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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:言葉は自分をはかる?)

言葉は自分をはかる?

このQ&Aのポイント
  • 言葉は自分を測る手段である。
  • 言葉の意味反応を知ることで、自己認識ができる。
  • 言葉は自己探求の重要なツールである。

質問者が選んだベストアンサー

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  • frau
  • ベストアンサー率28% (56/199)
回答No.12

「空は青い」 について、意義または意味について 「それがなんなの」or「そうだ、そう思う」 という可能性。 ご回答者様の場合 >意義のレベルでの理解は、感覚的反応がほとんどない。 >意味のレベルでは「腑に落ちた」ような感覚がある。 ということですね。 でも私は意義のほうが腑に落ちた、という感じがします(=感覚)。 辞書の定義とは別にし、「意義」について、私の定義では本質という意味にとらえています。または追求、専門的な領域で用いられる対象。 一方「意味」は一般的に用いられるとき、便宜上のため、軽くあしらわれるものの対象。 意味はおっしゃるような「意識上に流されていく」ようなイメージです。 「>字義」は一般的用語となる前に、まず事実を説明するためにある言葉=字=道具の意です。 私が「腑に落ちる」ときは「意義」を感じた時です。 それは私は理屈っぽいので、理論や本質(のようなもの)を説くことば(考え)に出会うとき、腑に落ちて気持ちいいのです。 >「言葉は自分をはかる」と、あなたは思いますか? 思います。主体的に言葉でコントロール可能なものもあるし(言葉に対する言葉)、ご回答者様のおっしゃるように翻弄される場合もあります。 人生を通し、身をもって「言霊」とは真実だと感じてもいます。これは重要なことです。 潜在意識、脳は「主語を感じない」と言われます。 私はこれが言霊の正体だと思うのです。 言葉は人の意識、心、すなわち人生を左右します。 心を生かし、また、殺します。ですが、言葉そのものに罪はありません。それを使う人の意識の問題です。その意味で「言葉は人(自分)をはかる」とは思いません。 人をはかる言葉でしたら、その言葉を選択する意識の問題です。 >「空は青い」という言葉の意義が知解 ここでひとつ質問なのですが、「空は青い」という「事実」は知解できるものなのですか? 知解は『知識の力で悟ること。』ですよね。 「考え」は知識の力で得、またそこから派生するものですが、「空が青い」という変えようがない「事実」は知解できるものなのでしょうか?

