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発達障害児が普通級にいる事

発達障害児が普通級にいると、そんなに邪魔なんでしょうか?うちの息子は授業中床に寝そべったり、フラフラ徘徊したりします。某、有名掲示板で、そういうまともに授業を受けられない子は邪魔だから、個別級(特殊級)や養護学校へ行くべきだ。と書かれていて、そこに書き込んでる方達の大半は同じ意見です。(中には目を覆いたくなるような酷い内容も)なので、ここにいる皆さんに聞いてみたくて、書いてしまいました。発達障害児が普通級にいる事は、そんなに邪魔ですか?

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  • natu77
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回答No.25

#14・21です。 お母さん、大丈夫ですよ。 息子さんは必ず良い方向に成長していかれます。こんなに真剣に息子さんに向き合っておられるのですから。 親が本気になっていて、成長が見られない子供さんに私は会った事がないです。(逆もたくさん見ましたが・・・) 普通級についてですが、現状は中学校までしか特殊学級がないので、ど~やっても高校・大学は普通の学校に行くしかないですよ。 そんなに心配されなくても、高校受験の段階で、普通の高校に受け入れて頂ける学力とそれなりの社会性さえ身についていれば、他の健常児の親が邪魔にしようと息子さんは普通の高校に通うことになります。 この段階で、普通級か特殊学級かという悩みからは開放ですね。 で、ここで普通高校が無理だった場合の選択肢が、現時点では知的の養護学校しかないので、とんでもないジレンマに陥る可能性はありますよ。 だからこそ、高校受験までの長いスタンスでお子さんの学力と社会的スキルをどこで身に付けさせるかと言うことに重点を置いて、これから先をしっかり考える事をお勧めします。 文科省の進めている教育基本法の改定がうまく進み、息子さんの高校進学時に、うまく発達障害児のための養護学校が間に合えば、その選択肢も増えるのですが、現状は闇の中ですし。 私が出あった素晴らしい先生がおられます。 その方は障害児が社会で共存していけるための新しい取り組みをされています。 その先生に「なかなか理解してくれない人をどうやって説得したらよいか」と聞いたら、「そんな人の説得するエネルギーがあれば、理解してくれる人を見つけてその人と子供の未来を作った方がいい。マイナスエネルギーは疲れるだけだから。」と事も無げに言われました。 プラスエネルギーの人にはプラスエネルギーの人が自然と集まります。 マイナスエネルギーの人にはマイナスエネルギーの人が自然と集まります。 私の周りのもものすご~く前向きな方が何故かいてくださいます。これは私が最初に出あった方が、ものすごいプラスエネルギーを持っておられた方だったからだと感謝しています。 質問者さんと息子さんにも、これからたくさんの良い出会いがありますように。大丈夫ですよ。

haruhi_hinata
質問者

お礼

何度も回答していただき、ありがとうございました。 <その先生に「なかなか理解してくれない人をどうやって説得したらよいか」と聞いたら、「そんな人の説得するエネルギーがあれば、理解してくれる人を見つけてその人と子供の未来を作った方がいい。マイナスエネルギーは疲れるだけだから。」>このお話し、本当に目から鱗です。本当に素晴らしい先生ですね。私としては、相容れない人達と、和解の道を探りながら、共存できないものだろうかと思っていましたが、簡単にはいきそうにないですね。もしかしたら、私達「発達障害児」の親が社会に順応できる「発達障害者」に育てあげた時に、誤解や偏見が減ってくるのかもしれませんね。(もっともっと後の代になるかもしれませんが)ただ、私は「うちの子は障害者なんだからしょうがないでしょ!」っていう親御さんに会った事がないのですが(皆、それはそれは熱心です)そういう開き直った親御さんもいるんですね?

その他の回答 (27)

  • noarin
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回答No.28

#22です。横レスになりますが、高校のことの話しが出たので。 最近、養護学校の高等部は増加の一途をたどっています。教室不足。 以前は特学と養護の中学部から入学していましたが、普通学級からの 入学者数もいる、とのことです。このことも含め、地域によっては 高等養護学校、いわゆる特学の高校版とでもいいましょうか、そういう 学校が設立されています。卒業後に就労できるように指導していく そうです。知人のお子さんが通っていますが、実習もかなりの頻度で あるようです。 横レス、失礼いたしました。

