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耳の痛いアドバイスに傷ついてしまう
こんにちは。 私は人のアドバイスが厳しい言葉だと傷ついてしまいます。 相手は傷つけようとしてそう言うのではなく、私に頑張ってほしいからわざと厳しく言っているのだと思おうとしますが、凹む気持ちのほうが強いです。 友人等の行き過ぎたジョークなら笑ってごまかせるのですが、耳の痛い(的確な)アドバイスは単純にアドバイスとして受け取れないのです。 周りの人はそういう厳しい言葉でもうまく自分の糧にしているように思えます。 そういう話(「○○に××と言われて、まぁ的確なんだけど、あれは傷ついたな…」というような。)をあまり聞かないからです。 私は傷つくと友人に一度吐き出すことが多いので、そう言わない友人を見るといい意味で「鈍さ」を持っていると思います。 私の為になるはずのアドバイスが、無駄に私の感情をマイナスにさせているような気がします。私に対する悪口ではないのに、同じような捉え方をしています。 もうちょっといい受け取り方(無駄に凹まずに、自分の力のプラスにできる受け取り方)をするにはどうしたらいいでしょうか? 「自分はこういう解釈をするようにしている」ということがあったら教えてください。
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質問者が選んだベストアンサー
質問者さんは、「行き過ぎたジョーク」と「耳の痛い(的確な)アドバイス」の区別が付くということは、自分の欠点(または気にしている点)を自覚するだけ冷静な気持ちに慣れていらっしゃるように見受けられます。 また質問文からは、自分の感情面でのマイナスだけにとらわれず、「私の為になるアドバイス」と、感情と出来事を区別して考えられる聡明な方と見受けられます。 ---- 私も同じ経験があります。 下記のような考え方を手書きのメモにすることで半分くらいは克服できています。 もしこれで効果がないようでしたらNo.1~5さんの回答が参考になると思います ------------------------------------------------------------------------ ★ 良薬口に苦し「されど、自分自身でオブラートに包むことは出来る」★ ------------------------------------------------------------------------ ------- たとえば禁煙できない意思の弱さを責められた私の例:) A. 直接言われた言葉 子供「パパが禁煙できない(行為)のは"意思の弱さ"(人間性)よ」 意思の弱さという人間性を表す言葉で凹む...。 ↓ B. 真意を解釈してみる(家族の場合は腹を割って話すこともある) 子供が本当に言いたいこと = 私の"意思の弱さ"を責めているのではなく、単に禁煙してほしいだけ。 = 責められているのは、"意思の弱さ(人間性)"ではなく"喫煙(行為)" C. 具体的手段を考える 責められているのは”人間性”ではなく”行為”なのだから... ...ここから先は"禁煙方法"という別の話題になりますので、省略します。 --- もしこれが効果ありそうだと思うのでしたらNo.6さんの「甘えちゃいけませんね。」を「無駄に凹まずに、自分の力のプラスにできる受け取り方」にする練習問題にするのもいいかも --- No.6様、貴方様の真摯な回答をネタに使わせていただいたご無礼、お許し下さい。
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- MilanoSandA
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良薬口に苦し。 ピンポイントのアドバイスは 胸にぐさっときます。 だから効くんです。 > 私の為になるはずのアドバイスが、 > 無駄に私の感情をマイナスにさせているような気が 甘えちゃいけませんね。 人を厳しく叱るのって、叱るほうも相当なエネルギーがいるんですよ。 叱った後も、「あんな叱り方でよかっただろうか」「逆効果になりはしないか」って、かなり悩むものなんです。 それでもなお、あなたのためを思ってあなたを叱ってくれる人の心の痛みも考えなさい。 ---- いちど、人にアドバイスする/叱る立場に回ってごらんなさい。
お礼
