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戦争と平和について
武器や軍事が発展している現代で、戦争のない平和を考えるとしたら、 ・一国だけ軍事体制をのこしそれ以外の国は軍事を放棄する、 ・あるいは国連だけが軍事力を持ち軍事を管理する という方法で、戦争がおこらない平和を保つことはできるのでしょうか?ご意見お願いいたします。
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○一国だけ軍事体制 No1の方が書かれているとおり、これでは「武力による脅しの支配」ですからかえって戦争が起きるでしょう。 個人の武力(刃物、投石、鉄砲、火薬)まで禁じることが出来なければ押さえ込むことなどできません。 国家間の戦争はなくなっても「テロ」というなの「国家対個人」の戦争はなくなりません。 ○国連だけが軍事力を持つ そもそも「軍事力による侵略・反抗」が起こる可能性がまったくないのであれば「国連が軍事力を保持する必要」もなくなるのではないかと思います。 従って国連が軍事力を保持しなければならない状況があるということが戦争が起きる危惧があるということになります。 ではどうすれば平和を保持できるか・・・・それは「相手を信頼すること」だと私は考えます。 きれい事のように聞こえるかもしれませんが、これが歴史が証明した平和維持方法です。 原始の時代に同族であっても敵対していました。 やがて村や都市が生まれるとその範囲内では平和維持がされるようになっていきます。 やがて同じ民族ならば・・・・というのが現代です。(それでも内紛や殺人はまだまだ起こっていますけれども) 掟・規則・法律・・・これらをお互い守っていくという信頼関係の上に平和が維持されるようになってきたのだと思います。 これから先の遠い将来には民族を越えた人間という同じ種族間でならば信頼関係を保てる時代が来る・・・・と思います。 しかし、その信頼関係が構築されるには途方もない時間が必要となるでしょうけれどもいつかは実現するのではないかと希望を私は持っています。
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- sudacyu
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質問者さんに対して。 No6.です。このような質問には、(政治的質問一般にいえる事ですが)絶対的回答というのはないと思います。 あるとすれば、十年後・五十年後・百年後の世界情勢が答えと言えるかも知れません。 ですが、あえて一言。 1900年代まで、つまり第一時世界大戦までの時代に暮らした人にとって、現在の国際連合という組織の存在は、多分予想外で信じられないものでしょう。 ですから、過去の事例を前提に今後も「ありえない」と断言することは、間違いになるかもしれません。 民主主義というものは、例えば日本の場合は、有権者一億人が一人一人それぞれ思い思いの方向に向き合って日本という1億2500万人の集団を引っ張っていこうとします。お互い逆向きの力は打ち消しあって、ごく少数の残った力で大集団をじわじわ動かしているイメージです。 ですから、本当に平和を求める人が多いなら必ず前進します。 ホンのわずかで、多くの人がやっても何も変わらない(逆向きに変えようとしている人が必ずいて、その力はお互いに打ち消されます。)と思い込むほどですが、少しずつ変わっていきます。
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- dogsrepublic
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>一国だけ軍事体制をのこしそれ以外の国は軍事を放棄する もしそれが実現したとしても、それは結局のところ『世界支配』と言う名称で置き換えられるようなことではないでしょうか。軍事力が相手を圧倒させるものであるならば、一方が持ち他方が持つと言う不公平な状態で『平和』と言うものが成立し維持されるとは思いません。 >あるいは国連だけが軍事力を持ち軍事を管理する これも同じことで、国連と言う一つの組織(幾つモノ国が混在しているとは言え)だけが軍事力を持つと言うのは、見方によっては軍事力の分散と言えるかも知れませんが、下記で仰られていたように、国同士の駆け引きの場としての意味もある国連では、発言力の高まりに伴って結局軍事力が実質2~3国のものになってしまうでしょうね。最悪、軍事力を唯一持つ国連が軍閥化してしまう可能性だって大いにあるでしょう。そうなればグローバルな軍国主義世界の到来です。 結局のところ、軍事力の集中化では平和は維持できないと僕は考えます。 平和を謳いながら争うと言うのは本当に滑稽なことですね。
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- kodon
