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チャーチルは信玄ではない
動かざる事山のごとくない気がしました。 1945年のバルジ攻勢で怖気づいて?ソ連に攻勢を促進しました。 これは後に連合国側につけとなってしまったのではないでしょうか。 この経緯についての評価は一般にどうなのでしょうか。
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もともとソ連軍の攻勢を要望したのはアイゼンハワーで、チャーチルはそれに応えてソ連に電文を出したと思いましたが・・・ちなみにアイゼンハワーは、米本国にもソ連軍の攻勢を望む電報を出しています。 ソ連軍が攻勢に出たから後の外交的取引で不利に働いたという事はないと思います。 そもそも貸し借りで言えば、ソ連の借りの方も大きなものでした。米・英のソ連に対する軍事援助は莫大なもので、戦車1万両以上、航空機1万6000機以上、トラック40万両以上、その他の物資も莫大な数量が援助されています。 こうした援助がなければ、ソ連は勝てなかったでしょう。それを考えれば、ソ連軍の攻勢・・・、それも米軍の反撃が始まって10日も経ってからの攻勢では、大きな借りになったとは考え難いです。 そもそも、ソ連は米・英の軍事援助に感謝はしますが、それを外交上の事で配慮するという事はしない国です。 1944年8月のワルシャワ蜂起の時、英国は抵抗組織へのソ連軍による救援、または弾薬・対戦車砲の援助、もしくは救援物資を運ぶ飛行機の着陸許可を、ソ連に求めますが、ソ連はこれを拒否します。 ソ連は自国の都合が第一にあり、他国の都合は第二です。そのような国が一方的にバルジでの借りを返せと言っても妥当性はないでしょう。 ヤルタ会談では確かにスターリンのペースで事が運んだと言えるでしょうが、未だドイツが健在であり仲違いをしている時ではない事と、対日参戦を取り付ける必要があった事から米英が譲歩したいうのが一般的な見解です。バルジはそれほどつけにはなっていないと思います。
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- e56
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連合国はドイツの暗号「エニグマ」を実は解読出来なかったという説があります。エニグマを解読 できればバルジであれだけの被害を受ける事はなかったという説があります。
お礼
ですよね。やはり情報は戦略に勝るのでしょう。
お礼
貸しを作るような相手ではないので、ということもあるのですか。両戦線で連合軍側の思惑というものの理解が深まりました。利用できるものは利用するという考えでいいのかもしれないです。