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男性は「参加」でいいのか。
複数の友人夫婦や親戚夫婦が言うことに疑問を感じてならないのです。 最近はどの旦那様もおむつ換えやお風呂、遊んであげたりあやしたりと、細かく子供に手をかけているようで、独身の私としても気持ちが暖かくなるのですが・・・ 口を揃えて「俺も、子育て手伝ってるよ」「子育てに参加してるよ」と言います。 「手伝う」も「参加する」も、「主体は自分ではなく妻にあって、その妻の負担を減らすために、妻の仕事をこなしてあげてる」という風に聞こえるのです。 奥様達(皆さん、子育てしながら仕事も持っているのに)が「手伝ってくれて助かるわ」と謙遜して言うのは解るのですが、旦那さんが「子育てを手伝っている」と言うと、さも「責任転嫁」に聞こえます。 最近、TVでも出演している男性が同じように言っているのを聞くとそんなものかなとも思いますが、皆さんの旦那様もそういう風に仰いますか? その事については、それぞれの奥様は気にしてはいないのでしょうか? 私だけが拘ってるのかも(^^;)。こんな考えはおかしいでしょうか?
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回答とはちょっと違ってしまうかもしれませんが・・・。 たとえば「育てている」etc という言い方をすると、奥さんの中には、「なに言ってるの、ちょっと手伝ってくれてるくらいで育ててるなんて言わないで。育てているのはわたしよ」という方もいるのでは・・・? 男性が育児休暇をとった上で育児をするのなら、それは参加とは言わないですむかもしれません。 しかし、男性が育児休暇をとりにくい現状では、結局は育児のほとんどは女性の負担となるのだと思います。 育児が大変なものであることを知っていればいるほど、男として言えるのは、「手伝っている」「参加している」という言い方になってしまうのかも知れませんよ。 つまり、女性に対する尊敬の念があるのです。
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- hiro715
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生物学的能力としての問題ですが、母乳を与えることが赤ちゃんにとって最善とは言い切れません。母乳は栄養価が高く、赤ちゃんが成長するのに不可欠なものをふんだんに含み、特に初乳には赤ちゃんを感染から守ってくれる免疫物質も含まれます。 しかし、現代ではその様な栄養成分の他に少なくない量の有害成分も含まれています。生物濃縮によって蓄積された重金属や有機塩素化合物(ダイオキシンなど)などがそうです。特に、有機塩素化合物は脂肪分に蓄積しやすく、脂肪が豊富な母乳にも含まれるそうです。 すぐに赤ちゃんの健康に影響を及ぼすほどの量ではありませんが、感受性の高い赤ちゃんに与える影響や生後すぐに蓄積が始まることの長期毒性に関しては研究はほとんどなされていません。 母親しか母乳を与えられないと言うこともありません。母親が搾乳し、冷凍しておくことで、赤ちゃんがお腹をすかせたらそれを解凍し、父親が赤ちゃんに母乳を与えることもできます。 赤ちゃんの認識についても諸説があります。そもそも、人間を実験台として研究することはできません。なので、できるだけ多くの親子を長期にわたって観察するか、極簡単な実験(テスト)を定期的にさせて貰うという程度のデータしか得ることができないからです。なので、児童心理学や発達心理学の「定説」というものは時代とともにどんどん変化しています。 私の経験では、母性に欠けた女性がとても増えてきていると思います。逆に、母性本能と言った方が良いような「父性」を持った男性が増えているとも感じています。 しかし、母性に欠けた女性が専業主婦となり、父性に富んだ男性が職場で四苦八苦していることがほとんどではないでしょうか。これから先、男性が主夫となり、女性が外で働くという夫婦が増えていくことが自然なことのように思えます。また、その様な社会にならないと児童虐待や精神疾患にかかってしまう子どもなど、不幸な子ども・家族が増える一方でしょう。
お礼
回答をありがとうございます。 コメントを控えますね。 ありがとうございました。