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戦力を持たない国家など存在し得ない事は他の回答者の方が述べられているとうりだと思います。質問者の方は戦争さえなくなれば安心して暮らせる世の中になるとお考えのようですが、我々が今生活している日本社会は戦前と現在を比較してどちらが安心して生活できる社会であるか、学校ではきっと教えないでしょう。戦前に殺人事件など起ると大変な大事件発生と報道されるぐらい一般住民は犯罪に巻き込まれるない平和な生活を送っていたものです。何故現在のような世の中になってしまったか戦後道徳教育つまり公徳心の教育を廃止して、人権教育ばかりやり国旗国歌に反対する人間を育てれば今の世の中になると言ふことです。 現在イラクでは戦争は終わりましたがテロが頻発しています、住民は戦争よりやっかいな不安な世の中で生活しているようです。テロより戦争の方が処理しやすいのは当然でありテロに原爆が渡れば戦争云々と言ふ 議論など吹っ飛んでしまうでしょう。
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- teccrt
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・あるいは国連だけが軍事力を持ち軍事を管理する という考え方は、実現可能かもしれません。 実際、地域で覇を競いあっていた日本でも、現代では警察組織と自衛隊組織のみが武器を持っていて、平和が保たれていますから、これが世界レベルまで拡大できれば可能ということになりますね。 ただ、現時点では国・民族という単位はとても強くまとまっていますから、世界中の大半の人々が、ある国の国民という意識から、世界市民とでもいうべき意識を共有しないと難しいですね。 インターネットによる情報革命はその意識改革に一定の役割を果たすのかもしれませんが、まだ途方もない将来の話だという感じがします。
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- heintz_w_g
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現在の国連軍は、国連加盟国から軍隊を出していますので、国連のみの軍事力というのは矛盾しています。 軍備を各国が放棄すれば、国連軍は編成できなくなります。 また日本にいるとあまり実感がわかないと思いますし、あまり報道されていませんので、気がつかないかも知れませんが、こうしている間にも世界各国で紛争が発生しています。 日本は海に隔てられていますので、そういった国境紛争などはあまり経験がないのでその実感がないというだけなのが実情です。 こういった現状を踏まえて、よく言われる永世中立国スイスでは、武装中立を掲げ、国民の成人男性の全てが予備役として戦争の時には招集を受けますし、また各家に武器を持ち、軍隊も立派に持っています。 この様に中立とはそれに見合った武器、兵力の基に成り立つ物なのです。 本当に中立さえ唱えれば誰も攻めてこない平和な世界であれば、スイスは軍隊を放棄するでしょう。 では日本には戦後軍隊がない時期がありましたが、何故攻められなかったのか? それは単純に米軍が駐留していたからです。 実は日本も戦後本格的な戦闘に巻き込まれる危険性があった時期が実際にありました。 下記の年表は朝鮮戦争の前後の周辺各国の動きです。 今でも韓国が主張している、対馬の領有権は韓国にあるという主張に従い、武力占領しようとした事がわかります。 そして、北朝鮮と米軍がいなければ、対馬は韓国領となっていたでしょう。 ==================================================================== 1948年10月:麗水・順天事件一時的な内戦状態。(南部への韓国軍移動) 1948年10月:済州島全域に戒厳令。軍事弾圧始まる。(南部への韓国軍移動) 1948年11月:李承晩大統領は国民に対して対馬返還宣言 1949年1月:李承晩大統領は日本と連合国(進駐軍)に対して対馬返還請求 1949年1月:北津戦役が終結。中国人民解放軍が北京を解放。 1949年1月:李承晩は政府樹立直後の新年記者会見で日本に対馬島返還を要求。 1949年2月:韓国軍一斉に釜山に集結開始(対馬返還の後押しの為と推察)(南部への韓国軍移動) 1949年3月:韓国軍は釜山で揚陸訓練開始。アメリカ陸軍第24軍は対馬上陸の為の演習と判断 プサンの演習を知ったマッカーサーは激怒。明らかに対馬を想定したこの演習は、 日本を防衛していたマッカーサーへの裏切りと判断されました。 軍事物資の停止、24軍の撤退へと繋がります。 1949年5月:マッカーサー李政権への軍事物資援助を停止 1949年6月:アメリカ24軍本体が本国に撤退。 韓国には国連監視団600名のみ在留。防衛上の直接的な後ろ盾を失う 1949年12月:北朝鮮全軍が5ヶ月にわたる冬季戦闘訓練に入る 1950年1月:金日成の要請にて中国軍朝鮮籍兵士の第二次移籍を承認。 移籍部隊は1万4千に達し,北の全兵力の1/3を占める。 1950年1月:米韓軍事援助相互協定が調印。韓国側は軍事支援強化を求めるがアメリカはこれに応ぜず。 1950年1月:米国務長官「西太平洋の防衛線は日本・琉球・フィリピンを結ぶライン上」と発言。 朝鮮半島へ影響力放棄と北に誤認される。(アチソンライン) 1950年3月:金日成、スターリンに対し侵攻時の支援を要請。毛沢東の承諾を条件に金日成の要請を受諾。 1950年5月:金日成、中国を訪問。南侵問題について協議し、毛沢東の南北開戦を支持と支援を取付ける。 1950年5月:李承晩、総選挙で惨敗。 1950年6月10日:北朝鮮大機動演習を開始。全師団が南部国境地帯への移動を開始。 1950年6月11日:韓国陸軍本部、非常警戒令を発令。 1950年6月17日:韓国軍全軍部隊に国境地帯への移動命令。 1950年6月22日:北朝鮮軍最高司令官金日成、全面的南進作戦命令を発する。 1950年6月24日:ソウルで陸軍会館の落成式開催。韓国陸軍本部、非常警戒令を解除。 1950年6月25日:北朝鮮軍南進 朝鮮戦争へ ====================================================================