回答ありがとうございます。 >人を厳しく叱るのって、叱るほうも相当なエネルギーがいるんですよ。 そうなのですか。知らなかったです。 >それでもなお、あなたのためを思ってあなたを叱ってくれる人の心の痛みも考えなさい。 言われる方が絶対痛いと思っていました。 >いちど、人にアドバイスする/叱る立場に回ってごらんなさい。 アドバイスはまあまあするのですが、私は相手の痛いところはつかないで提案しますね。たまには厳しいアドバイスを送ると自分のためにもなるということですね。
- tazuki
- ベストアンサー率52% (18/34)
こんにちは。 耳の痛いアドバイス、自分のためだと分かっていても確かに悲しくなりますよね。多分どんな方でもこういう思いをされているはずです(きっと質問者さまのご友人も)。だからあまりご自分を責めないでくださいね。 私は、耳の痛いアドバイスをいただいた場合は、心中がどうであれ「ありがとうございました」とお礼を言うようにしています。ここで「そんなことはない!」とつっぱってしまうと、『なんてことを言ってしまったんだろう』と後悔の元になってしまうからです。 アドバイスを受けた後は、その言葉について一人でじっくり考えます。心を落ち着けて、自分を見つめ直します。時間が経って言われた時の衝撃が和らいだぶん、素直に耳を傾けることができます。 私個人の意見としては、友人に愚痴を言っても構わないと思います。質問者さまはそのアドバイスが自分のためのものだととらえることが出来ています。それが一番大切なことではないでしょうか。愚痴を言うというのは、他人に話すことで自分の心を整理したり癒したりする行為だと私は考えます。愚痴を言って心を安定させてそのアドバイスに向き合う。それで十分だと思います。愚痴を聞いて「そうだね。」と言ってくれる友人がいる質問者さまは幸せ者ですね。
お礼
回答ありがとうございます。 >ここで「そんなことはない!」とつっぱってしまうと、『なんてことを言ってしまったんだろう』と後悔の元になってしまうからです。 これはホントそうですね!後で自己嫌悪に陥ることがあります。 >愚痴を聞いて「そうだね。」と言ってくれる友人がいる質問者さまは幸せ者ですね。 そうですね、いい友達を持ったと思います。 ただ、やはりそれに甘えすぎるのはいけないので、相当高ぶったときしか愚痴らないように心がけています。 正しいアドバイスも愚痴のみで処理してしまうと自分のためにならないので、(愚痴っても愚痴らなくても)時間によってある程度心が落ち着いたら冷静に考えてみることが必要ですね。
- honu
- ベストアンサー率26% (17/63)
自分の思いは置いといて、とりあえず(とりあえずですよ)飲み込むしかないでしょう。 私も頑固だと言われます。ですから、特に自信を持って望んだことに対して、横槍が入ると逆ギレしちゃいます。後で冷静になって考えると図星だったりして・・・。 でも、一から十まで人の言う事を聞いてる訳にはいかないのも事実ですから、最初から受け取り方でつまずくよりは、まずは受け取って、不本意ながらも実践してみて、「ホントだ、あの子の言う通りだ!」って言うのを身体に植えつけるしかないかなと思います。そうすれば、自然に受け取り方・聞き方も変わってくるんじゃないでしょうか。「あの人は何度アドバイスしても耳を貸さない」と思われてるかも知れませんしね。
お礼
回答ありがとうございます。 >一から十まで人の言う事を聞いてる訳にはいかないのも事実ですから、最初から受け取り方でつまずくよりは、まずは受け取って、不本意ながらも実践してみて、「ホントだ、あの子の言う通りだ!」って言うのを身体に植えつけるしかないかなと思います。 感情と行為がそわなくてもやってみれば新しいことがわかるかもしれませんね。 この質問を投稿してみて、ここまでお礼を書いてきて、人によって私の質問文の取り方(私の性格面について)が若干違うと思いました。 具体的な事例について書くと常に心がけるべき姿勢に焦点が定まらないかもしれない(誰が悪いとかの話にそれる恐れがある)と思って、あえて具体例を挙げなかったのですが。 言葉で正確に表すのは難しいですね。 ただ、それぞれの回答について私はきちんと受け止めて、色々なケースに対応できるようになればと思っています。
- tomato5656
- ベストアンサー率20% (135/657)
