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あさがおに

 こんばんは。文系の学問のカテゴリでは初めまして。jun1038といいます。一応理系人間のつもりです。  我が家?では、何十年も続く論争(?)があります。それは、私が小学校の時の授業参観での出来事が発端です。当時、加賀の千代女の俳句だと思いましたが、「あさがおに つるべとられて もらいみず」という俳句を勉強していました。担任の先生が、「この俳句の季節は?」と質問し、私は「夏だ!夏だ!」と騒いだのですが、同じクラスの秀才のS君は「あさがおは秋の季語だから秋だ」と一蹴しました。  家に帰ってきて母に「おまえはホントに馬鹿だね。わたしゃ恥ずかしかったよ。」と言われてさんざん怒られてしまいました。  「でもお母さん、この俳句のポイントは、井戸のつるべに、初夏の若々しいあさがおがぐんぐん成長して絡んでしまったところにあるんじゃないの。花のあさがおなら、確かに立秋も過ぎた秋口が一番似つかわしいけれど、「あさがおにつるべとられる」というのを一つの季語だと考えれば、その若々しさ、朝のすがすがしさから、夏と考えても良いんじゃないの。」  以上は小学生の時の私のせりふを現代語訳?したものですが、皆さんはどう思われますか。我が家?では時々話題になりますが、まだ母も私もお互いの説を主張し続けています。専門家の意見も聞きたいです。

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noname#118466
noname#118466
回答No.3

残念ながら秀才君とお母さんの勝ちですね。俳句の季語は約束事ですから朝顔が秋の季語だった時代では、朝顔が何月に咲こうがその歌は秋の歌となってしまいます。そもそも日本の季節感は中国伝来の暦や季節ごとの生活習慣に基づくものが多いので、高温多湿で南北に長い日本と大陸性気候で日本列島よりはるかに西南にある中国中心部とはかなりなずれがあると言われます。旧暦以前の問題です。37度の酷暑に苦しみながら残暑お見舞いのハガキを書く(立秋以降)馬鹿げた習慣のある日本です。 私は季節よりも、千代女は翌日からいつまで隣へ貰い水を続けたのかが気になります。おそらく二ヶ月は貰い水を続けた(花が咲き実がなり枯れるまで)ことになりますが本当でしょうか。現実は若い朝顔が勢いよく伸びてつるべに絡んだのではなく、朝顔は最初の花をつけても先端のつるは元気よく伸びるので、ある朝つるがつるべにからまりかけているのを見つけて、やさしい千代女は隣に貰い水にでかけたのでしょう。枝分かれしたつるさきであれば、夕刻にでもそっとつるべから外すことが出来たと思われます。或いはこのまま伸びたらつるにからんでしまい、井戸が使えなくなる、そうしたら貰い水をしなければならなくなってしまう・・・と想像して歌ったのかもしれません。考えすぎですかね。

jun1038
質問者

お礼

 ご回答いただき、ありがとうございます。  その俳句に「あさがお」とあれば、それは普通は花のことであり、(当時は)秋の季語であるから、俳句の季節としては「秋」とする、というのが約束事である、ということでしょうか。  それはそれで正しいとは思いますが、どうも理系人間の自分としては、たとえば双葉から本葉が数枚出て、まだ花も咲かず、ぐんぐん伸びていく「生物の種」としての「あさがお」をうたった俳句のような気がして、「そんなんで、秋なんかよー」と思ってしまったものですから。martinbuhoさんの後半の解釈なら「秋」でも当然しっくりしますが。(あるいは千代女は、朝顔は秋の季語であるから、秋として解釈すればそういう情景が浮かぶと、そこまで計算してこの俳句をつくったとか。)  ご無理でなければ、再び回答を頂けると助かります。

その他の回答 (4)

noname#118466
noname#118466
回答No.5

補足にたいして。 私の推測の根拠は、直か蒔きにせよ鉢植えにせよ、最初から井戸端のつるべに絡むところに植えるはずはないということです。大きく育って花も1-2輪つけたころ、ある朝つるが伸びて(脇枝か?)つるべにかかったと考えるのが自然です。 草花を季語とした場合、当然花が咲く頃を基準(中心)とするでしょう。季語として春の花xxxがある場合、花が咲く前の青々とした葉や茎、或いは若い芽をみて その草花の時期とするとは思えません。木に咲く花を例にあげれば納得いただけるでしょうか。桜や梅は年中あります。花を中心にしなければ季語になりえません。 いずれにせよ300年前の加賀の国の一女性歌人が歌った歌です。理系的解釈よりも 文系的解釈でいいのでは・・・

