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南京大虐殺はあったのでしょうか???

参考URLによると 「南京大虐殺の遺体の埋葬を担当した紅卍字会によると、一日2百体は 無理だった」 ということです。 多く見積って、一日200体を埋葬できたと計算すると、 一ヶ月⇒6000体 二ヶ月⇒1万2000体 三ヶ月⇒1万8000体 四ヶ月⇒2万4000体 中国が主張している30万人ならば、 遺体の処理に4年と二ヶ月かかる計算です。 南京大虐殺はあったのでしょうか? あったとすれば、何人くらいが犠牲になったのでしょうか? 参考URLの元の本は国会図書館にはあるようです。 参考URL:http://www5b.biglobe.ne.jp/~nankin/page002.html, http://www1.vecceed.ne.jp/~swtamura/asaba.htm

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  • tiuhti
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回答No.9

「南京での虐殺があったすれば、何人が犠牲になったのか」について、数字の提示は出来ないのですが、ご参考まで論点の整理をしておきます。 まず、「民間人30万人が虐殺された」と主張する人は、誰もいません。(少なくとも、私は聞いた事がありません。)中国側の「犠牲者30万人」という数字には兵士を含みます。(尚、私は30万人が正確な数字と言うつもりは全然ありません。)しかし「南京の人口(当然兵士は含まない)が20万人なのに、30万人も殺される訳がないだろう」などと書いてあるWEBが結構ありますが、最初から議論が噛み合わないのを承知で意図的にそう書いているのか、ほとんど調べずにどこかで聞いた事をそのまま書いているのかのどちらでしょうから、読む価値はありません。否定派でも、もっとましな論証をする人はいます。(正確には南京市の安全区の人口の推計が20万人です。)そういう議論をするなら「民間人以外は虐殺ではない」という論証が必要でしょう。 次に、通常の戦闘で死んだ場合は虐殺ではないと考えるなら、捕虜が問題になりますが、一旦捕虜にしたものを「台所事情」等と言った事で殺したら、勿論国際法違反で「虐殺」と言われても仕方がありません。全然「別の問題」ではないです。また、そういう事が「よくある」事かどうかは別にしても、南京だけで起きた事では勿論ありませんが、「南京でも虐殺があった、他の所でもあった」というだけの事です。(どろぼーは世の中にたくさんいますが、だからといって個々のどろぼーが犯罪者である事は変わらないのと同じです。)で、日本軍が捕虜を殺したのは、上の参考URLにある兵士の手紙で「去年の三十一日まで支那兵の捕まえたのを、毎日揚子江で二百人ずつ殺したよ。」とか、南京攻略時の第十六師団長中島今朝吾の日記に「大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなしたる共…」とかある事から(他にも同様の資料多々あり)、捕虜の殺害があった事を否定するのは中々困難です。 そこで出てくるのが「国際法上、便衣兵(=簡単に言えば民間人に偽装した兵)は処刑していい」という説です。確かに、ヘーグ陸戦条約は「民間人に偽装したゲリラには捕虜資格はない」と解釈できます。ここから、便衣兵は戦時重罪人として処刑してよいのだ、と考える訳です。(学者全てがそれに同意している訳ではありませんが) ところが、戦前の日本の国際法学者(海軍大学校教官)が書いた本の「(戦時重罪人を)漠然たる嫌疑位で之を行ひ、甚しきは確たる證據なきに重刑に處するなどは…理に於ては穏當でないこと論を俟たない。」(信夫淳平「上海戦と国際法」)とか、「(戦時重罪の)審問ハ…全然審問ラ行フコトナクシテ處罰スルコトハ、慣例上禁ゼラルル所ナリ。」(「戦時国際法規綱要」海軍大臣官房)とかを見ると、当時の日本でも、戦時重罪人をろくに調べもしないで処刑すべきではない、と考えていた事がわかります。(因みに、どうやって便衣兵かどうかを見分けたかについて、ある兵士は「靴づれのある者、面タコのある者、きわめて姿勢の良い者、日付きの鋭い者、等よく検討して残した。」と書き残しています。これは到底「確たる証拠」ではないですね、勿論、これがすべてかどうかはわかりませんが。) …といったように、虐殺の対象の定義から入らないと犠牲者の人数の話には到底たどり着かないんです。 どうしても、数字の話をお知りになりたいのなら、ここらへんから、ご自分で調べられる事をお奨めします。 あったかなかったかは、参考URLの後の方にのっている「保定永定河近くに自動車にて残兵狩に出ています。…毎日五人や十人くらい殺して帰ります。中には良人も殺しますが、何分気が立っているので、いる者は皆殺し(ま)す。哀れな者さ、支那人なんて全く虫だね」(*注)とか、前回あげた徳川義親の自伝にある「揚子江沿いを逃げる市民の大群(多数の中国兵がまぎれこんでいた)に対して機銃掃射をして、大殺戮がおきた」話(長勇中佐が藤田勇に語った話)とか、一次資料もしくはそれに近いものを探して、ご自分の考えを纏められたらよいと思います。いくら日本軍でも、民間人の殺害は勿論、便衣兵の処刑ですら問題視する考えもあったので、一次資料が少ししか残っていないのは難点ですが。 大変長々と、失礼しました。 (注)この手紙を、無差別虐殺と読まない人は『良人』を『夫』の意味だとでも思ってるんでしょうか。じゃ『夫』も含めて、そこにいる者を無差別に殺すって事か、そりゃたしかに意味不明ですね…。 ちょっとでも、本論から外れる事を書くと「議論というものができない。論理性を疑う」と言われそうなので、精一杯気をつけてみました。

