エントロピー増大の法則というのは、閉じた系の中でのエントロピーの総量が増大するというものです。従って、経済社会のエントロピーを考えるのであるのなら、その経済社会が閉じた系でなければなりません。
ということは、その経済社会の中で生産が行われるとき、その原材料はすべてその経済社会の中のみから供給されなければなりませんし、使われるエネルギーもその経済社会の中のみから供給されなければなりません。つまり、鉱山から新たに金属や石油その他の原材料が供給されないし、太陽光からのエネルギーも供給されない、農作物も、その経済社会の中にすでに存在する水と肥料のみを使用し、雨水(ダムから供給される雨水、数百年前の雨水からの湧水等を含む)を使わずに生産されるということが前提となります。エントロピーと言うのはそのように定義される量です。
例えば巨大な宇宙船や人工衛星の中で生活し生産に使われる原材料は最初にその宇宙船に積み込んだ原材料の再利用のみで外部からは新たな資源が供給されず、エネルギーも最初に積み込んだエネルギー源のみを利用し、外部から新たなエネルギーが供給されないような状況が、閉じた系に近いと言えます。
次に、「経済社会のエントロピー」を定義します。
もともとエントロピーというのは微視的な系での非可逆反応に関して、その非可逆性を測る尺度として導入された概念であり、[エネルギー/温度]の次元を持つ量です。
前述の宇宙船内のすべてのエネルギー源、つまり、すべての燃料や宇宙船とその内部の機材等を構成する物質を燃焼させた時に得られるエネルギー、人体や搭載している食料等に含まれる糖質、たんぱく質、脂肪その他の物質などをすべて燃焼させたときに生じるエネルギーの総和を計算することになります。
ところで、この計算をするときに、宇宙船内の経済社会がどのような状態であるかによって、宇宙船内のエネルギーの総和にどのような変化が生じるでしょうか?おそらく、何も変化はないでしょう。そもそも、微視的なつまり、原子や分子のレベルの話を経済社会に持ち込むこと自体がナンセンスなのです。物理学を知らない人がこのような間違いを犯すのです。
とは言え、エントロピーには情報面での側面もあることから、この側面から社会のエントロピーを無理やり考えることもできなくはありません。情報理論におけるエントロピー H(X)は、以下の式で定義されています。
H(X)=-Σi Pi × log Pi
これは、Xがiになる確率Pi の対数にPiを乗じたものをi について足し合わせたものであることを意味します。ここで、iは状態を表すので、Xがとりうる状態の数が増えるとΣで足し算する状態の数が増え、エントロピーが増えることになります。
前述の宇宙船で、乗員乗客が全部で1万人いたとします。宇宙船内のすべての資産の合計が1兆円であったとします。この資産の分配の仕方にはどんなものがあるでしょうか?
1)全員に平等に分配する場合
全員に平等に分配すると、乗員1人当たりの資産は1億円になり、すべての乗員が1億円ずつの資産を持つことになります。この時のエントロピーを計算してみます。
まず、状態i にはどのような状態があるでしょうか?
1兆円の資産を全員で平等に分配した状態を考えているので、iは1億円のみであり、それ以外の状態は存在しません。そこで資産が1億円である確率Pi は1であるので、その対数は0です。0にPiを乗じても0です。これをiについて足し合わせるのですが、iは1億円のみであり、それ以外の場合は存在しないので、足し合わせるものが存在しません。そこで、エントロピーは
H(X)=0
となります。
2)大部分が一人に集中する場合
次に、乗員乗客1万人のうち9,999人が1,000万円ずつの資産を持ち、残りの1人が1兆円の資産の残り900億1,000万円を持つとします。状態iには1,000万円と900億1,000万円の2つの状態があります。1000万円である確率は9,999/10,000であり、900億1,000万円である確率は1/10,000ですから、エントロピーは
H=-{(9,999/10,000)×log(9,999/10,000)+(1/10,000)×log(1/10,000)}
=0,000443427
となりますから、1兆円の資産が全員に平等に分配されるよりも1人に集中したほうがエントロピーが大きくなります。
3)資産をたくさん持つ人と少ししか持たない人、もう少し余計に持つ人、もっとたくさんもつ人など、資産の分配のされ方がばらつく場合
1万人のうち資産1000万円を持つ人が1000人
3000万円を持つ人が1000人
5000万円を持つ人が1000人
6000万円を持つ人が1000人
7000万円を持つ人が1000人
8000万円を持つ人が1000人
1億円を持つ人が1000人
1億5千万円を持つ人が1000人
2億円を持つ人が1000人
2億5千万円を持つ人が1000人
合計で資産総額が1兆円、1万人であるような場合、つまり、所有している資産が1千万円から2億5千万円までの10階層あり、それぞれの階層に所属する人が1000人づつであるような場合のエントロピーを計算します。
H=-Σi Pi × log Pi
=-Σ{(1/10)×log(1/10)}=1
となりますから、1万人が多数の階層に分かれ貧富の差がつくとエントロピーが増大します。
経済社会は貧富の差がつくような方向に動いているように見えます。ということは、エントロピーが増大する方向に動いていると言えます。
貧富の格差ができるのはエントロピーが増大する動きです。まさにエントロピー増大の法則にしたがっているといえます。
本来の物理学やエントロピーの正しい意味を理解していない人は、エントロピーが増大するということが均一化されることであると勘違いをするようです。
お礼
富者も滅びちゃうんですか。「盛者必衰」ですね。