haruhi_hinata
質問者

お礼

回答ありがとうございました、それは、養護学校の高等部が増設されているという事でしょうか?「発達障害児」の進む道が少しでも増える事はありがたい事ですね。行き場のない宙ぶらりんな子は結構いますから。長男も「発達障害児」ですが、知能は普通、手帳もなし。だけど、「発達障害児」特有の困難さは持っています。「LD」などの、特定の分野のみの困難さを抱えた子もかなり宙ぶらりんではあるようです。地域によってはそういう子のクラス(個別支援級や特殊級ではない)ちょっと名前がわからないですが、そういうクラスがあるそうで、そういうクラスが増えると、宙ぶらりんの子の行き場が出来る気がします。(通級指導教室でもありません。そこは長男が通ってますから)ああ、思い出せずにちょっと気持ち悪いです・・。

haruhi_hinata
質問者

補足

noarinさんの場所をお借りする事をお許し下さい。「某有名掲示板、にて「発達障害児」が「発達障害児」というだけで(中には被害にあわれた方もいたようですが)「邪魔だ。」「排除しろ。」という書き込みに、同じ「発達障害児」を持つ母として、深い悲しみに襲われました。はたして、こう思う親御さんが、本当に沢山いるんだろうか?そんな疑問からここを立ち上げました。ここで、皆さんの意見を聞き、「大切なこと」がわかった気がします。沢山のご意見、本当にありがとうごさいました。ここらで、締め切りとさせていただきます。また、何かの折りに質問を立ち上げたら、また、ご意見をおまちしております。本当にありがとうございました。

  • zappa-z
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回答No.27

No17です。 他の方へのお礼を読んで分かりましたが、まだ診断がついたばかりなのですね。それでは、お母様もまだまだ動揺して混乱しているのではないでしょうか?この質問の意味が分かった気がします。 まず私への質問にお答えします、 >やってます。でもすぐには出来ません。何年も掛かる子もいます。やっぱりそういう子は「普通級」からいなくなるべきですか? 一言で発達障害と言いますが、ほんとにいろんな程度のお子さんがいるわけですから。まず「そういう子」と一くくりに出来る問題ではないと思います。その答えをここで求められても回答が出るはずは無いと思いますよ。そこから考えなおした方が良くないですか? 本当に程度によるとしか言いようがないのです。 息子さんはおそらくまだ小学校低学年ですよね?私の上の子は中学生なので、やはりいろいろなお子さんやお母さんを見たり聞いたりしています。ですから、普通級に在籍していたけれど、やはり本人も不安定になり大変で個別に移ったお子さんや、授業中徘徊するなどして、行動に数々の不振な点があるにもかかわらず、ケアも受けずにそのまま野生児のようになっている子も見ています(親御さんが放棄したケースかもしれないですね)。端から見ていて「普通級」にいることが本当にこの子にとって良いことなの?と思わざるをえないお子さんがいるのも事実です。 ケンカ売られてるとは、思いません。とにかくお母さんの一生懸命な気持ちが伝わってきます。こういうお母さんが育てているお子さんは大丈夫だと思います。今、他の発達障害のお子さん全部に対する世間の考えなんて気にしていても始まらないと思うんです。あなたのお子さんと、あなたの周りの人達が上手くやっていける事が大事なんじゃないでしょうか? 下の方の書いてらっしゃる >「なかなか理解してくれない人をどうやって説得したらよいか」と聞いたら、「そんな人の説得するエネルギーがあれば、理解してくれる人を見つけてその人と子供の未来を作った方がいい。マイナスエネルギーは疲れるだけだから。」 ほんとにそのとうりだと思いますよ。 やはり下の方が書いてらっしゃる「開き直る母」もいますよ。それに、健常児のお母さんでもとんでもない人って結構いるものです。だから全ての人の理解などというのはありえない事なんだな…と実感する事がよくあります。 <カミングアウト>の件ですが、私も良く知りもしないで軽く書きましたが、ひどい目に合う方もいるわけですね。私は、自身が未経験ですのでさすがにここまで酷い人がいるとは思いませんでした。気安く言って申し訳ありませんでした。 そういう人は、親として、人間として恥ずかしい種類の人達だと思います。 <協調性>については、見解の相違なので割愛します。 どうまとめて良いかわからなくなりましたが、質問者さんのがんばりがきっと息子さんに良い影響を与えると思います。そして、周りのお子さんや親御さんにも伝わります。それは確かです。がんばってるお母さんは、ちゃんと分かります。極端な意見は気にせずに、がんばってくださいね。

haruhi_hinata
質問者

お礼

度々の回答をありがとうございます。ここを立ち上げて、色んな方々の意見を聞けた事は私にとって、本当にプラスになりました。確かに「色んな考え」の人がいて、だからこそ面白い事もあるんですよね。私としては、何とか歩み寄れないものかと思ってしまうのですが、まずは私がしっかり、息子を育てる事、それを見た周りの方が「発達障害児」もそんなに悪くないかもって思ってくれて、そこから理解も輪が広がっていくという道もあるのかなと思いはじめました。なかなか思うようにうまくいかないし、時間もかかるけど、しっかり、息子と向かいあっていこうと思います。ありがとうございました。