>これからもそうでしょうか? そうですね。それにはいくつか理由があります。 1.生物学的に代われない部分があること ・出産は女性のみ ・母乳も女性のみ ミルクで育てるのであれば交代は可能ですが、本当の意味で母乳と同等のミルクはないし、これからも出来てくる可能性はかなり小さいです。(母乳は直接授乳しないと出なくなってくるので、採乳と分けることも出来ませんし) 2.赤ちゃんの認識の問題 実は赤ちゃんは初めは一人の母親(又は母親相当の人)しか認識しません。他の人はみな他人です。 二人を同時認識させるのはミルクで交代で育児すれば可能でしょうけど、これは赤ちゃんの混乱を招くことから問題があり避けるべきという指摘があります。(色んな研究結果があるそうです。このあたりは元ソニーの会長で晩年は育児の研究・啓蒙活動に熱心だった井深氏の著書にも書かれています) つまり父親か、母親か、どちらでも良いかもしれませんが、どちらかを主、もう一人を従としなければならないのです。 以上のことを踏まえると、世の中全体では男性が主で女性が従という形が主流になるかというと私はならないのではと思いますよ。 二人が平等にというのは2番の問題が出てくるので、これは生物学的な本能部分からの変更を求められます。 実際私は2番の問題から、母乳育児をした方の子供がなかなか私をその他大勢から格上げされたもう一人の親として認識してもらうのに苦労しましたので。 単に親の都合だけではなく子供の生物学的な本能も考えねばこの話は親の勝手な論理にすぎなくなってしまいますのでね。難しい点です。 あとこれは単に男性の努力の問題なのかもしれませんし、個人差もある話ですが、女性はつくづく育児向きに出来ているなぁということです。体の仕組み、脳の構造、などなどそれ向きに出来ているのは確かです。女性は自分では気がついていないと思いますけど、男性からみるとそのあたりの本質的に持っている能力の差を感じます。 もちろん、男性には不可能ということはないんですけど、それに必要な努力は女性より非常に大きいものがあるのは事実です。(生物学的に不可能な先にあげたことを除いて) これはさすがに男性として育児をしてみないとわからない部分かもしれませんが。私自身はあくまで参加の形とはいえ、結構細かな中まで関与していたこともあり感じるところです。 たとえば子供は3度の食事だけでは足りないため、お菓子なども食べますけど、男性は成人するとあまり興味はないし、食べると糖尿病になりやすいので、結局子供にお菓子を買ってあげるという概念が思いつきませんが、女性は自分で食べるから必然的に子供にもお菓子はあげますよね。 これは単に一例ですが、時としてふと感じることが色々あります。 うちのかみさんが最近言うのは、自分にはあまり母としての生まれつきの能力というのはないと思っていたけど、色んな点で子育てできるように作られているんだと感じることがあるとのことです。たとえば他のことではおきないけど子供が夜中に何かあると直ぐに気がつくなどですね。私の方はどうも全く気がつかないようです。 あとは、能力的に向いている女性を主体とするのか、能力的に初めから不利な男性を主体とするのかなどは、もう個人個人の考え方と能力次第なのではと思います。一般的傾向がそのまま個人には当てはまりませんから。 ご質問者の言うとおり、時代の変化とともに育児のやり方も変わってもよいのではという主張は良くわかるのですが、一方で生物学的に変わっていない部分(出産・母乳は母親のみ、赤ちゃんは当初は母親or母親相当の人一人のみしか認識しない・させるべきではない)という部分をないがしろにしてまで、無理やり変えるのはどこかにひずみが生じるから、それを踏まえたうえであり方を考えるべきではと思います。
お礼
回答をありがとうございます。 何回か書いたのですが、この質問は「女性が育児をすべきか?向いているか?」ではないので・・・。質問の回答からは段々外れてきましたね。 生物として、というお話は、この質問から大きく外れますので、コメントを控えますね。 ご意見ありがとうございました。
