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宮澤賢治
宮澤賢治の詩「雨ニモ負ケズ」の一節に「一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ」とありますが、宮澤賢治は玄米が苦手で食べなかったときいた事があります。本当だとしたら宮澤賢治は当時何を食べていたんでしょうか。 知っている方がおりましたらよろしくお願いします。
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賢治さんは幼少のころ赤痢で隔離されていた事がありました。父親は感染して、それ以後胃腸が弱くなったといいますから、賢治さんも胃腸は丈夫でなかったと思います。当時裕福な家では白米を食べていたでしょうが、白米は玄米に比べ栄養が少ないので家族みんなで玄米を食べていたところ、賢治さんはしょっちゅう下痢をしてつらかったと手紙に書いています。雨ニモマケズはこんな人になりたいという願望を書いたものですが、何よりも一番に「丈夫な体」がほしかったのだと思うと泣けてきます。私は、賢治さんはだいたい白米を食べていたと思います。
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- ginger0613
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回答No.1
元々裕福な家の生まれでしたが本人は赤貧の中で生活していました。当時の食生活は麦飯中心であとは漬物とかくらいの質素なものだったとのことです。玄米も食べていましたよ。
質問者
お礼
ありがとうございました!助かりました。
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