- ベストアンサー
日本神話―伎芸天(立像)につきまして―
伎芸天立像(またの名を伎芸天、または伎芸天像)に対し深い興味を持っております。日本神話、歴史の中で、紹介、説明、写真、小説…などの本がありましたら、ぜひ教えて頂きたく存じます。よろしくお願いいたします。
- みんなの回答 (4)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
手元にある山川出版社『図説歴史散歩事典』の表紙絵が伎芸天立像の写真なのでいつも見ています。 写真で美しいのは田中真知郎著『大和路かくれ寺かくれ仏』ですね。 http://www.kosho.or.jp/list/105/105-37.html Webでは、全体像ではないですが、写真を写した写真があります。 http://www.alice-it.com/tabi/tani3.html http://www.nenrin.or.jp/nara/sawayaka/life36/36_4.html 奈良時代からすでに伎芸天の信仰があったそうですが、現存しているのは奈良の秋篠寺にただ一躯だけですね。 頭部のみが奈良時代の作品で、体部は鎌倉時代に補修されています。 元のお姿がこのようであったかは不明です。 髪を水髻(すいけい)に高く結い、身に条帛をまとい、天衣とよぶショールのようなものを着け、手は指の形がとても優しいですね。 指の形は、室生寺の釈迦如来立像と似ています。珍しい形です。 仏像は、教義に基づいて造像されますが、基本となるお姿など詳しくは次のURL(神奈川仏教文化研究所)で、仏像の基本、仏像の種類、天部を見てください。伎芸天の絵が出ます。 http://www.bunkaken.net/ 明治時代の作品ですが、次の伎芸天立像は教義に示された姿に近いです。 http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2002/kyuichi_mitsuaki/kyuichi/gigei_ja.htm
その他の回答 (3)
- poccuru5
- ベストアンサー率22% (61/276)
追加します。 原書房の『図説日本呪術全書』(豊島泰国)のp.75~78にかけて、 この伎芸天の修法についてかなり詳細に記されています。 また同書74ページに恵什(『図像抄』)の伎芸天図像の写真が掲載されています。 なお『図像抄』は一応刊行されているようですけど、ちょっと手が出ない値段です。
お礼
ありがとうございます。^^高い本なんですね…。図書館で借りられたら良いのですが…。ありがとうございます。
大自在天が伎楽に耽っている最中に、その髪の毛から化生した天女といわれ、大自在天女・摩醯首羅長生天女(まけいしゅらちょうしょうてんにょ)とも呼ばれる。 容姿端麗・芸妓勝り、天衣瓔珞(てんいようらく)で身飾、手には盛り花をもっている。 日本美術全集4-東大寺と平城京→カラ-写真No77-伝技芸天立像 -秋篠寺所蔵。同21-江戸から明治へ→単色(白黒)写真No137-技芸天像-東京芸術大学所蔵。上記の書籍は図書館の世界だと想います。
お礼
ありがとうございます。本だけではなく美術の本にまで…!とても参考になりました。ありがとうございました。^^
- poccuru5
- ベストアンサー率22% (61/276)
仏教の神様ですので、日本神話は関係ありません。 しかしマイナーな部類なので、仏教関係の事典や仏像図典の類で調べてみるのが良いでしょう。 マケイシュラ天(ヒンドゥー教のシヴァ神の別名の1つマケイシュラヴァを仏法守護の神としたもの。仏典では大黒天、大自在天、伊舎那天はいずれもシヴァ神に由来。一説に欲界最高の他化自在天の支配者=第六天魔王はこの神ではないかといわれる)の額(髪際)から化生したとされる天女ですね。 そこで別名を大自在天女ともいいます。 主要な経典は、摩ケイ首羅大自在天主神道化生ギ芸天女念誦経?日本っぽい経典名だな~。 手元にある『仏像図典』(吉川弘文館、昭和37年)ではごく普通の、吉祥天などにありがちな天女の図の写真が掲載されています。奈良県の秋篠寺に立像(木造)があるとのこと。
お礼
教えて下さってありがとうございます!とても参考になりそうです。
お礼
とても興味深い写真を見ることができました。ありがとうございました。^^