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- fe-shokugyou
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「無理」です。 下の方の意見ではありませんが、戦争は武器の無かった人類の有史以来からあるのです。つまり、武器の有無に関わらず国家単位で対立関係が消えない限り、あるいは指導者の意識として「開戦」の意思が消えない限り現実には『永遠の課題』と言えます。 私も確かに、好戦的思想は持ち合わせてはいませんし基本的に平和主義者ですが「侵略者」はどうにかして撃退しようというつもりでいます。事と次第によっては、殺害もやむなしと思っているくらいです。
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- PENPENMAKKY
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冷静に考えてみましょう 昭和20年8月15日、日本は一方的に停戦宣言を行いました。その結果、北方領土を含む北千島・南千島列島がソ連の軍事侵攻を受けて占領されたのです。 昭和25年、日本は軍隊を持っていませんでした。竹島に韓国軍が上陸し不法占領をしたのですが、軍隊がないので追い出すことが出来ませんでした。
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- Gantz10
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国が軍事を放棄することはありません。歴史上放棄させられた事例はありますが、その結果それは「国」ではなくなり、他国の一部になっています。平易な言葉で言えば、併呑とか侵略とか言いますね。 国という単位は、人間の集団が自主独立する最大の単位です。現時点において、人類は他の形態を発明できていません。そして、「自主独立」を維持するには「自主独立」を侵そうとする他者を実力で排除できなくてはなりません。できなかったら、「自主独立」を失い、「国」でなくなります。 従って、あなたの考えは実現不可能です。 「戦争のない平和」というものは、パワーバランスの結果としてしか担保されないものなのです。
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- sudacyu
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これは、個人が武器を放棄し、警察官だけが武器を持つということと、観念的ランクは違いますが、似ているように思います。 銃器が禁止されている日本でも、暴力団のように無許可保持・使用があります。 また、アメリカでは憲法に規定されている基本的な権利であるという解釈もあって、武器の保持は禁止されていません。また、アメリカは一応国として扱われている州にも州兵がおり、それとは別に連邦軍が存在します。 ですが、アメリカに比べて日本のほうがはるかに安全な社会であることは否定できません。 これらを考えると、国連もしくは国家より上位の組織を設定し、それのみが戦力を保持するということは困難ではあるが、可能かもしれません。 それによっって、平和が維持されるかといえば、現状より一歩前進という程度かもしれません。
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- cse_ri2
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一国だけが軍事力をもつというのは、アメリカ一国主義の延長のようなものですね。 今の状況が物語っているように、軍事力をもつ国に対する反感が高まれば、正規軍がなくてもテロで戦うようになるので、結局平和は守れません。 国連だけが軍事力をもつという考えは、歴史上まだないので推測しかできませんが、もし実現できれば平和を達成できる可能性はあると思います。 しかし、国連が常に正義であればよいのですが、今の国連を見る限り、大国の駆け引きで翻弄され、かつ国連職員による不正も横行しているのが実情ですので、その国連に軍事力を与えても、国連軍の行動が常に正義である可能性は必ずしも高くありません。 そうなれば、一国軍事主義と同様、不正な国連軍に対する抵抗運動が世界レベルで勃発する可能性は高く、結局戦争は継続することになりかねません。 国連の改革が進んでみ、今の日本や欧米諸国並みの民主主義が実現され、テロやレジスタンスで抵抗しなくても、政治的な話し合いで問題が解決できるようになる方が先決でしょう。
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