  • natu77
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回答No.26

#14・21・24です。 >そういう開き直った親御さんもいるんですね? いますよ~、た~くさん。 そういう方に限って、自分の子供のことしか見えていなくて、私も随分悩まされました。 質問者さんが出会っていないのは、まだ日が浅いからかも? そういう方は一見、とても熱心に見えるのですが、自分も子供と向き合って、長いスタンスの中で何を今すべきかを考えているうちに、「おかしいな~」と違和感を覚えてきました。 一つ例を挙げるとすると、ある障害児のお母さんは、子供が困らないように、割り箸を何十本も学校に置いていました。子供がうっかり忘れてもこれで困りませんよね? でも、その行為が私の子供にとってはものすごく迷惑だったのです。 私は、我が子が箸を忘れて困れば、先生に「箸を貸してください。」とお願いしたり、新しい箸を後日返したり、今度は忘れないようにしようと思うなど、新しい社会性を身に付ける良いチャンスだととらえていたのですが、その子が大量に置き箸しているのを見て、そこから勝手に取ろうとしだしたのです。 我が子も3歳児並の知能(当時)ですから、その子が良くて自分がダメなのが理解できず、先生もかなり困られたそうです。 ねっ!本人は熱心なつもりでも、周りからは迷惑だ~と思われている方がいるのですよ。 ちなみにこの方は途中から子供が成長しないと諦めてしまって、子供さんは出来ていたこともドンドン出来なくなってしまいました。でも「障害児だから仕方ない。もうどうでもいいわ~。」とご自身の事には全く気が付かないままです。 こんな方が結構な比率で居られます・・・普通級だけでなく特殊学級にも養護学校にも。 私のお友達もこういう親たちに足を引っ張られる事が多くて、最近の皆さんの悩みの大半は同じ障害を持つ子供の親との付き合い方ですね。 質問者さんもこれからいろんな方たちとお付き合いしていくと思いますが、一緒に困難を乗り越えてくれる同じスタンスのお友達をたくさん増やしてくださいね。 お母さんにも子供さんにも何よりの力になるはずですから。

haruhi_hinata
質問者

お礼

本当に何度もの回答ありがとうございます。確かに、その行為は自分の子が困らないようにとの、その子の親なりの配慮だけど、「貸して下さい。」は身につきませんよね。似たような事が私の周りにもありましたが、こちらは反対でした。自閉児を集めた訓練会で、公園に行ったりした時に、砂場のおもちゃの取り合いで、パニックになるから、一人一つのおもちゃを持ってくるようにとボランティアさんから言われました。でも、私達親は反対しました。「そんな事をしたらせっかくの貸し借りの芽を潰す事になる!」と。確かに一人一つのおもちゃを与えたら、その場は丸く収まるかもしれませんが、それは間違った配慮だと私も思います。ただ、おもちゃが無い事でパニックを起こす子を見ている他の方にとっては、迷惑な事ですよね?おもちゃ一つ用意する事で、平和な公園になるなら、その方がいいと思う方もいるでしょう。だからこそ共存は簡単ではないのでしょうね。

noname#160677
noname#160677
回答No.24

25歳・こどもなしの専業主婦です。 今の私は普通学級に発達障害児がいても、 別にじゃまだとは思いません。 ただ、高校生の頃の私は 「将来的に考えれば、障害をもつひとより、  私たちの方が社会的にはきっと有望なのに、  どうして障害のあるひとにそんなにお金使うの?」 と思っていました。 こどもにあった教育を受けられるなら、 普通学級、特殊学級、養護学校、どれでもいいと思っています。 こどもの頃から、障害をもつ方との関わりがあったら、 自然に助けることができると思います。 私は、小さな頃から、本当に体育ができませんでしたが、 同級生から見たら、授業で私と同じチームを組むことが、 もしかしたら、私をじゃまだと思っていたかも知れません。 球技大会とか陸上記録会とか、本当にイヤでした。 もし、体育ができないこどものための学級なんかがあったら、 そっちに行きたかったと思います。 親戚に、軽度の自閉症の小1の男の子がいます。 比べる対象も私の周りにはいないので、 「あ~、小1ってこんなもんか」と思ってます。 特殊学級に通っていますが、楽しそうですよ。 幼稚園は普通の幼稚園に行っていましたが、 先生が病院に一緒に話を聞きに行きたいって言ってくれたり、 恵まれた環境なのかもしれません。 もし、これから自分がこどもを持ったとしたら、 発達障害児が同じクラスにいたら、先生からの説明などがあれば、 聞いておきたいと思います。 それぞれのこどもに合った教育って難しいと思います。 普通学級でもなんでも、いい先生に出会えるといいですね。