その他の回答 (8)

  • Sombart
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回答No.8

 あなたの言う「南京大虐殺」の内容がどういうものであるか、これでは不明なのですが、少なくとも中国政府が騒いでいる民間人30万人という話は嘘ですね。  なお、あなたが上げた第一の URLは、末尾にゴミが付いていて手で削除しないとリンク先が表示されません。この点の訂正くらいは、しておいた方が良いのではないですか?  あと、あなたが上げた第二の URL の著者は、いわゆる「あった派」のようですが、どうも論証能力に難があるように思われます。  この Web Page の記述の中で手紙の記述の引用をピックアップしても、民間人を無差別殺戮したという結論が出てくるものがありません。それで「あった」という主張をされても無理があります。  例えば、この著者の言を借りると「揚子江沿岸での虐殺事件」。この内容を読んでも、「民間人を無差別殺戮」ではありませんでした。しかも、捕虜なんですからこれをどう扱うかは、軍の台所事情や作戦行動に依存する話で、問題があるにしろそれは別の論点ですね。例えば終戦近くに米軍の例でも、南方の島で上陸作戦を行ったときなどは、日本兵が投降しても捕虜とせずに皆殺しにしていますし、戦場ではよくあることです。  そういう話を無視し、民間人については「捕えた中国兵(そのなかに一般人も含まれていただろう)」と、本人の想像のみ。え? という感じです。揚子江の話に続いて手紙にあった「兵站部に食糧を盗みにきたので七人捕まえて銃剣で突き殺したが面白いものだったよ」という部分も引用していますが、占領軍の基地に泥棒に入ったら、こうなるのは当たり前でしょう。  また例えば、なんでこんな例が挙がるのか理解不能ですが、難民の凍死を書いています。これは「民間人を無差別殺戮」とはぜんぜん関係無い話です。こんな点からも、この Web Page の著者の論理性を疑います。  結論として、この人物、議論というものができないと思われます。  ですから、この著者、他人のことを「彼らは結論先にありきなのです」と言っていますが、それはこの Web Page の著者の方と思われます。歪んだ鏡に映る像は歪むものですから、その種の人には、他人が「彼らは結論先にありきなのです」と見えるものです。  「黙れと一括」なんて書いてあるあたり、上手の手から水が漏れ、と言えましょう。