こういうことをいうとご質問者初め皆さんに総すかんを買うかもしれませんが、そもそも前提条件が間違っているように思います。 つまり、ご質問でかかれたような育児参加の内容だけでなく、そもそも育児というのはお金がかかり、経済的に支える意味も含まれます。一般に養育費と言われるように、それも含めて考えるべきです。 共稼ぎでも妻の稼ぎで完結していて、夫の稼ぎは+αに過ぎないような場合であれば、夫はもっと努力しなければ参加しているとはいえませんが、そうではない場合まで含めるのは非常に疑問です。 そもそも生物学的に男性と女性は同一ではありません。男性は子供を生むことも、また育てるための母乳も出ません。ではこの人間という種族の中で男性の役割が何かというと、昔であれば狩などにより食料を調達すること、また外敵から身を守るために女性・子供のたてとなることです。 現代はその様相が大分変ってきたとはいえ、結局子供の出産・授乳(母乳)は女性の専業であることは昔からも、また今でも変りようがないのです。 つまり男女の役割を入れ替えることも、完全に女性の代わりに男性がその役割を果たすのは不可能なのです。 ちなみに昔の時代には女性は専業主婦だったわけではなく、木の実をとるなど、ある程度は仕事も同時に行っていました。ただ現代においてはその仕事内容が男女で大差が無くなってくると、ご質問にあるように女性も共稼ぎしている場合には、「お互いの労働量が平等になるように」育児のほかの面、風呂入れ、ミルクの授乳、オムツがえなどにも参加することは、男女平等の考え方に合致していると思います。 (育児は非常に大変な労力を伴うことからたとえ専業主婦であっても、男性の協力は必要と思います。核家族が普通になっていますので、昔のように祖父母による援助が無理ですから) で主体がどちらなのか、全く平等なのかというのは、その家庭次第でしょう。 男性は育児の経済的側面の主役を担い、女性は具体的なそれ以外の世話の主役を担うというのがこれまでの形態だし、これからもそうなのですから、「女性主体の育児部分にも参加する」という意味では、あくまで参加という言葉を使うのは不適当とは思いません。 逆に妻も夫と同等の経済力で経済的にも育児に妻が参加しているのであれば、もはや夫は経済的に育児の主役とはいえませんから、参加するという程度では駄目で、主役として行動することが求められるでしょう。 と男性側の意見でした。 個人的な話としては、私の場合は専業主婦の妻の育児に参加する、協力するという姿勢でいます。 ただし経済的な問題については全て私が責任を持つ形で進めています。
お礼
回答ありがとうございます。 )総すかんを買うかもしれませんが いいえ。そんなことありません。嬉しいです。 )そうではない場合まで含めるのは非常に疑問です。 これまでの回答で書いておりますが、私もそうでない場合まで広げるつもりはありません。この前提に限っていたつもりでしたが、質問文の未熟ゆえですね。大変失礼しております。 )男性は~経済的~女性は具体的な~世話~~これからもそうなのですから これからもそうでしょうか??それはmickjey2さんが仰るとおり、 )主体がどちらなのか、全く平等なのかというのは、その家庭次第 でしょうし、これからも変わっていく事のように思います。 実際に逆になる、あるいは既にかなり平等に近い形の夫婦が私の周りには多いです。mickjey2さんから見ると、レアケースなのでしょうね。 )妻も夫と同等の経済力で~育児に妻が参加しているのであれば~~主役として行動することが求められるでしょう。 すごく簡潔に纏まっていて、解りやすく、とても肯けました。そうなると、逆に妻が「参加する」「手伝う」という形になるのですね。 )私の場合は専業主婦の妻~経済的な問題については全て私が責任を持つ 専業主婦の奥様も、間接的にmickjey2さんの経済活動(仕事)を支えていらっしゃると思うので、家事育児が主で経済活動補助の奥様と、経済活動が主で家事育児補助の旦那様というイーブンの形ですよね。 重ねますが、私の質問は、はこれを否定するものではありません。 経済活動をにおいても育児においても「夫婦両者が主責任者」と見える夫妻の旦那様が、「手伝っているだけ」と発言することが適当かどうかという事【だけ】を問うているつもりでしたが、わかりにくくて失礼いたしました。 反論のように書いていますが、そうではなく、ご意見が聞けて嬉しいです。 どうもありがとうございます。
- gomapu-
- ベストアンサー率18% (10/53)
