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【宗教哲学】出会いの数だけ人生だ という言葉があ
【宗教哲学】出会いの数だけ人生だ という言葉がありますが、出会いがない人は人生を歩んでいないってことですか?
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noname#259322
回答No.1
「出会いがない人」も人生を歩んでいます。 「他人との出会いがない人生を歩んでいる」というだけです。 そもそも「出会いの数だけ人生だ」は宗教哲学ではありません。 何教の教えですか? ケツメイシの曲の歌詞に似たような歌詞がありますし、経営者などが好んで使いそうな言葉ですから、宗教ではないように思われます。 そして、この言葉の意味するところは 「自分とは違う人生を歩んでいる他人と私的に触れあうことで、自分にはなかった視座を得たり、他人の考えや価値観から学ぶことができる。それにより、自分自身の人生をより豊かにすることができる。また他人と触れ合うこと自体が楽しいことであり、より充実した人生であるという感を得られる。」 といったあたりではないかと思われます。 人間は社会性動物です。 他人と出会う=触れ合うこと自体に楽しみや人生の張り合いを見出す個人は意外と多いものです。 しかし同時に、人間の中には「どんな他人とも友好的にふれあうことが難しい」個人もいます。生まれつきの脳の発達の偏りで社会性が乏しいとか、後天的な学習から他人との触れ合いに喜びを見出さなくなる人もいます。 そういう人が、他人との出会いに消極的だからといって、人生を歩んでいないわけではありません。 人生が文字通り、生まれ落ちてから息を引き取るまでの時間の範囲を意味するとしても、哲学的に「どのような生き様であったか」を意味するとしても、他人と出会いがないというだけで生きていなかったわけではないのですから。
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