  • thor
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回答No.7

#1です。 少なくともあなたは、資料を全く読んでいないと言うことは分かりました。 〉あなたは参考URLを読みましたか? 参考URLを読んでから、回答して下さい。 参考URLの前の方(biglobeの方)は、出てきませんので参照しようがありません。 後の方は、筆者自身が、南京での虐殺はあった、という立場であることを明言されていますが? 〉この資料は東京裁判を元に書かれていますので、 結局は東京裁判を否定することになります。 東京裁判が出てきたので言わせていただきますが、その東京裁判の認定では、遺体の埋葬にあたったのは「紅卍字会」だけではありません。 ・紅卍字会 4万3071体 ・崇善堂 11万2266体 ということになっています。 (崇善堂の方が数が多いんですが、それについて触れないのはなぜでしょう?) また、日本軍自身により「処分」された人や、家族・近所の人によって埋葬された人はいなかったのでしょうか?(東京大空襲や広島の原爆の死者は、どこか一つの団体だけがすべて処理にあたったんですか?) 参考URLの人がいいことを言っていました。 〉私は一度だけ「抗議」の主と対面したことがあります。……対面時、彼は一方的にまくしたて、私の話を聞こうともしませんでした。……とにかく対話が成立しないのです。彼らは結論先にありきなのです。私は話しても無駄だと判断し、お引き取りいただきました。

参考URL:
http://www1.vecceed.ne.jp/~swtamura/asaba.htm
  • tiuhti
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回答No.6

ご質問は、別のところ(参考URLにいれました)での私の回答をベースにされていると理解しますが、全ての死体が紅卍会によって処理されたと考える理由は無い事は、既に他の人が回答された通りです。 また、国会図書館にあると書いたのは、このWebを見て現物を確かめたくなった方の便宜を考えての事です。国会図書館にあると書いた資料には、紅卍会の事ではなくて、当時の日本兵が揚子江近辺にたくさんの死体があって腐っていた、という日本軍兵士の手紙が載っています。 東京裁判云々については、当時の新聞報道は、証拠として確認する事が非常に容易である為、東京裁判の正当性を信じるか否かに関わらず、信用してよいと思っています。 さて、虐殺があったのかなかったのかは、根拠まで書くと長くなりすぎるので、引用で済ませます。 徳川義親自伝「最後の殿様」より ぼくが慰問を終えて帰国の途についた数日後のことだが、日本軍が南京で大殺戮を行なった。殺戮の内容は、十人斬りをしたとか、百人斬りをしたとかというようなものではない。今日では、南京虐殺は、まぼろしの事件ではなかろうか、といわれるが、当時ぼくが聞いたのは数万人の中国民衆を殺傷したということである。しかもその張本人が松井石根軍団長の幕僚であった長勇中佐であるということを、藤田君が語っていた。 (徳川義親:戦争当時の徳川侯爵家当主。藤田勇:元東京毎日新聞社長。満州事変のフィクサーとされる) つまり、当時から日本でも知っている人は知っていた、という事ですね。 何人犠牲者になったかは、元々正確な数字を掴む事が困難な上に、否定派の中には「軍服を着ていない、いわゆる便衣兵は、処刑しても国際法違反ではない」等と主張する人もあり、不毛な論議を招きかねないので、私はパスします。すみません。

参考URL:
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1838532
  • ss79
  • ベストアンサー率33% (258/765)
回答No.5