atomonados
質問者

お礼

frauさん。こんばんは。 >でも私は意義のほうが腑に落ちた、という感じがします(=感覚) 受け止めます。 >辞書の定義とは別にし、「意義」について、私の定義では本質という意味にとらえています。または追求、専門的な領域で用いられる対象。 意義と意味が曖昧なので、明確に区分することを意図しています。 人とのコミュニケーションを取る上で客観性を持たせるということ、それと自分が合理的に思考する用がたせるものであるということ、こういうことを目的としていますが、まず後者です。あなたはそれで明確になりましたか。その定義で思考が論理的にできますか。 >一方「意味」は一般的に用いられるとき、便宜上のため、軽くあしらわれるものの対象。 意味はおっしゃるような「意識上に流されていく」ようなイメージです。 「>字義」は一般的用語となる前に、まず事実を説明するためにある言葉=字=道具の意です。 同上ですが、加えて、純粋な定義というものが必要ではないかと私は考えているのです。 >私が「腑に落ちる」ときは「意義」を感じた時です。 受け止めました。 >それは私は理屈っぽいので、理論や本質(のようなもの)を説くことば(考え)に出会うとき、腑に落ちて気持ちいいのです。 分かります。意義や意味を厳密に使い分けようとする私が、意義や意味という語を使わないこの文で、分かるというのも変な話ですが。 本質の直観が、直感的に感じられる。この気持ちよさですね。共感できます。 >「言葉は自分をはかる」と、あなたは思いますか? >思います。主体的に言葉でコントロール可能なものもあるし(言葉に対する言葉)、ご回答者様のおっしゃるように翻弄される場合もあります。 共感するところがあるのですね。よかった。 >人生を通し、身をもって「言霊」とは真実だと感じてもいます。これは重要なことです。 共感するのですが、「言霊」という概念は人によって受け止め方が様々で、何か別の表現の仕方が望まれるところです。結局のところ言霊思想なんですが、怪しいところをなくすように表現を考えています。 >潜在意識、脳は「主語を感じない」と言われます。 私はこれが言霊の正体だと思うのです。 なるほど。ここはもう少し分析したいところです。が、先にすすみます。 >言葉は人の意識、心、すなわち人生を左右します。 心を生かし、また、殺します。ですが、言葉そのものに罪はありません。それを使う人の意識の問題です。その意味で「言葉は人(自分)をはかる」とは思いません。 人をはかる言葉でしたら、その言葉を選択する意識の問題です。 おっしゃるとおりです。私の表現に誤りがあります。私が言葉によって人(自分)をはかる。こう訂正します。ご指摘ありがとうございます。 =================================== >「空は青い」という言葉の意義が知解 ここでひとつ質問なのですが、「空は青い」という「事実」は知解できるものなのですか? 知解は『知識の力で悟ること。』ですよね。 「考え」は知識の力で得、またそこから派生するものですが、「空が青い」という変えようがない「事実」は知解できるものなのでしょうか? =================================== 事象と事実を使い分けています。どちらも事柄ですが、現実性があるのが事実です。今この瞬間の経験事実。必ず感覚を伴います。これが記憶され、回想されると感覚はふつうぼんやりとしたものになります。回想されたものが、感覚ではなく、感覚を呼び起こすきっかけのようなものかもしれません。精神から脳に働きかけてバーチャルな弱い感覚状態を生じさせそれを見ているように思います。こういう場合にも、現実性はある訳です。今意識しているという。 事象というのは、そんな現実性を捨象して、感覚を伴わない事柄を言います。「サイコロをふって1の目がでる事象」というときの使い方であり、この事象の内容が現実に結びつくかどうかは、可能的ですが必然的ではありません。 青い空をみて、感覚情報の青→色彩情報の青→言語情報の青という情報処理がされていると見ます。この過程が知解です。知というのは受け入れるための形式で、色彩空間や、色彩概念というものです。そういうものを人は持っていて、そこに感覚対象を分類します。 こういうことを知解といっています。 『知識の力で悟ること』の知識が、区分された知の形式です。力は感性、悟性でしょう。悟ことは「あっ解った」ということ。つまり、区分し用意された形式に、対象が当てはめられ、例えば  青[0]だったのが、青[1]となるようなことです。 1:そうである 0:どちらでもない。-1:そうでない。 こういうパラメータで表しています。 どちらでもない状態に拘束されていたものが、意識対象として青であるという状態に解かれる。そういうことです。 考えを知識の力で得ると言うのは、曖昧さがあります。 私も厳格に区別するに至ってませんが、おおむね、 概念思考によって得られる考え「概念」 概念区分や分類。 推理思考によって得られる考え「判断」 類推(類似性に基づく)。推理(論理性に基づく)。 のように見ています。 ここでいう「空が青い」というのは判断ではなく概念思考です。 対象である空を、対象概念として、述語概念の「青い」に分類して結びつけた。ということです。単純すぎる例で思考の実感はわかないかもしれませんが。覚えたての概念を使うときは思考するという実感はあるでしょう。 分かりやすくまとめることなく、述べてしまいましたがこのへんで。 「脳は主語を感じない」これは考えるヒントになります。ありがとうございます。

atomonados
質問者

補足

言霊思想に触れられたことで、核心をつかれたと思いました。ありがとうごさいます。 「脳は主語を感じない」も記憶にとどめて参考にさせていただきます。

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その他の回答 (12)

