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新教育指導要領について
高1です。 今度、総合学習と生きる力についての論文を書きます。 しかし、文部科学省白書等を見ても、総合学習と『生きる力』 の関連についてはあまり具体的に書かれていないような気がします。 生きる力の定義って一体どういうものなのでしょうか? 論文なので、主観的なものでは使えません。 政治的な見解というものを知りたいです。 もう1つ、みなさんは総合的学習や生きる力について どうお考えでしょうか。 総合学習をすれば生きる力はつくと思われますか? つかないと思う方は、どうすれば生きる力はつくと思われますか? どんなものでも歓迎です! 意見をお聞かせください。お願いします。
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>生きる力の定義って一体どういうものなのでしょうか? 文部科学省のページで学習指導要領を見ましたが、定義はわかりませんでした。しかし、こちらのページにはいちおう定義が出ています。 http://www.monbu.go.jp/series/00000056/mokuji2.htm >総合学習をすれば生きる力はつくと思われますか? >つかないと思う方は、どうすれば生きる力はつくと思われますか? この設問には注意すべき点があります。 まず、生きる力の定義をそろえないと「どうすれば」の議論は始まりません。定義が違えば方法論も違います。生きる力を、たとえば世間知だと定義する場合と基礎体力だと定義する場合とでは、身に付ける方法は違うでしょう。 次の問題は、S-Ougetsuさんは生きる力を「身に付けるべきもの」だと決め付けていることです。ご自分でも定義がわからないのに、どうしてそんなことが言えるのでしょうか。 「生きる力」という言葉は曖昧なまま一人歩きしていると思います。似たような立場の言葉には「構造改革」「マイナスイオン」など色々でまわっています。みんな「意味はよく分からないけれども何となく良さそう」だと思っている。これが日本社会の問題点の一つだと思います。これを教育で解決するならば、たとえば参考URLのような内容を必修にすべきだと思います。このような教育内容が、私が定義する「生きる力」です。
- hanbo
- ベストアンサー率34% (1527/4434)
生きる力については、色々な考えがあると思います。学校現場での総合学習での生きる力とは、学校の授業だけでは知識の詰め込みだけですので、社会性などを養うために総合学習の授業の中で、授業以外の知識を体験し習得することを求めているのだと思います。 学問は確かに大切ですが、学問だけの知識では生活をすることや社会の一員として暮らしていくことはできません。それらのためには、地域住民の中に出て行って様々な体験が必要でしょうし、それらが生きる力になる事になります。 極端な例としては、学校の授業は完璧であっても、食事を自分で作れない、銀行や郵便局の利用方法を知らない、電車の乗り方を知らない、・・・そのような状態では社会の中で「生きて行く」ことは出来ないでしょう。この場合の「生きる」とは、生死の意味での生きるという意味合いではなくて、社会人としての常識を習得しているかどうかという意味での、生きる力という意味だと思います。
- HISA4602
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人間は一人では生きていけないと思います。 みんな助け合わなければなりません。 ではどうやって助け合えばみんな楽しく暮らせるのでしょうか。 それを考えるのではないでしょうか。 まず身近なところから少しずつ、こつこつやっていくのがいいのではないかと思います。 少しでも人のためになることが、自分自身にとっても生きる力になるのではないのでしょうか。