こんばんは。 おっしゃること、とてもよく分かります。 確かに男女平等であるべき世の中で、おかしいですよね。 おかしいと思える原因は、2つのケースがあると思うんです。“社会の目”と“旦那自身の意識”の二つ。 前者は男の人に「手伝っている」「参加している」という言い方をさせてしまう、女性が育児が当たり前という前提が社会にあること。 後者は、実際旦那さん自身が、女性が育児をして当たり前、という認識をもっていること。そのため「手伝っている」という意識しかない。 この二つは本当に、改善されるべきことだと思うし、私自身が女ですので納得いきません。(専業主婦なんですけどね^^;でも女性一人で子供できたわけじゃないですし) スレ主さんが「俺も、子育て手伝ってるよ」「子育てに参加してるよ」という言葉にひっかかるのも、女性が育児をして当たり前、という思想を連想させるからじゃないでしょうか。 でも、下の方々にもありましたが、奥さんをそんな社会の目から守りつつ自分も育児をするために、奥さんをたてて「手伝っている」という言い方をしている人も中にはきっといると思います。 外で言うときだけ「手伝っている」というなら、全くいいと思います(むしろ歓迎すべきなくらい)。やっぱりダメ主婦の烙印は、あまり押されたくないですもんね。社会が良かろうが悪かろうが。実際ダメ主婦だろうが(笑) でも家の中で「手伝ってるだろ」という言われ方を旦那にされたら頭にきますね。お前も子供に責任もてよと。 気になってもおかしくはないと思いますけど、ケースバイケースだと思いますね~ 「奥さんを思いやって言っている」のか「本当に手伝う意識しか持ってないのか」ですね。
お礼
回答ありがとうございます。 )下の方々にもありましたが、奥さんをそんな社会の目から守りつつ自分も育児をするために~~ そうですね。それはありと思います。 )実際旦那さん自身が、女性が育児をして当たり前、という認識をもっていること~~納得いきません。 反論するようで恐縮ですが、私はこれは専業主婦さんの損な面であると共に、お得な面であるように思います。(私個人の考えですので、流してください) 回答ありがとうございました。
- POKIE
- ベストアンサー率33% (266/784)
#4です。どうも説明の仕方が悪かったようです。 私は断固として男性の育児参加、特に共働き+家事/育児平等負担を理想とするものです。 が、現実的には仕事をしない専業主婦母親が大多数で、仕事という家庭維持のための責任を全く請け負わない代わりに家事・育児を行って居るわけですから(このこと自体は当人同士の納得の問題でどうこう言う事ではないが)、その上に”家事は大変、育児が大変だから男性もそれを手伝わないと不公平だ”というのはずうずうしいにもほどがある。男性のみが収入を得ている場合には男性は収入を得てくる事で育児(子供の養育といっても良いです)を含めた家庭維持に充分貢献し、責任を持っているといえるのではないでしょうか。間接的な責任といっても良いかもしれませんが。その事を忘れて、さも自分ひとりで育児に孤軍奮闘しているように声高に”手伝ってくれて助かる”などという専業主婦のねじくれた似非平等論が私は気になります。 ”一緒に子育てをしている”といえるような関係が私の理想としている形ではありますが、男性にも直接的な育児に参加し、直接的な責任をも持って欲しいというのならば、それは女性も仕事をしている事が前提と思います。 育児を含めた家庭維持の責任は男性女性に同じようにあると思いますが、実際問題としては家庭維持の収入の部分の責任を女性は果たしていない(事が多い)わけで、その分、直接的な家事・育児に責任を持つのは当然だと思います。逆に女性が仕事をしているなら、男性の育児への責任は同じようにあるべきと思います。 そういった事が先のコメントのしたにはあったわけで、pipijuiceさんの周りの方が共働きで、男性が育児に積極的に参加し、責任を取っていないとすれば(お手伝い程度)私も気に入りません。 ただ、専業主婦が大多数の現状では、男性が育児に対してお手伝いになってしまうのは当然で、世間一般の状態としては当たり前ではないでしょうか。
お礼
