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なぜ誰も火傷に苦しむ放火の被害者を助けない

http://yabusaka.moo.jp/nishiguchi.htm >>この時、被害者の一人の女性(21歳)が全身に火傷を負って路上を転げまわった。 >>周りには野次馬が何百人もいたが、だれも彼女を助けようとはしなかった。 >>それどころか、「熱い、熱い」と泣き叫ぶ女性に対し、 >>4人くらいが「まだ生きてますか?」と能天気に質問したりしたという。 数百人いて誰も助けないということは日本人の多数派がそうなんだと思えてきます。 これは教育のせいなんでしょうか?

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noname#225574
noname#225574
回答No.6

日本では性善説とか無償の愛とかそういうの有りません。 他人を助けても情けは人のためならず、コイツはなにか自分に下心があって助けたんだろうと解釈して、あんたが勝手にやったんだろ俺は頼んでない義務が無ければ感謝しないが日本人なんです。 それでいて上位者に賄賂はやるのだから「溺れた犬を棒で叩けと言う韓国のことわざも朝鮮出兵で伝わった元々はきっと日本の言葉なんでしょう。 病院まで他人の子を運んであげたのに遅刻の電話説明すら拒絶する親、置換逮捕に協力しても言葉の礼すらない学生、仏の顔は三度までと言うけど私は二度の人助けで懲りました。若いうちに気がつけてよかったです。倫理や勇気は建前ですら尊重されない日本の文化を無知蒙昧な帰国子女の自分に教えていただいてありがとうございます。

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noname#225726
noname#225726
回答No.5

今ならスマホで動画を撮ってネットに上げるでしょうね。 日本人の裏の面でもあります。 「誰かが助けるだろう」って言う集団心理です。

回答No.4

教育のせいではないです 単に自分が巻き込まれるのがイヤだったから

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11083/34537)
回答No.3

1980年の事件ですから、もう40年近く昔の話ですね。もしそれが教育のせいなら、当時は確か管理教育の時代でそれが間違っていたということでゆとり教育へと変わっていきましたから、教育のせいなら今はもう変わっているといっていいでしょうね。 日航ジャンボ機墜落事故で、写真週刊誌に木に引っかかる腕の写真なんかが無修正で載せられたのが1985年。翌1986年にはアイドル岡田有希子さんが飛び降りた直後の脳漿が散らばる写真が同じく写真週刊誌に無修正で載りましたからね。さすがにこれらの写真は批判を浴びて徐々に収まっていくようにはなりましたけれど、80年代というのは割とそういう残酷なことには無頓着な時代でしたよ。葬式ごっこで担任の教師も悪乗りして寄せ書きをして自殺しちゃった事件が起きたのも、80年代じゃなかったっけかな。 後にガンで若くして亡くなられた歌手の川村カオリさんが中学生のときに大韓航空機撃墜事件(1983年)が起きて、彼女はロシア人とのハーフだったから、たったそれだけの理由である日学校に来ると教室から自分の机が校庭に放り投げられていたそうです。それを泣きながら自分で拾って教室に持っていったけれど、教師はそれを知ってて誰も声をかけなかったとか。 テレビのバラエティ番組でも、お笑い芸人をただ単に寄ってたかっていじめている場面を放送して笑いをとっていたものも珍しくなかったですからね。私はよくいうんですけれど、テレビの下品さは80年代のほうがよっぽど下品でしたよ。

  • mshr1962
  • ベストアンサー率39% (7417/18945)
回答No.2

単純に火が付いただけなら、問題なく助けた人は多いと思いたいです。 このケースでは、ガソリンを浴びて火がついているため、火勢が強く近寄れなかったのではないでしょうか? 実際、ガソリンには水を掛けると逆に火が広がりますし、特殊な消火器が必要と思われます。 「まだ生きてますか?」という言葉自体は能天気に思われるかもしれませんけど 被害者の意識を保たせるために必死だった可能性も否めません。

  • adou
  • ベストアンサー率7% (10/139)
回答No.1

手元に水もなくて助けようがなかったかもしれないし、びびって何もできなかったかもしれません

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