haruhi_hinata
質問者

お礼

回答ありがとうございます。学ぶ場がどこであれ、いい理解者、いい先生に出会える事は願いでもあり、夢でもあります。息子もそういう人に出会えたら、どんなにいいでしょうね。出会えると信じたいです。息子にはこれからいい環境を見つけて行きたいと思います。

noname#14701
noname#14701
回答No.23

No15です。 わたしの子は6歳で障害の診断をもらいましたが、 そのときのようちえんでは明らかに邪魔にされてました。 当時はわたし、気がつかず。今になって思うと、ああ、先生たちは邪魔にしてらしたし、こどものなかにも、「このこは ばかだからいじめていいんだ」「あの子がいるせいでいつも残される(きちんと合奏ができないので)」という風にいってる子もいました。うちの子だけではなく、気が弱い子どもさん、繊細なお子さんで、いじめられてはいなくても、通えなくなる子が続出してました。わたしの力ではこれを変える事ができず、「こういう子は一定数いるんです、今後入ってこられるお子さんのためにもいいとおもいますので」と申し出ましたが、障害のことについて説明もさせてもらえず、しつけのせいです、こんな子はほかにはいません、特別扱いもできません、といわれました。 (特別扱いは望んでいませんのに)子供にとっても私にとっても、きっと担任にとっても、わたしたちがここにいて いいことはなさそうだ、と思い、 結局 ずるいかもしれませんが、雰囲気のよい学校(公立ですが)に移りました。(これまでたくさんの人ががんばって雰囲気をよくされたんだと思いますので、お返しがしたいです) おかげさまで、子供は驚くほど落ち着いたと思います。 やっと、自分とこどもの歯車がかみ合い、こどもと、学校(先生)の歯車、こどもと友達の歯車、の順で、かみ合ってきた感じです。地域の人も、「きょうは○くん、うちでトイレかりてったよ」「9時ころ歩いてたけどいいの?早く行きなって言っといたよ。」「今日はまだこことおらないけど」などなど いくつも顔なじみさんがいて わたしにも声を掛けてくれます。買い物も スーパーじゃなく地元の店でこどもにしゃべらせて買わせたりもします。 ご質問の筋道からそれますし、差し出がましいとは思いますが、まずはお子さんとしっかり かみ合って欲しいです。まずはこどもと同じがわに立って。(というのはわたしもかつてもらったアドバイスで役に立ったので) そのほうが近道だと思います。周りとの共生の道、というのも、わからないではありませんが、まず子どもさんとの関係を良くし、それから子どもさんと周りとの関係の通訳みたいになれれば、そこからが、ゼロからの出発だと思います。 いただいた御礼欄のコメントにありましたが、 学習が普通なら特殊に来ないで欲しいという意見もあるでしょう、 言い返すとして、そんなに遅れてるならそちらが養護に行けばという人もいるでしょう(いわないけど)、それを言い合って何になるでしょう。(うちの子は普通では早すぎ、特殊ではゆっくりすぎ、宙ぶらりんで 適する居場所はありませんといわれてます。)せっかくの特殊学級も結局排除排除、誰も居れなくなるのでは。そんなこと言い合うくらいなら、こどもたちがどんな風に刺激しあって、成長しあってるかを見たほうがずっといい。(もめてる場合、何が問題でそうなるのか、どうすればいいかなど山ほど考えること、できそうなこと があります) 先生の言うことは通らなくても、子供同士がうまく意思を通じ合わせていたりしてますし。ちなみに、No3のご意見では、クラスの「子供たちに」聞いてみたらっていわれてたのですね。おとなに、かと思っていましたが。私もそれは とっても、いいと思います(いろんなことを話してきます)し、付け加えるなら、こどもたちをちゃんと扱えている人に アドバイスを求めるほうがいいと思います。そういう人はむやみに邪魔とかは言わないと思います。 誹謗中傷ややっかみ、愚痴などと、こどもさんに役に立ちそうな言葉とを 同列に扱わなくていいと思います。 世界をいっぺんによくすることはできませんから。 発達障害があったって発達します。また、障害名と、普通学級、多動、などのキーワードで、発達障害がありながら普通学級に通うお子さんのことを書いたページもいくつもヒットすると思います。トラブルつづきからこつこつと、結果目覚しい成長を見せたお子さんもいらっしゃるようです。 子供さんがなついてる人はいますか?おとなでも子供でもいいし、専門家でもいいし、そうでない人でも。そういう人の接し方やアドバイスはとても役に立つと思います。子供は瞬時に かぎ分けると思いますので。