2度も、回答ありがとうございます。 すいません。質問文が下手でしたね。 私の周りには専業主婦は全くおらず、みんな働いています。ですので、今回の質問も、「共働きで、しかも夫婦両者が共に、仕事と育児に携わっている」という前提で書いたつもりでした。 専業主婦さん達が、「子育ては私が引き受けた!」ということ(?)でしたら、仰るとおり、 )男性が育児に対してお手伝いになってしまうのは当然 ということは、その通りだと思います。 )現実的には仕事をしない専業主婦母親が大多数で なぜか私の周りでは、専業主婦は居らず、夜勤がある仕事や、自営の「職業婦人さん」ばっかりなのです。で、旦那様も当然のように【手伝っているだけ】の域を超えて、子育てしている、その状況での「手伝っている」と言う言葉の使い方のこと【だけ】を問うたつもりでした。レアケースなのでしょうか。変な事にこだわってしまう私です(^^;)。 専業主婦さんがずうずしい主張をしているかどうかという事は、この質問から少し外れると私は考えますので、これについてはコメントを控えます。 お忙しい中、回答ありがとうございました。
おっしゃっていること共感しますね~ 男性の育児への関与はたとえ少なくても、なんとかかかわるべきだと思うし・・・ 手伝うとか参加していると言った言葉は確かに主体性にかけ、子育ての責任を女性にまかせているように聞こえます。 例え時間が短くても、濃密にかかわって欲しいし・・というか当然のことだと思います。 女性の負担がどうこう・・という問題ではなく、男性からみて自分の血を分けた子なんだから・・と思えるのです。 子育てってどちらかがすべき「仕事」・・・ではなく、二人で共同してかかわっていくべき大事な役目だと思うのです。 働いているから主体的でなくていい・・というものではない・・と思います。 「子育て・・やってますよ・・もちろん」 と明るく言い切って欲しいな・・と思います。
お礼
回答ありがとうございます。 そうですよね。ちょっとやるだけならともかく、【手伝ってるだけ】などという域を超えてがんばっているパパは是非、 )「子育て・・やってますよ・・もちろん」 と言って欲しいですね。 ありがとうございました。
- hiro715
- ベストアンサー率31% (120/379)
#2です。 > 既に主体と言えるほど(?)子育てしている旦那様が、どうして自分の行動を【手伝っているだけ】と表現するのか 社会的には母親が子育てをはじめとした家事をするのが当然と思われています。共働きで女性の方が長時間働き多額のお金を稼いでいたとしても、家事の主体は女性であるべきだというのが今の社会の実情だと思います。 その様な中で男性が「子育てしている」と言ってしまったら、仕事などを頑張っている女性が「駄目な主婦」と思われかねません。その様な意味もあって「手伝っている」などと表現しているのではないでしょうか。
お礼
お忙しいでしょうに、2度も回答いただけて嬉しいです。 ありがとうございます。 )家事の主体は女性であるべきだというのが今の社会の実情だと思います。 実情は仰るとおりです。 私はこの実情は残念だと思っています。友人の女性が働いている時、「お子さんは?」と聞くと、「今日は旦那が見ていますから」との返事。 彼女は「駄目な主婦」と思われる・・・と、そういうわけですよね・・・。 私は逆に、「旦那様は理解があって素敵だなぁ」と思います。 女性の多くはそう思うと思いますが、男性からみると「子供をほったらかしで働く駄目主婦と、妻を働かせて子育てする変わった夫」と見られるのでしょうか? ん~~・・・そんな事無いと思うのですが・・・。 )その様な中で男性が「子育てしている」と言ってしまったら 妻を思って「手伝っている」と言っているというのも、ありはありですよね。大丈夫なのになーと感じました。 やっぱり胸を張って「子育てしている」と言って欲しいと思います。 反論のような事を書いていますが、そうではありません。考えの違う方から2度も回答をいただけて、嬉しいです。 ありがとうございました。
- POKIE
- ベストアンサー率33% (266/784)
非常に考えさせられる質問です。 質問者さんが言いたいのは”手伝っている”という表現に主体性が感じられない、子育ての責任は女性にあり、男性はその補助的なもの、というか、悪く言えば本来自分の責任ではないものを手伝ってあげている、というような感じがする、という事ですよね。 精神的な育児に対する責任感は父親、母親動揺持っているべきと思いますが、実際問題として主に家事や育児を行っているのは(その是非はおいといて)女性で、そういう意味では主導権(主責任)は女性にあるといっても良いと思いますので、私はその言葉自体に悪い感じは持ちません。 共働きの場合は確かにもう少し男性も育児に対する責任をおっても良いかと思いますね。 ただ、質問者さんのおっしゃる”皆さん、子育てしながら仕事も持っているのに”は不正確と思います。手のかかる子供を持つ母親の圧倒的大多数は専業主婦です。