  • kohichiro
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回答No.2

ひとの発する言葉は多層的です。誰にも理解できる表層の意味と、それを言った人がその言葉に篭めた(であろう)思いと、更に、それを言ったときに篭めた思いの奥にある無意識という或る意味不気味なもの。これはその人自身もはっきりは意識していないということから、これが本心なのだということもいえるのかと思われます。しかしあぶないことに、それはその人自身にも(たぶん)コントロールできないという面があります。貴方が「自分を図る」と言っているのは、その部分をあらかじめコントロールでき、したがって推察できる、ということでしょうか。そして、それはやはり言葉にすることができるのでしょうか? 確かに、人間の意識はほとんどひとところにはとどまらず、常に動き、流れて消えていきます。それらをうまくとどめて記録すること、それができたら、貴方は文学者(おそらく詩人?)になれるのかもしれません。

atomonados
質問者

お礼

ご回答ありがとうごさいます。 >ひとの発する言葉は多層的です。誰にも理解できる表層の意味と、それを言った人がその言葉に篭めた(であろう)思いと、更に、それを言ったときに篭めた思いの奥にある無意識という或る意味不気味なもの。これはその人自身もはっきりは意識していないということから、これが本心なのだということもいえるのかと思われます。 おっしゃるとおりです。 >しかしあぶないことに、それはその人自身にも(たぶん)コントロールできないという面があります。貴方が「自分を図る」と言っているのは、その部分をあらかじめコントロールでき、したがって推察できる、ということでしょうか。そして、それはやはり言葉にすることができるのでしょうか? 無意識はコントロールできないと思う反面、意識と無関係でなくて、無意識的活動が意識に反映してると思います。逆に意識的に何かを表象することが無意識の領域に何らかの影響を与えていると思います。 つまりコントロールがある程度可能ではないか、推察がある程度可能ではないかという思いがあります。断定はできません。 >確かに、人間の意識はほとんどひとところにはとどまらず、常に動き、流れて消えていきます。それらをうまくとどめて記録すること、それができたら、貴方は文学者(おそらく詩人?)になれるのかもしれません。 そういうことになるのだと思います。詩人は言葉に表せないものを言葉にします。

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回答No.1

こんばんは。 私の国語力、読解力が低いからそう感じられるかもしれませんが、 質問者さんは分かって書いていらっしゃるのでしょうけれども、 私には、ひどく独り善がりの文章に感じられ、何を書いていらっしゃるのか、さっぱり分かりません。 まず、本文で使われている《意義》と《意味》という言葉が指し示す内容を明確に提示することが必要のように思われます。 意味反応はsemantic reactionのことだと思うんですが、ここで使われている《意味》と、 たとえば、「意味のレベル」、「字義どうりの「空」「青」とは別の意味」の《意味》という言葉が表わす内容が同じなのかどうかも判断できません。 ☆時には、「そうだ、そう思う」という意味反応。同じ言葉のものさしがちがった計測値を示す。 ◇「そうだ、そう思う」がまず《意味反応・semantic reaction》かどうか疑問なのですが・・・。 さらに、計測値というからには、整数や実数といった普遍的な値なのでしょうか? どのように計量化するのか、一つ、御教授のほど、よろしくお願いします。 ☆意義のレベルでの理解は、感覚的反応がほとんどない。 ◇ここでいう《感覚的反応》とはいかなることを表現しているのですか? 「空は青い」という言葉の表わす内容の概念的な理解にとどまり、「空は青い」という文の具体的な内容を理解していない、という意味ですか? 質感・クオリアのようなものを感じていない、といった内容を表わしているのですか? ☆意味のレベルでは「腑に落ちた」ような感覚がある。 ◇日常語では「感覚」という語のこのような用法は良いとしても、 哲学などでは感覚とは言わないのでは。 まぁ、この「感覚」という語が英語の「feeling」などの意味であるとすれば分からないのでもないのですが、これは先の《感覚的反応》にも関係しますので、 なぜ、感覚という言葉を使ったのか、そして、この語がいかなる内容を表わしているのか、教えてください。 ☆他人のことはよく分からないが、自分のことについては、偽りのない生の反応が感じられるから、まあまあ、測れると思う。 ◇「測れる」は、計量化や数値化の意味ですか? ☆どういう意味反応をする者に、自分はなろうとするかを図る ◇この「図る」は、「測る」や「計る」の意味ですか? それとも、「意図」するなどの「はかる」という意味ですか? ☆「言葉は自分をはかる」と、あなたは思いますか? ◇文学的な意味での「自分をはかる」ならば、そうだと思います。 しかし、この結論の理由は異なります。 私の場合は、「使用する単語によって、その人の思考や思惟などが制限や影響を受ける」と考えるからです。 その単語の意味の深さ、広がりは、その人の経験、能力、才能などによって大きな影響を受けますけれども。