jun1038
質問者

お礼

 何度も回答していただき、本当にありがとうございました。  私の場合、季語を「朝顔」という名詞的なものととらえるか、「朝顔がつるべをとる」という、動詞的というかその状況というか、そういったことも季語(季節の判定)になりうるのでは、ということが主題だったのですが、俳句の世界の「約束事」は、厳然としていて、やはり素人の思いつきではいかんともしがたいようですね。  何となく、俳句の世界がわかりかけたような気がします。ありがとうございました。

noname#1280
noname#1280
回答No.4

すいません。言葉足らずの説明でかえって混乱させてしまったみたいです。m(__)m 季語の集大成とも言える「歳時記」では「朝顔は8月」「季語は秋」となっています。 ですので「陰暦の8月に咲いていた」のでしょう。 ところが「現代俳句歳時記」を作成するときには「陰暦の何月に咲く」は無視され 「朝顔は現代の8月に咲く」とされてしまい「8月なら『夏の季語』」とされたのだと思います。 すなわち『陰暦の季語を太陽暦に変換』したのではなく 『現代においてどの季節か』という基準で決定されたものだと思います。 そしてその結果が『陰暦の1月ずれ』であったのです。

jun1038
質問者

お礼

 いえいえ。こちらこそ何度も回答していただきありがとうございます。  朝顔は秋の季語であったが現在では夏の季語となったのを知って、「理系的な常識」と「文系的なセンス」が接近してきたのかも、とも思いました。  いろいろとありがとうございました。

noname#1280
noname#1280
回答No.2

jun1038さんの小学生当時(何年前か不明なので推測)は『秋の季語』だったと思います。 >陰暦の5~7月を夏としたのを これは僕の書き方が紛らわしかったですね。m(__)m 正確には『陰暦を基にすると「現代の5~7月が夏」にあたる』ですね。(^^ゞ そうすると『太陽暦を基にすると「現代の6~8月が夏」にあたる』となるます。 そして、朝顔は「現代の8月」に咲くとすると『夏に咲く』事になります。 『陰暦から太陽暦に変わっても「数字表記」は一ヶ月ずれるが、朝顔のさく「時期」は固定なので変わらない』 と言うことです。(ややこしいですね。。(^^ゞ)

jun1038
質問者

お礼

 たびたびお世話になり、ありがとうございます。  しつこいようですが、すみません。  江戸時代の旧暦において、5月~7月を夏としていたのを、新暦においても同様に5月~7月を夏としていたが、最近になって誤りに気づき(?)、新暦においては6月~8月を夏と改めたので、朝顔が夏の季語になった。ということで良いのでしょうか。  旧暦では、旧暦における、何月~何月が夏なのですか。また、旧暦においては、朝顔は何月に咲くものとされていたのですか。  私の頭の中では、旧暦の8月が新暦の9月に対応するものとすれば、  暦  | 夏はいつ | 朝顔の咲く季節 ---------------------  旧暦 | 5~7月 | 8月だから秋  新暦 | 6~8月 | 9月だからやっぱり秋 という具合に整理されているのですが。  ご面倒とは思いますが、よろしくお願いします。

noname#1280
noname#1280
回答No.1

『朝顔』は「秋の季語」でした。 何故過去形かというと実は「季語」は1999年に一部変更になり今は『夏の季語』に なっているからです。 では何故以前は『秋の季語』だったかというと・・俳句の季語は陰暦を基にしており 「2~4月が春、5~7月が夏、8~10月が秋、11~1月が冬・新年」としていました。 これで朝顔の咲く季節は『秋』とされていたのです。 これが今度は太陽暦に基づいて変更されたので、ほぼ1月づつ後ろにずれる事になり 朝顔は晴れて『夏の季語』になりました。 ちなみに同じ理由で「初鰹(はつがつお)」も『夏の季語』から『春の季語』へ変更になりました。

jun1038
質問者

補足

 早速の回答ありがとうございます。我が家の論争は現在では意味をなさないというわけですね。でも、「論争発端の当時」においてはどうだったんでしょうか。ご意見をお聴かせいただけると幸いです。  それと、別件で質問があります。江戸時代の陰暦8月に朝顔が咲くとします。8月なら秋ですね。これは現在の太陽暦では、9月に朝顔が咲くということです。陰暦の5~7月を夏としたのを、太陽暦の6~8月を夏に変更しても、やはり朝顔は9月の「秋」に咲くことになりませんか。

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