haruhi_hinata
質問者

お礼

度々の回答ありがとうございました。前の投稿でも何度も答えているのですが、子供が何に苦しんでるのか、はかりかねているので、観察をしている最中です。今までの私は、何ワガママ言ってるのよ、皆やってるでしょう!という、上から見下ろした目線でした。今は、何に苦しんでいるの?と子供と同じ高さまでは降りてきています。が、子供と同じ物が見えているわけではない気がします。息子も教えてくれませんしね。まずは親子の信頼関係の取り戻しから始めないといけないでしょうね。何の手立てもなく、ただ皆と同じにやりなさい。と育ててきたわけですから。うまくは言えないんですが、ここに出て来ている息子は次男です。長男にも発達障害がありますが、うまく「普通級」でやっていってるので、「発達障害児」だから「普通級」にいられないと悲観しているわけではないんです。ただ、そういう「普通級」に順応できる「発達障害児」をこの目で見ているからこそ、某掲示板で「発達障害児」だから「普通級」から出て行け発言がかなしかったし、そういう人と分かり合える事は出来ないんだろうか?と考えたのです。でも、次男はまだどうなるかわかりません。長男とはタイプが違いますから。「普通級」が合わないんであれば、「移転」の道も考えています。

  • noarin
  • ベストアンサー率23% (175/753)
回答No.22

こんにちは。 私は発達遅滞の母親です。小1の時、1年間だけですが普通学級で 過ごしました。付き添いもしていました。その1年は息子にとっても 私にとっても実り多い1年でした。担任も理解のある方でした。 入学するにあたり、私は障碍名ははっきり言いませんでしたが、 ご迷惑をかけることもあるので、よろしくお願いします、と 保護者会で挨拶をしました。ついでに役員もやりました。 付き添いをしていて感じたのは、やはり普通学級で過ごすには ある程度のルールを守らなければならないな、ということでした。 例えば授業中は座っていられる事、これは普通学級だけでなく、 特学であろうと、養護であろうと、やはりできたほうがいいです。 我が家の場合は私がそばにいたことで座っていられた、と言って いいと思います。ただし、言葉がけはよくしていました。座って いられることを褒める、あとどのくらいで終わるか、終わったら 好きな遊びをしていいこと、などなど。目安があると落ち着けるので。 あの1年間、私は「邪魔」という光線はクラスの親御さんたちからは 感じませんでした。単に私が鈍なのかもしれませんが(苦笑) 親なら誰でも「我が子が一番」ですからね。子どもが「あの子が うるさい」と親に言うこともあるでしょう。でも、子どもは自分の 都合の悪いことは言いません。もしかしたら「自分がこうしたら うるさくなった」のかもしれませんが、そんなことは言わないですよね。 でも、そう聞けば親としてはね。。。。 今は特殊教育が特別支援教育になり、普通学級にいる軽度発達障碍の お子さんが普通級にいてもケアが受けられるようになりました。 ですから、どうぞ強い心を持って、専門家の方と相談しながら、よりよい 場所を作っていってあげてください。 ところで、つい最近、あるお母さんから養護学校の先生に相談にのって もらっている、という話しを聞きました。我が子が通っている養護です。 いろいろあって、学校に相談したところ、その学校から養護に連絡が 行き、相談役の先生が見に来てくださったそうです。養護学校は教育 センター的役割を果たすようになったそうです。養護の先生からは その学校に通ってくる数市からの相談を受けるようになり、1,2件 くるかなぁ、と思っていたら、すでに10件以上の相談にのっている そうです。そういう体制も整えつつあるようですので、何かあったら 聞いてみてください。 長々とお役に立たない回答で失礼いたしました。

haruhi_hinata
質問者

お礼

回答ありがとうございました。養護学校がそういう役割をしているのは知りませんでした。ありがとうございます。確かに今は発達支援法が制定されたのもあって、普通級にいる「発達障害児」が支援を受けやすい体制が出来上がりつつありますね。しかし、「発達障害児」に対する「支援」そのものが「特別扱い」と感じる方々もいるようです。幸い、まだそういう方とうちの学校では出会っていませんが、うちの問題だけでなく、そう感じる方々との、共存の道はないのか、相容れる事は出来ないのか?そんな疑問から、ここを立ち上げました。色々な方々の意見が、本当に嬉しくて、こんな私の疑問にお付き合い下さって、頭が下がる思いです。今は、個別支援級(特殊級)すらもなくそうという動きがあるようで、その事もあって、某掲示板の方々の不安をあおっているようにも思います。