こんにちは。 私は、その人になったつもりで考えてみます。例えば、その人が苦労したときにどうやって乗り越えたかを思い出します。そうすると、どうしてそういうアドバイスがでてきたか納得できます。 どうしても納得できない場合は、「このアドバイスは私には向いてないな」と思います。アドバイスしてくれたことにはもちろん感謝しますよ。「こう考える人もいるんだ」と心のデータベースにしまって、今後の参考にします。 でも、世の中には、アドバイスという形で直接悪口を言いたいだけの人もいます。そういうコメントは無視します。一時期は真面目に相手をしていましたが、無駄なので話すのをやめました。「逃げるのか」とか言っていましたが、私のことを考えて言っているのではないことが明らかだったので。もちろん、そんな人にアドバイスは求めません。(勝手に来ますが) 厳しいことを言われても、「いい受け取り方をしよう」と思うことはとてもいいことだと思います。でも、アドバイスはあくまでアドバイスです。その人が解決してくれるワケではないんです。あくまで参考です。アドバイスをくれたことには感謝しつつ、それ以下でもそれ以上のものでもない・・・と気楽に考えていいと思います。 それに、自分にとってプラスになったと思えるアドバイスをくれた人には自然にリピートすると思います。
お礼
回答ありがとうございます。 >私は、その人になったつもりで考えてみます。例えば、その人が苦労したときにどうやって乗り越えたかを思い出します。 厳しい分、その人の過去の経験が含まれていると考えれば納得できますね。言葉が厳しいのはその分親身になってくれているからであり、親身になってくれるのは同じような経験があったからだと思えば。 >でも、世の中には、アドバイスという形で直接悪口を言いたいだけの人もいます。 幸い私の周りにはいませんが、もしかしたらそういう人も現れるかもしれませんね…。そういう人は無視の方向ですね。そのへんの見極め(アドバイスか、悪口か)は重要ですね。 >アドバイスはあくまでアドバイスです。その人が解決してくれるワケではないんです。 そうですね、自分がそれを聞いてどう解決するかが大切ですよね。 こう考えると、アドバイスに対する姿勢が自分の中で少し変わったような気がします。 うまく言えないのですが、会話に出てくる言葉を「優しい言葉」と「棘のある言葉」とに無意識に分類して喜んだり悲しんだりしていたと思うのです。 アドバイスがきつい言葉だったら、それは自動的に「棘のある言葉」に振り分けられて悲しい感情が起こる…という一連の流れができていたのですが、アドバイスとは言葉が振り分けられた時点で感情に結び付けるべきではない、と思いました。 受けた自分がどう感じるかより、その言葉を受けてどう解決するかに意識を向けようと思いました。 なんか、まとまらなくてすいません。
- miwawan
- ベストアンサー率20% (21/102)
わかりますその気持ち! わたしもblue-zbさんと同じタイプだと思います。 ようするに、素直さが欠けているのかと。 指摘(アドバイス)されるのがうざいんです。 自分のやったこと思ったことが一番だと思っているのです。 それに自分に指摘(アドバイス)する人はやな人だと思いがちです。 というわけで、わたしは会社ではなるべく自分の感情は出さずに人の意見は素直に聞くようにしています。 これでうまく行くような気がします。 素直になると向上心も自然と出てきます。 嫌いな人にアドバイスされてもそう簡単に素直に聞けるものでもないですけど、忍耐と努力ってやつですかね。 家でも同じようにできればいいのですが、そううまくはいかず、ダンナにアドバイス(指摘)されると反抗してみたり、逆切れしてダンナに指摘してしまいます(笑)
お礼
回答ありがとうございます。 >わたしは会社ではなるべく自分の感情は出さずに人の意見は素直に聞くようにしています。 アドバイスを受ける身としてクールな姿勢を保とうとすることは、へたにダメージを受ける心配を低減してくれそうですね。 私の場合は嫌いな人に指摘されるより、むしろ「この人の言うことは正しい」と普段思っている相手に言われると結構落ち込んだりします。 厳しいアドバイスをくれる相手に対して、嫌な人だとはあまり思いません。 感情の割合は 【自分が悪いから仕方ない、その通りだ(けど凹む)】:【なんであんな言い方なんだろう、やな人。(相手も悪い。軽い怒り或いは反発)】 =8:2 くらいですね。 私は嫌いな人がほとんどいないのですが、これから生きていくうえでどうしても我慢できないくらい嫌いな人からアドバイスを受けることもあると思います。 だから、嫌な人にアドバイスを受けたときにはこの回答を思い出そうと思います。