atomonados
質問者

お礼

>私には、ひどく独り善がりの文章に感じられ、何を書いていらっしゃるのか、さっぱり分かりません。 これを、あなたの意味反応と、ぼくは言います。あなたは、「ひどい」「独り善がり」「文章」「何」「さっぱり分からない」このような言葉で反応しました。あなたの「ひどい」以下がどんな身体感覚を伴っているのか、ぼくには感じることができません。他者の味わう意味に直接触れることができません。 「独り善がり」とは意外でしたが、まず自分のような意見は見たことなくて、自分だけでよいと思い込んでいますから、「独り善がり」は意義の上で的を得た言葉ですね。 >まず、本文で使われている《意義》と《意味》という言葉が指し示す内容を明確に提示することが必要のように思われます。 意義・・・基本的に言葉が指す内容。国語辞書にあるそれぞれの概念の説明内容。頭で理解するもの。字義。 意味・・・現実的で感覚的な意(おもい)を味わえるもの。心で感じるもの。言葉で表せないもの。(字義として、こう表してはいるが) 「単語の意味を調べる」は「単語の意義を調べる」ところから始まるが、辞書には意味は書いていない。いわゆる「行間の意」や「言外の意味」がさすものを意味としている。しかしこの場合でも、書き手の意味と読み手の意味は別のものである。  意味は定義できない内容であり、それで「羲」という文字をもつ意義とは相容れないと思った。多義語、一義などの「羲」とも親和性がない。  「一つの正義に多くの意味がある。人の数だけ意味がある。」というような使い方をするときの意味は辞書には載っていない。 参考 い‐ぎ【意義】 1 言葉によって表される意味・内容。「その語の本来の―」 2 その事柄にふさわしい価値。値うち。「―ある生活」 い‐み【意味】 [名](スル) 1 言葉が示す内容。また、言葉がある物事を示すこと。「単語の―を調べる」「愛を―するギリシャ語」 2 ある表現・行為によって示され、あるいはそこに含み隠されている内容。また、表現・行為がある内容を示すこと。「慰労の―で一席設ける」「―ありげな行動」「沈黙は賛成を―する」 3 価値。重要性。「―のある集会」「全員が参加しなければ―がない」 使い分け 【1】言葉がさし示す内容の意では、「意味」が一般的に使われるが、専門的な立場では、基本的な意味を「意義」と呼ぶ場合もある。事柄、行為などが持つ価値の意では、「意義」の方が多く使われる。 【2】「意味」は、表中の例「意味ありげに笑う」や、「その情況下での逮捕は死を意味する」「あの人の言ったことを別の意味にとった」のように、言語、行為などによって示された意図を表わす場合もある。 http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/thsrs/14011/m0u/ >意味反応はsemantic reactionのことだと思うんですが、 semantic reactionは、意義を教えてもらうか調べてみないと、何を意味しているのか分かりません。意味において反応するということ、いわば本能的・情緒的反応です。数式に美しさを感じるとか言いますが。その美しさという言葉で示された、感覚とか情動とかがその人にとっての意味です。 >ここで使われている《意味》と、 たとえば、「意味のレベル」、「字義どうりの「空」「青」とは別の意味」の《意味》という言葉が表わす内容が同じなのかどうかも判断できません。 文字記号の「空」 →「空」の意義(字義) →たとえば「くう」と読む人がいるかもしれないが、この場合は、「青」があるので、意義を誤解しているということになる。「そら」が正しい意義である。 その「そら」を現実に感覚して、ああたしかに「そら」だという身体感覚を意義(字義)どうりの意味という。しかし意義から離れて、別のことを思う場合もある。 「字義どうりの「空」「青」とは別の意味」は 「字義どうりの「空」「青」の意味とは別の意味」ということ。 >◇「そうだ、そう思う」がまず《意味反応・semantic reaction》かどうか疑問なのですが・・・。 偽りなく「空」「青」の意を味わったということ。「空は青い」と表現してもいいが、自己の内部表現で足りる。