  • natu77
  • ベストアンサー率30% (408/1342)
回答No.21

#14です。 >「あの子の親は障害児だからしょうがないでしょって思ってるのよ。」って誤解があるのではないかと。 これはある意味、正解でもあり、そうでもないとも言えると思います。 健常児の親にだっていろんな考え方がありますから。 私が思うのに、この問題の根本原因は「障害者」をどう考えるのかにあると思います。 障害者=悪いもの・社会のお荷物・出来ればなりたくない・子供が障害があったらいらないなどなど と考えている人々にとって、邪魔な存在にしかどうやっても見えないでしょう? 障害者=少し不便な事のある人・共に社会で生きていく人などなど と前向きに障害者を捉えている人々にとっては、邪魔と言う概念は存在しないでしょう? また、私もそうですが障害者と実際に関わっている人間にとっては、また違った見方だってあると思います(私は自閉症は一つの才能だと最近思えるようになってきました)。 それをすべてごちゃ混ぜにして、社会は出来上がってますから、仕方がない事だと割り切るしかないですよ。 それと、障害児の親が全員子供を大切に思っていて、努力しているかと言うとそれも違いますよね。 実際に、「うちの子は障害があるのだから、誰かが助けてくれて当たり前。私は面倒見切れないから、学校や施設が預かってくれて当然!」と言う親御さんも多数存在しているのが現実です。 子供を社会人として、歯を食いしばって送り出そうとしている親たちの足をいとも簡単に引っ張ってくれたりします。 誤解しているのは健常児の親ばかりでない事もよくあるのですよ。 理解してくださる人はきちんと理解してくださいます。 理解不能の方は何をやっても理解不能のままです。 子供が健常であろうとなかろうと、これはどこでも同じです。 理解不能の方の領域まで理解しようとしても、あまり実りがないような気がするので、私はしないだけです。 子供の将来のために、プラス方向の方をドンドン開拓して行きたいと思いますので。

haruhi_hinata
質問者

お礼

度々の回答ありがとうございます。確かにそうですね。もしも、私がこれから、子供の障害と向き合い、全力で頑張ったとしたら(もちろんそのつもりですが)例え息子が代わり映えしなくても、わかってもらえるでしょうか?うちだけでなく、「発達障害児」が邪魔だと思われている影には、親の取り組みや、態度が根っこにあるという事でしょうか?例えば、息子の場合はこれから全力でサポートして、徘徊がなくなり、息子自身も「普通級」にいる事が苦でなかったら、「発達障害児」でも「普通級」にいられますか?「発達障害児」と「健常児」が相容れられるようになる為には、「発達障害児」の親の「障害児だからしょうがない」てき考えと、態度を改めればよいという事でいいでしょうか?少しだけ、共存の道が見えて気がします。ありがとうございました。

  • mihito
  • ベストアンサー率21% (74/341)
回答No.20

私が小学生の頃は、軽度の障害児は普通学級が当たり前でした。 小学生のときの障害のあった子(今思えば障害であり、その時は「障害」を理解していませんでした)は女子で、うまくコミュニケーションができなかった為か親しい友人はいませんでした。たいてい一人でしたね。 中学のときは男子だったのですが、普段はぶつぶつ言っているくらいなのですが、突然奇声を上げて、机や椅子を持ち上げたり投げたりするんです。さすがにこれにはまいりました。他の人にわかるきっかけがあるわけではなく、本当に突然なのです。そして机を投げた先には当然他の生徒がいるわけで、時々けが人も出ていました。その時間の授業はもちろん中止です。その子が教室から逃げ出したりすればクラスメイトで探しに行くんです。 けっこう困りましたね。 そして、自分の子どもが保育園のとき一つ上のクラスに発達障害の子がいました。 とてもかわいい笑顔で素直でみんなのアイドルでしたよ。園長も「発達障害の子がいます」と障害の説明と園の方針とを説明してました。 特に障害の保育をしていたわけでも専門家がいるわけでもない園ですが、自然に子ども達が役割分担して助け合ってました。 ただ祖父母の代になると理解度が薄いのか、運動会の時などにその子にあわせて競技をしていると「何をしているんだ?」と疑いの声がたくさんでした。 幼児クラスのリレーで赤白にわかれて競争していたのですが、たまたまうちの子がその子と一緒になったのですが、いつも「一緒にできる範囲でお手伝い。でも余計な手はださない」という考えが浸透しているので、早く走りすぎないでチラチラとその子を見ながら行く先を誘導するかのように「がんばって、こっちだよ!」と言いながら遅く走っていたのです。 すると見ていたお祖父さんが「なんでチンタラ走っているんだ!せっかく勝っていたのに!」と怒るんですよ。 近くにいた別の保護者の方が説明していましたが、納得していないようでプリプリしてました。 発達障害に限らず、とにかく「邪魔だなぁ」と思う子はそれなりにクラスにいるものだと思うんです。 それはその子なりの「好き嫌い」であり、子どもだけでなく大人だって会社であることなので、特に障害児だから・・・と考えることはないと思います。 学校は割と閉鎖された空間ですから、よけい気になるんですよね。