この問題は何度も繰り返されますが私なりに考察しますと、 1.当時の南京の人口は平時30万人程度であった事は確かです。  しかし日本軍の進撃に多くの避難民が南京に殺到したことは十分想像されます。 同時に逃げ出した人もある筈です。 しかしこの人数は確認のしようもありません。 従って当時の南京の人口はおそらく平時より増加していただろうが数万人程度でしょう。 この事情から人数に関して大小を論ずる事は出来ないと思います。 2.質問にある国会図書館の蔵書は法律により日本での出版物は必ず無償で国会図書館に寄贈する事になっており、機械的に収蔵されますから権威があるとすることはできません。 3.東京裁判はその内実に今日論議があり、絶対視出来るとは言えないのが大体の評価です。 4.一部の団体の埋葬記録を出発資料として全体を推量するには無理があります。 日本軍が独自に埋葬したものも有るはずですし、テニスコート位の空き地があれば数百人の埋葬用の穴は掘れます。 また南京は揚子江沿いの都市で、かなり確度の高い資料に捕虜を水路で輸送する為集結させていた際、混乱が起こり日中双方に死者が出、死者が揚子江に落ちたという記述が多くあります。 5.結局総数は不明とするのが妥当な結論でしょうが、虐殺が有ったというのは論議の余地無く事実でしょう。 人数の大小以前の問題です。

  • nacam
  • ベストアンサー率36% (1238/3398)
回答No.4

当時の日本軍には、補給という概念が無く、物資の現地調達が当たり前でした。 そのため、徴発に応じない人を虐殺する事は当たり前でした。 以前テレビでも、南京攻略した人が、虐殺は有ったといっていました。 ただし、その規模については、ありえないと思います。 つのり、「南京虐殺はあったが、ひの規模は分からない」が答えです。 >これを否定することは国会図書館の資料を否定することになります これは、おかしな話です。 国会図書館は、全ての本や資料を収集します。 内容が正しいか正しくないかは、国会図書館が判断する事ではありません。 たとえ、政府が公式資料と認定しても、その認定自体が、特定の意図の下に行われたものである可能性もあるからです。 質問者の理論からすれば、中国政府が認定した南京虐殺30万人も、正しい事になってしまいます。 >結局は東京裁判を否定することになります 東京裁判は、現在でもその正当性が疑問視されている面が有ります。 疑問点があれば、追求する良い機会ではないでしょうか。

  • nekodon339
  • ベストアンサー率28% (315/1087)
回答No.3

中国の過剰な歴史操作だと思う。 何故なら 天安門で数千人の同じ中国人を殺しておきながら 負傷者以外の人数は未定とされました 遥かに昔の人数がハッキリ言ってるのにこんなおかしい話も無い! 南京では浜辺が殺略の背景でしたが南京にどれだけの人口があり 浜辺周辺の人口を考えると30万人が?個人的会見では10倍されたものと思う。 何故なら、その後、殺略地を知らずに住んでいた南京の人も変な話で、30万の人が埋められれば町1つが異臭で暮らせなくなるだろう?

回答No.2

 この問題は大変難しい問題です。  研究家の間でも議論が分かれていることはご存知かと思います。  虐殺はなかったと主張する研究家から10万を超える被害者がいたとする研究家までいます。  当時は戦時中で、プロパガンダも飛び混じっており、当時の南京の人口も確定できていないようです(数年前、南京大虐殺があったとされる時期に60万程度の人口であったと中国の研究者が主張しているとの記事を見ました。これは、30万もいないのに30万人虐殺ができるわけないと言う主張に対する、反論に出されたものであると思います。個人的には信憑性は薄いかと思われます。)  昨年(だったかな?)昭和史を出された半藤氏や秦教授など、保守傾向のある、私が信頼している方で数万程度、とのことです。  私は、かなり少ない数から数万程度までの虐殺はおそらくはあった、しかし、10万を超えた被害者数と言うのは常識的に考えてありえない、と言ったところでしょうか。  数の確定は残念ながら不可能です。  ・・・・参考にならない投稿ですいません・・・。

  • thor
  • ベストアンサー率35% (600/1682)
回答No.1

紅卍字会が、すべての遺体を埋葬した、と考える方がおかしいのでは? そもそも埋葬された遺体は全体の何%か、という問題がありますね。

energyflow2005
質問者

補足

あなたは参考URLを読みましたか? 参考URLを読んでから、回答して下さい。 参考URLの元の本は国会図書館にはあります。 これを否定することは国会図書館の資料を否定することになります。 この資料は東京裁判を元に書かれていますので、 結局は東京裁判を否定することになります。

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