことが分かっています。よく、SF映画でハエの遺伝子を
ヒトに組み合わせて複眼の人間ができたりしますが塩基配列は同じ
なので現実的ではありません。
他にも今西進化説やウイルス進化説、先行進化説などがありますが
この辺はちょっと無理がありますね。まあ、理論としては面白いんですが。
お礼
ご回答いただいてからずいぶん長い時間が経ってしまい、申し訳ありませんでした。事情あってネットが使えませんでした。 進化の過程については諸説あり、どの学説も明らかに証明されたものではない。また、一口に進化と言っても種レベルの進化、集団レベルの進化、表現形の進化、遺伝子レベルの進化等々、論じる対象が千差万別であり、これらを十把一絡げに「生物の進化」として説明することは不可能である。という理解でよろしいでしょうか。 どの学説も一方では的を得ていますし、一方では矛盾を説明できていないですよね。そのことが新しい興味を引きますし、同時に隙が生じているために、面白いところだと感じます。 ただ現在の生物学においては、生物の進化という大きなテーマがさまざまな分野に細分化され、全体を通したビジョンが捉えにくいですね。それゆえに、進化というテーマが研究者だけのものになり、一般人からはかけ離れたものになっているように感じます。テレビ等でダーウィンの進化論=生物の進化を説明する唯一の手段、とも捉えられかねない番組が放送されるのは、研究者と一般人の理解レベルの違いがあるからでしょうね。 だからこそ、ダーウィンの進化論は分かりやすくて好きです。けれども、今回いろいろなことを教えて頂いて、ダーウィンの進化論を「信じる」ことは誤っている、とわかりました。 ダーウィンの進化論はある確率で生じる偶然の積み重ねで説明されていると思いますが、私自身、これには以前から疑問を感じていました。例えばカマキリが花弁そっくりの擬態をおこなう事など、確率では論じることができないと思うからです。 今回、さまざまな学説を教えて頂いて、断片的ではありますが、私の頂いていた疑問に少しずつ説明がつけられるようになったと思います。本当にありがとうございました。