他人に理解してもらうことは考えていない。自分で自分を理解することについて考えているから。 >さらに、計測値というからには、整数や実数といった普遍的な値なのでしょうか? どのように計量化するのか、一つ、御教授のほど、よろしくお願いします。 属性概念(アトリビュート)と属性値(プロパテイ)という使い分け、例えば色(アトリビュート)の青(プロパティ)という使い方があります。これを「対象の色は青」というように対象のもつ性質にしてしまわない。いいかえると、プロパティは可変なパラメータとしてあつかう。属性概念、実体概念にかかわらず、概念(1)で、その意味を汲んだ、味わったとする。「空は青い」という意義通りの意味を味わったら、  空(1)青(1) となる。A空が青いのか、B青い空なのか、C青が空なのか、D空のような青なのかは、  空(1)青(1)A(1) で表される。概念の2項関係は今考えたところで煮詰めていない。ものさしでたとえると、1と0の目盛をもつものさしが多数必要でそれぞれべつの量を測る。これを照明の点灯、消灯でたとえると、 概念空間に概念が構築されていて各所が点灯しているイメージが、現に意味を味わって反応している自分の状態になる。そこでは、意義とは直接関わりの無い概念の点灯もある。なぜそこが点灯するのか意義から説明するのは非常に困難である。自分が、錯誤にせよそう思ってしまった、そういう意味も表せる。 >☆意義のレベルでの理解は、感覚的反応がほとんどない。 ◇ここでいう《感覚的反応》とはいかなることを表現しているのですか? 「空は青い」という言葉の表わす内容の概念的な理解にとどまり、「空は青い」という文の具体的な内容を理解していない、という意味ですか? 質感・クオリアのようなものを感じていない、といった内容を表わしているのですか? たぶんそういうことです。 >☆意味のレベルでは「腑に落ちた」ような感覚がある。 ◇日常語では「感覚」という語のこのような用法は良いとしても、 哲学などでは感覚とは言わないのでは。 まぁ、この「感覚」という語が英語の「feeling」などの意味であるとすれば分からないのでもないのですが、これは先の《感覚的反応》にも関係しますので、 なぜ、感覚という言葉を使ったのか、そして、この語がいかなる内容を表わしているのか、教えてください。 かん‐かく【感覚】 1 外界からの光・音・におい・味・寒温・触などの刺激を感じる働きと、それによって起こる意識。視覚・聴覚・嗅覚(きゅうかく)・味覚・触覚や、温覚・冷覚・痛覚など。「寒さで指の―がなくなる」 2 美醜やよしあし、相違などを感じとる心の働き。センス。感受性。「日本人の―では理解しにくい」「―が鋭い」「新―のデザイン」 特に意識してないので普通の意義で用いているはずです。 言葉→意義を分かる→意義どうりの想像や、意義とは別のものへと連想する→それが自分にとっての意味となったとき体で感じる。内部に熱い感覚が現れたり、ぞっとしたり、はっとしたり。 想像・連想されたものが(現実化して)外部感覚を刺激して、錯覚してるんだと思うけど。 >◇「測れる」は、計量化や数値化の意味ですか? そうです。 >☆どういう意味反応をする者に、自分はなろうとするかを図る ◇この「図る」は、「測る」や「計る」の意味ですか? それとも、「意図」するなどの「はかる」という意味ですか? 意図するという意味です。「はかる」「測る」「図る」を使い分けています。 >☆「言葉は自分をはかる」と、あなたは思いますか? ◇文学的な意味での「自分をはかる」ならば、そうだと思います。 しかし、この結論の理由は異なります。 私の場合は、「使用する単語によって、その人の思考や思惟などが制限や影響を受ける」と考えるからです。 その単語の意味の深さ、広がりは、その人の経験、能力、才能などによって大きな影響を受けますけれども。 おっしゃるとおりで、特に違和感はありません。自分と言葉の関係で、自分が言葉を操っていると思いがちだが、じつは言葉に操られているという感じはあります。 ご回答ありがとうごさいました。

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