あぁ、同じ方がいらっしゃる・・・良かった(^^) でも、友達でも多いですけどね。 あなただけではありませんよ。素直な人ほど、 敏感になってしまうと思いますよ。 的をつく厳しい指摘というのは、誰でも 受け入れがたく、犯人にされた感じがしてしまいます。 「え!?鋭い・・(_ _。)・・・シュン」なんて ことはしょっちゅうです。私は現在医療系の大学に通っています。それで、実習の時は、先生からこてんぱんに 言われています。「あなたを見ていると大体大着物が すること!そんなんで患者さんが診れる?嫌だったら とっとと止めなさい!」と大声で言われます。 「大着、ドジ、怠け者」と同級生の前で言われるのって すんごく恥ずかしいし、受け入れがたく、涙が にじみますが、でも、ある先輩から言われました。 「私もあの先生から色々言われたよ。私の性格すら まともに見て貰えないのかと思ったくらい、悔しかった。 でも、先生の忠告は間違っていない。あのまま性格を直さなかったら、きっと患者さんの前でも無頓着な態度をとっていたと思うよ。相手が思いを込めて言ってくれたと 思って自分を直そうとしたよ。」と言ってもらえたことが ありました。それで私はこの大学を辞めずに済みました。 大げさかもしれませんが・・忠告から自分が全否定された 気になって恥ずかしいし、逃げたいし、それはもう グサグサきますが、それでも、相手が言ってくれた 事をノートに箇条書きにするようにしています。 例えば、左のページ「あんたは甘えている」→ 右のページ「今度は逃げずに一つずつこなせば良い」と 書いています。書いて見直しているうちに だんだん気持ちが落ち着いて前向きに見られるように なりました。現在私は通院していて、その担当医から 「4行日記」を薦められました。私はまだ手をつけていませんが、すでに良い状態を書くことだそうです。 例えば、実際は「今日は怒られて凹んだ」という事実を 書かずに、「私は厳しい指摘にも耐えられる強い性格の 持ち主です」と書くんだそうです。それを続けて いくとだんだん頭の中に肯定的な考えが生まれて 精神的に強くなれるとおっしゃっていました。 受け身ばかりではなく、自分から自分を直そうと 努力すれば、精神的な悩みを軽減することが できると思うので、私はやろうと思います。 例え、今の自分が一生懸命やっても認められなかったとしても、器の大きい人間になれるのだったら、 やって損はないですよね。長くなりましたが、 叱られている人間はたくさんいるので 安心してください(^^)ですから これから強くなっていきましょう(私も・・)
お礼
回答ありがとうございます。 ノートを左右で使い分けるのはよさそうですね! 私も「冷静に、アドバイスの真意を考えよう」と思おうとして、それでもやはり落ち込んでしまうことが多いのですが、頭の中でやろうとするからうまくいかないのかもしれません。 字にすれば目で確認できますから、効果が上がりそうです。今回の質問で具体的には触れなかったのですが、私も学校の先生に言われたことでちょっと凹んでいました。だから割りと近いな~と思いながら回答を読みました。 4行日記には「あ、そういえば」と思うことがありました。以前にダイエット関連のコラムで「『やせなきゃ』より『私はやせている』と思おう」というのを読んだことがあります。 理想と現実のギャップを自ら突きつけてしまうと自信がなくなってしまうから、既にダイエットに成功した自分を思い描くことがよいようです。それと似ていますね。 具体的な方法が述べられていてためになりました。
お礼
回答ありがとうございます。 オブラートに包む訓練とは論理的に考えること、ですね。A→B→Cとわかりやすく書いていただいて、これなら私もできそうです。 一度順を追って文字に落としてみると、時間が経つのを待つよりも早く平常心に戻れそうです。 ちなみに… >また質問文からは、自分の感情面でのマイナスだけにとらわれず、「私の為になるアドバイス」と、感情と出来事を区別して考えられる聡明な方と見受けられます。 聡明か否かはちょっと関係あるのかわかりませんが、自分で感情をコントロールしたい気持ちが強いということは自覚しています。 言葉や事態を冷静に受け止めようと思いますが、具体的な方法は手探り状態ですね。 ま、人間ですから感情の波(←よくない意味で)はあります。 あなたの回答はその波を整える方法としてとても有効だと思います。