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アフリカの国々の多くが貧困なのは何故でしょうか?

アフリカの国々の多くが貧困なのは何故でしょうか? 白人の奴隷,植民地だったことと関係あったりするんでしょうか?

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  • nekosuke16
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回答No.1

一つには気候。 北部には高温乾燥した広大なサハラ砂漠、赤道付近には逆に高温多雨多湿の熱帯雨林が広がり、さらに南部は南部でサバンナと乾燥地帯。 そして、高温と乾燥は産業発展に必要不可欠な水を供給しない。 また、熱帯雨林に至っては社会が発展するには、余りにも過酷過ぎる現実がある。 二つには人種。 人種自体は個人に選択の余地がないものではあるけれども、アフリカの歴史を振り返ってみるとき、とくに大航海時代からアメリカ合衆国独立に至る奴隷制度、さらにこうした人々を商品として扱ってきた奴隷貿易の中で、単にアフリカ現地から人材、働き手を奪うばかりではなく、黒人=奴隷=アフリカという認識を世界中に拡大させた時代でもあった。 そういう黒人を物として扱ってきた歴史の中からアフリカに対するイメージは、常に特に白人支配の国々からは見下ろされ、対等な関係を基本とする取引(商売)相手として見なされるには、それなりの時間を要している。 そうした気候風土と人種という問題の中で産業といえば農業か、あって観光業くらいしか思いつかない。 外貨獲得には、余りにも産業規模が小さ過ぎる現実がある。 近年アフリカに眠る膨大な鉱物資源などが話題になり、開発資金の乏しいアフリカ諸国の足元を見た中国などが、せっせと金儲け目的で獲得援助や資金貸付けに躍起になっているが、やはり、そこで行われるのも現地での人材の投入に止まるというのが現実であり、そこに産業を根付かせるまでには、まだまだ長い時間が掛かるのだろう。 製造業一つとっても水資金の無い環境では、工業用水を引き入れる術もなく、また、たとえ海沿いに広大な土地を見つけたとして、何かしらのプラント建設が関の山で、そこに海外からを含めて、多くの人々が参集して一つの街や賑やかな繁華街ができるなど、想像することさえ難しい。 アフリカの国々の多くが今もって貧困に喘ぐのは、一つには劣悪な気候風土、そして二つには奴隷制度の歴史から黒人に対する蔑視を背景とするアフリカへの偏見。 今なお、狩りを生業として裸で生活する人々も多い。 その光景が全てを物語っていると思いますよ。

Demoght936
質問者

お礼

なるほど、地理的理由と歴史がまぁ…ですよね。 話は変わりますが、白人のせいでアフリカが貧困になってしまい膨大な難民がいるのに、それを日本に押し付けようだなんて虫が良すぎますよねェ さすが白人と言った所か笑 丁寧な回答どうもありがとうございました。

その他の回答 (3)

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11082/34532)
回答No.4

私は「大規模な農業ができなかったから説」を唱えたいと思います。 文明を作るのは、農業です。最近は教科書でもあまりいわなくなった四大文明は、どこも大規模農業が行われることによって生まれたといわれています。 で、これを見て頂きたいのですよ。 https://www.agri.tohoku.ac.jp/soil/jpn/2009/03/post_29.html 世界の土壌を色分けした世界地図になります。乱暴にいって、濃い緑色のところが豊かな土壌、即ち農業に向いた豊かな土壌です。ウクライナから中国へ向かって伸びているのが分かります。これが「チェルノーゼム」などといわれている土です。 この豊かな土壌が、ほぼ同じ緯度で東西に分布しているのがお分かりでしょうか。緯度が同じで土壌も同じということは、同じ作物を作れるということです。麦なんかの耕作に向いているでしょうかね。 ユーラシア大陸は東西に広い大陸なので、農業が伝播できます。これがユーラシア大陸で文明が発達した理由だと指摘する人もいます。 一方のアフリカ大陸ですが、赤色が多いです。実際、彼の地域の土は赤茶けています。あの土には鉄分などの金属が多く含まれているそうです。だから赤い。 つまり鉱物資源が豊かではあるけれど、土としては農業に向かない痩せた土地なのです。 インドネシアやブラジルも赤色でしょう?これらの地域では焼畑農業が多いですけれど、つまり土地が痩せているから焼畑でどんどん移らないと収穫量が確保できないのです。 アフリカ中央部やインドネシアやブラジルなんて、ジャングルじゃないですか。あんなに植物が鬱蒼と生い茂るんだから豊かな土壌だと思ったら、むしろ逆なんですね。雨も多すぎるので、植物の栄養素になる物質も土の中に残らず、雨で流れ出てしまうそうです。 鉱物資源は産業革命以降は非常に重要な資源となりましたが、そこに至る前ではそこまで重要な資源ではありませんでした。なので、アフリカの地下資源の有用性は産業革命以前ではアドバンテージにはならなかったのです。 第二次世界大戦以降、アジア諸国は少しずつながら経済的に豊かになってきました。そこには、日本というアジアをリードした国があった面もあると思います。日本が豊かになり、その日本の豊かさがアジアに伝播していく。大日本帝国が成し遂げられなかったことが成功したのかもしれません。その中で日本は他のアジア諸国と対照的に沈み続けたのは皮肉ではありますが。 アフリカ諸国がなかなかアジアのようになれないのは、アフリカに日本となるような国がないからなのかもしれませんね。これはあくまで私の個人的な根拠のない見解です。

Demoght936
質問者

お礼

エジプト文明は運がよかったんですかね。 URLどうもありがとうございます。 土地柄的に文明が発展せず白人の奴隷にされ今の様な貧困状態という感じでしょうか、発展していないのに金属が沢山あっても仕方ないですもんね。 eroero4649さんの説は理にかなってるんやないかなと思います、回答どうもありがとうございました。

  • tzd78886
  • ベストアンサー率15% (2590/17104)
回答No.3

かつてヨーロッパ諸国が自分達の都合だけで植民地として線引きをしたからです。その線引きのまま独立を果たしっために、様々な価値観を持つ民族同士が同じ国になったり、逆に一つの民族が複数の国に分かれて住むようになりました。そのため内戦を繰り返したり政権を握った民族が自分達だけを優遇する政策をとって一つの国としてまとまらず、貧困が続いているのです。 これは重要なことで、明治維新で日本が一つにまとまったのは政権を握った薩長土佐出身者が「天皇を頂点とする家族のような国家」を進めたからです。江戸時代みたいに全国に藩主がいててんでばらばらだったら「富国強兵」などあり得なかったでしょう。

Demoght936
質問者

お礼

アメリカの州も角張ってるのはヨーロッパ人の侵攻の影響ですかね? なるほど、わかりやすい回答どうもありがとうございました。

  • jkpawapuro
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回答No.2

入り乱れた人種 ヨーロッパ、とくに英仏は一つの民族が一つの地を支配し一つの王朝を推戴し大きくなり国家としての概念を形成しました。 またこの概念を他のヨーロッパ諸国、日本なども取り入れ国全体として富国強兵に努めました。 アフリカは一つの国の中に複数の民族が入り乱れ常に内輪もめしています。 国家の力がどうにも開発発展に向かっていかない。 アメリカ・ロシアも多民族国家ながらロシアは強力な独裁者が、アメリカはWASPと呼ばれる初期移民者層が国を支配し協力に引っ張りましたね。

Demoght936
質問者

お礼

ある程度発展してないと多民族共生は無理なんですかね。 ルワンダ虐殺とか100万人が亡くなりましたし、ご回答の通りだと思いました。 回答どうもありがとうございました。

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