お礼
回答ありがとうございます。 )悪く言えば本来自分の責任ではないものを手伝ってあげている そうです。まさに、語感で言うとそう受け取ってしまう言葉であると思うのです。 )実際問題として~育児を行っているのは~女性で~主責任~は女性にある~~ 「責任」と言うのは重い言葉です。それが「女性のみにあり」と言い切られると、こればっかりは考え方が違いますね、としか申し上げられないのです。 私は、実際問題として育児を女性が行っている事は否定しません。しかし、それが=「責任は女性のみにあり」とは、思っていません。「責任」は「両者に平等にあり」と思っています。分け合って当然と思っています。勝手でしょうか・・・? 考え方(スタート)が違いますので、私と違う結論になってしまっています。反論のように書いていますが、そうでは無いです。 違う考えの方からご意見がいただけて嬉しいです。 どうもありがとうございます。
共働きだったら確かにおかしい気がしますね。 ただ専業主婦だったら、家事、育児は妻が主体にやるべきだろうし特別変な感じじゃないですね。 妻が専業主婦の場合、男の方は仕事をするのが、まず第一ですから。
お礼
回答ありがとうございます。 )共働きだったら~ そうなんですよね。私の周りには専業主婦は全くおらず、みんな働いています。旦那様より稼ぎが・・・な方も(^^;)。 ただ、彼女達は威張ったりしていません。自分はがんばって働きつつ、「子育て、手伝ってくれてありがとう」と、旦那様を立てています。 ですので、余計に違和感があるのです。 専業主婦さんでしたら、(「子育ては私が引き受けた!」ということ(?))でしたら解るんですが・・・。 )妻が専業主婦の場合、男の方は仕事をするのが、まず第一ですから。 最近は逆の夫婦も(^^)。 回答ありがとうございました。
- hiro715
- ベストアンサー率31% (120/379)
男性が「手伝」ったり「参加」するだけでいいのかというのは、それぞれの夫婦で話し合って決めることだと思います。 人間の肉体的には、女性の方が子育てに向いていると思えますが、肉体的な特徴だけでできるものではないと思います。また、子を育て、生活していくためには仕事をして金を稼がなくてはなりません。 肉体的、性格的にそれぞれどちらがどのようなことに向いているのかを考え、分担するべきなのだと思います。
補足
回答ありがとうございます。 書き方が解りづらく、失礼しました。 )「手伝」ったり「参加」するだけでいいのか というのは、hiro715さんが仰るとおり、それぞれで決めて良いと思います。どちらの肉体が向いているというのも、稼ぐためにというのもその通りと思います。 私が疑問に思ったのは、 「既に主体と言えるほど(?)子育てしている旦那様が、どうして自分の行動を【手伝っているだけ】と表現するのか」 それが適当かどうかな?という事なのです。 本当に、解りづらい文章ですいません。 それについてまたご意見いただけたら、嬉しいです。 回答ありがとうございました。
補足
回答ありがとうございます。 )回答とはちょっと違ってしまうかもしれませんが・・・。 いえ、とんでもない。 ありがとうございます。 そうですね。ちょこっとやっている程度でしたら、 )、「なに言ってるの、ちょっと手伝ってくれてるくらいで ・・・と、なるかもしれませんね。奥様の方が既に 「私1人でやっているんだ」という感覚での事になりますね。 それはなんとなく残念です。二人が主体でやっていくのが良い様に思います。 )男性が育児休暇をとりにくい現状では 実際に取ろうとすると難しいのは事実ですものね。 )男性が育児休暇をとった上で育児をするのなら、それは参加とは言わない そうなのです。言いたかったのはまさにこの事で、 友人(女性)は看護士、その旦那様はフリーのエンジニアという夫婦や、 いとこ(男性)は放蕩旦那(笑)で、奥様は大店の女将という夫婦まで、 一様に「旦那が子育てを手伝う」という表現をしているのが 「?」だったのです。 書き方がわるかったですね(^^;)。 ご意見ありがとうございました。