haruhi_hinata
質問者

お礼

回答ありがとうございます。自然にお手伝いって素敵ですね。でも確かに、お祖父さんの気持ちもわからないでもないです。例えば、「うちのクラスに発達障害児がいるから、運動会は順位は付けません。」なんて言われたら、「とんでもない!」という感じです。それは、配慮でも何でもありません。mihitoさんのお子さんは「自然に」という事ですので、本当に優しいお子さんなのだと思います。そうですね、確かに、障害うんぬんではなく、好き嫌いはあると思います。多分誰でも、皆、自分の子供が大事ですよね。大事に思うがゆえの過剰反応もあるのかもしれません。でも、私の息子が、迷惑をかけているのは確かです。そして、「発達障害児」に迷惑をかけられている親子もいるのだと思います。「うちの子はちゃんとやってるのに。」って思われてもしかたのない事をしています。あちこちの相談機関に相談して、息子にとっていい道を模索している最中ですが、その、「模索」の間がまどろっこしい、何とかしろと言われたら、困ってしまいますが・・。(もちろん言われたわけでも、被害妄想を抱いてるわけでもありません)

回答No.19

難しい問題ですよね。 灰谷健次郎さんの「兎の眼」を思い出してしまいました。 あの話の中にも発達障害の子がクラスにやってきて 当初他の生徒の親から先生に「授業が進まない」と厳しいクレームがあったのだけど 子供達の成長を見て親も考えを少しずつ改めていく・・という場面がありました。 (質問者さんのお子さんよりももっと極端なケースだと思いますが、  もし読まれていないようでしたら一読をお勧めします。) 私自身も小学校の時には発達障害児と一緒に授業を受けていました。 私は突然自分の理解できない行動をするその子に対して 最初は怖いと思って避けがちだったのですが、 母親に「自分の当たり前を押し付けちゃいけないのよ」と窘められた記憶があります。 確かに授業は進みづらかったのかな。けれど「邪魔」と思った記憶はありません。 今思うと一緒にいたことで学んだことの方が 授業で学んだことより余程大きかったように感じています。 それは障害児といったことに限りません。 私は大学まで公立育ちなので、いわゆる不良や不登校児とも接してきましたし そりゃ当時は痛い思いもしたけれど人生にプラスになったと思っているので 妊娠中の今でも、自分の子供にも同じように偏らない教育を提供したいと考えています。 今は「勉強」に重点を置く親御さんが多くなったのかもしれませんね。 確かに”学業”の為の授業であり、学校であると考えれば、 それを邪魔する生徒は全部「邪魔」になるんでしょうね。 けれど、勉学環境が完全に整っていないと勉強が出来ないだなんて それこそそっち自身の問題であり、甘えなのでは?と私は考えてしまいます。 実際勉学という面で見れば、うちの小学校出身者は塾なしで優秀な人は多かったですし。 おそらくその某掲示板は単なる「はけ口」なのだと思いますよ。 誰かのせいにしたい、誰かの責任にすることでスッキリする、 そういう一面って誰にでもあります。 「そうだ、だからうちの子は勉強できないんだ」と理由をそこに求めるというか。 まぁ実際はどこ行ったって一緒で、次のターゲットが変わるだけじゃないですかね。 先生が悪い、とか、あの生徒が悪い、とか、あの校則が・・とか。 だから気にしないのが一番。たとえ今その人達に何を伝えようとしても ”我が子が勉強できない原因”という唯一の拠所を奪われるわけですから 必死に返してくるでしょう。今は仕方ない、としか言えません。 全て(大学受験を含め、子供の自立)が終わった後にようやく理解できるかもしれません。 ただそういう親であっても、子供自身にはあまり影響がなかったりもします。 特に小学校くらいの年代であれば気にならないことが多いです。 私の場合は何に対しても警戒心が強かったので上記のように一時避けてましたが 他の子は最初から自然に接してましたし、 最終的には私も含め皆で楽しんだ思い出しか残っていませんよ。 「共存の道」ということですが、 それに関しては既にお子さんは成し遂げているのではないでしょうか。 結局のところは、周りよりもその障害児本人が過ごしやすい環境かが大切です。 普通学級にいることで「発達障害児だから」という特別扱いは基本的になくなるわけですし、 普通の子でもイジメにあうのと同じように、何らか厳しいことはあるかもしれません。 それに対して本人、保護者が受け止められるかが大きいように思います。 何だかまとまらない回答になってしまいましたが 一意見として読んでいただければと思います。

