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「繰り返した」の意味について
- 「繰り返した」という言葉があった場合、通常は、練習それ自体を繰り返したことを意味する。
- 一方で、「繰り返した」とは、同じ内容の練習を複数回行った場合に言える。
- したがって、「練習を3回、繰り返した」とは、通常は同じ練習内容を3回行ったことを表す。
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例えば「練習を繰り返した」という言葉があった場合、通常は、 次の(1)と(2)のどちらの意味でしょうか? ↑ 法律では、社会一般において、どのように使われているか で判断されます。 従って、 1,練習を繰り返した、というのが文章なら前後の文脈 などからその「練習」がどういう意味で使われるべきか、を 判断することになります。 2,単独で判断するのであれば、特に制限がない以上 社会通念上言われるところの 「練習」を繰り返した、ということになると思われます。 その練習というのは、同じ作業の繰り返しと解釈 されることはないでしょう。
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- fujic-1990
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法律の質問なら、たとえ話よりはそのものズバリ設問を引用されたほうが、回答者から誤解されることが少ないと思います。 一般論として、1と2のどっちになるかは、「文章全体による」というのが私の回答です。 > 法律の関係で問題になっているため、 この「法律」が、刑法の場合、構成要件がガッチリ決まっています。 「・・・ であるにもかかわらず、Aは同行為を繰り返した」とか言っている(書いてある)場合は、その構成要件に該当する行為を繰り返すことです。 一昨日は「置屋詐欺」、昨日は「籠脱け詐欺」、今日は「オレオレ詐欺」でも、「詐欺行為を繰り返した」ことになります。 もちろん、毎日「オレオレ詐欺」をやっていても「繰り返した」ことになります。 どっちが「繰り返した」と言いやすいかと言うと、毎日「オレオレ詐欺」をやった場合でしょうね。 しかし、どちらの場合も「繰り返した」と言える以上、自説を補強する論拠にはなりませんね。 質問者さんが挙げられたさっかーの話でも、(2)なら間違いなく「繰り返した」と言えるでしょうが、(1)でも言えないことはありません。 ----- 有名な話に、「三省堂」という書店があります。 論語の「曾氏曰く、吾日に我が身を三省す」という言葉から来ているのですが、この「三省」は、「朝昼晩と、1日に3度反省する」のか、「1日に、3つのことを反省する」のか、未だに議論されています。 これは、「三省」が「数詞」が欠けた言葉を使った、不十分な文章であるせい。 質問者さんの「練習を繰り返す」も、「練習」という「本番試合ではない」という意味だけしか表さず、練習の中身が欠けた言葉を使った、不十分な文章になっているせい。 もともとが不十分な文なので、どうとも解釈できます。
- trytobe
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法文に定義がなされていない語句について、見解の相違に対して法律的に解釈を与えることができるのは、裁判官のみです。
お礼
どうもありがとうございました。 実は、先ほど、少し違いますが似た質問をしました。 これについてもご意見をお聞かせ頂けましたら幸いです。