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ヘレン・ケラー
ヘレン・ケラーは、目が見えず、耳が聞こえず、話せないのにどうやって教育家・社会福祉活動家・著作家になれたのですか?
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質問者が選んだベストアンサー
両親が諦めかけていたにも関わらず、医療関係者の必死の努力で立ち直ったと言われています。視覚、聴覚、発声が出来なくても、手のひらに指で文字や絵を描く事で理解出来る方法があった(触覚)からだと思われますが、背中に指で絵や文字を描くなど、触覚を使ったコミュニケーション方法があるようです。スマートフォンが指で入力出来るのと同じ方法ですが、コミュニケーション方法が無かったら、立ち直るのは無理だったでしょうね。 これをロボットに置き換えて考えてみるとわかりやすいのですが、ロボットはカメラ、マイク、スピーカーが無くても、三軸制御で動かせる腕があれば、文字や絵を描くのは可能ですよね。タブレット式の入力装置があれば、文字や絵を描いて入力出来ますよね。おそらく、触覚を使った入出力が出来たのが決め手になったのだろうと思われます。 ヘレン・ケラーが立ち直れたのは、言葉が悪いですが、お金持ちの家に生まれたからです。多くの人達の努力があったからです。
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- kaitara1
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回答No.3
全ての物ごとに、それぞれ名前があることを知ったからという説もあるようです。
- go-yachan3
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回答No.2
視覚と聴覚は失いましたが 触覚は残っていました。 他の人が持っている感覚を二つ失った状態だったので 本当に努力の賜物としか言えませんね。
質問者
補足
>本当に努力の賜物としか言えませんね。 想像を絶しますね。
補足
丁寧な解説ありがとうございました。 非常に分かりやすかったです。