haruhi_hinata
質問者

お礼

回答ありがとうございます。「特別扱い」にも色々あるようです。例えば、(うちの息子ではありません)授業中床に寝そべる子を、この子は障害者だから・・と放っておいたら、誰の目から見ても、「特別扱い」です。でも、その子に「今は授業中です。床には寝そべりません。」って言う事や、「寝そべりたくなったら、先生に許可を取って伸びをしていいよ。」などの事も「特別扱い」だという方がいるのです。(某掲示板にて)例えば、1つの事を受け入れられるのに、凄く時間がかかる子がいたとします。そういう子の事を待ってあげる、そういう事も「特別扱い」になるんだそう。だとしたら、本人に、「普通級」に行く能力があり、本人が望んでいたとしても、「普通級」にはいられないでしょうね。(息子の事ではありません)

  • saori429
  • ベストアンサー率12% (102/809)
回答No.18

>本当に、普通って何?って思います。 >息子にしてみたら、何故、やりたくもない事をやらなくちゃいけないんだろう?ってところなんだと思います。 失礼ですが、私も息子さんがそう思っているなら、普通級にムリして通わせる必要があるのだろうかと思います。 そこにいることが息子さんにとって苦痛なら、息子さんがもっとのびのびできる環境を提供してあげるのが、親の選択なのではないですか? 協調性だけを重視するのはよくないと思います。 けれど、いつかは大人になって社会に出る息子さんに、協調性は必要ないと思いますか?社会で働くからには、必要なものがいろいろありますよね。協調性だって大事だと思いますよ。 個人的には、haruhi_hinataさんの息子さんのような障害は、一つの個性だと思うので、邪魔だとも思いませんし、自分の子が通う学校にいても分け隔てなく遊んで欲しいと思いますし、学びあうことも多いと思います。 でも、協調性がなぜ大事なのかわからないと、親であるharuhi_hinataさんがおっしゃっているうちは、普通級で息子さんが生活するのは、息子さんのためにも、他の同級生のためにもならない気がします。 >発達障害児が普通級にいる事は、そんなに邪魔ですか? 邪魔ではないと思いますよ。 けれど、「障害児だから仕方ない」と特別を希望する親御さんなら、普通級はむずかしいと思うのが、私の個人的意見です。

haruhi_hinata
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >息子にしてみたら、何故、やりたくもない事を >やらなくちゃいけないんだろう?ってところなんだと思います。については言葉が足りなかったことをまず、お詫びいたします。障害があるなしにかかわらず、やりたくない事ってありますよね?だけど、健常の子は皆がやってるから、やらなきゃ。って思うんだと思います。発達障害の子(うちの息子の場合です)はそこがまず理解出来ない。例えばです。一列に並べない発達障害児がいたとします。その子は、何故一列に並ばなきゃいけないのか、理解できません。どこに並んでいいかも理解できません。でも、「今は一列に並びます。」と声を掛け、床に直線を書く事で一列に並べる子がいます。それを「普通級」でやるのはおかしい!と言われてしまえば、すみません、じゃあ、個別に行きます。ってなるでしょう。そういう子に対するそういうサポートもすべて「特別扱い」だと言われるなら、「普通級」から出ていくしかないんでしょうね。・・・前の投稿をコピペした事をお許しください。息子のように、「徘徊」する子は 1番前の席にする。今やるべき事を個別に伝える。席の周りの掲示物をシンプルにする。というような支援で、「無理」する事なく「自然に」座れるようになるんだそうです。息子の支援の仕方については現在模索中です。それとも、そうまでして「普通級」にいる必要があるの?とお思いでしょうか?率直な感想をお聞かせ下さい。

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