• 締切済み

30代・自分の生き方での迷い

30代中盤の社会人の男です。 最近、自分の生き方・人付き合い・仕事感ついて、これで良いのかなと・行き詰まりを感じることが多くなってきました。 まだ結婚もしておらず、人生の先が見えない不透明感で焦りもあります。 家を買ってどこどこで暮らしたいとか、家族を持ちたいとか、自分には別世界の話にしか感じず、この先どうしたいかすらもよく分かりません。 その根本に、自分の生き方が偏ってるため、自分には色々なことが実現不可能に感じてしまいます。 主観でしかないのですが、表面的に人生をうまく進められている人ほど、人づきあい・仕事などのバランスが良くとれてる・とってるなと感じます。 自分も含めて、偏っている人は失敗してるなと感じています。 私は、仕事で余裕がないことが多いです。 必要以上の完成度や再利用性を求めすぎてしまうためか、付き合いを犠牲にして仕事に打ち込んでしまっている気質があります。 勿論、その時は必要だからそうしてると思っているのですが、後から考えた時に偏ってたなと思うことが多いです。 また、必要以上に考えすぎてしまう部分があり、人付き合いを躊躇させてしまうシーンも多々ありました。 学生時代、共通のゲームをやってるクラスメイトに、よく遊びに誘われたりすることがありました。 ですが、特に理由はなかったのに、誘いを断ってしまっていました。 なんとなく、遊ぶのに没頭しすぎてしまい勉強が疎かになるかもしれないのが怖かったんだと思います。 今、社会人になっても同じようなことが多く、飲みに誘われてるのに、何故か避けてしまう。 しばらく忙しい日が続いたから、飲みに行って体調を壊して翌日以降の仕事に影響してしまうことを恐れたり、 仕事が滞って仕事を後ろにスライドすることになるのを必要以上に恐れてしまっている感じがあります。 もうちょっとバランスよく、仕事とも同僚との付き合いとつきあいたいのに、それが出来ないでいます。 自分を呪縛してしまい、それに苦しんでしまう気質があります。 でも変えられません。 せっかく同じ仕事や部署で仲良くできたのに、担当や部署が変わった途端、 業務引き継ぎや属人性の排除を優先しすぎて、多少の引き継ぎ期間の後は、自分が準備したマニュアルを渡して突き放す(=突き放すことで、相手も必死にその仕事を覚えようとするため、最も業務習得効率が良い)など、傍からみればかなり冷たいことをしてるのかなと、思うことがあります。 そのせいで少し人間関係にひびが入ってるのかもしれないなと思いつつ、それに逆らうことができません。 なぁなぁの関係でやってる人達を見ると和気あいあいとしてるように見えます。 自分のやり方=仕事・業務効率を最優先にするやり方は、他人との関係を冷たくしてまでするべきものなのか?、と落ち込んでしまうこともあります。 客観的にはそうじゃないかもしれませんが、優等生的な振る舞いをしてしまい、本当はそんなことしたくない場合もあるのに、その行動の仕方を止めることができません。 そのせいか、自分の本心が何なのかすらも、分からなくなる場合があります。 自分はなんなんでしょう。 自分の悩みは、手に入れられないことを悩んでるのに、 手に入れられたら、失うかもしれないのも怖いです。 だから、手にいれないようにしてるだけ、なのではと思う時もあります。 自分の気持ちに素直になれないのもよく分からない。 色んな人の意見をいただきたいです。 よろしくお願いいたします。

みんなの回答

回答No.6

自分を否定する必要はないと思いますよ。 ただ、これからは少し人付き合いを意識してみては。 仕事を効率的にこなすには、人間関係も重要なわけですから、仕事だと思ってね。

noname#246133
質問者

お礼

ありがとうございます。 仕事は仕事、人間関係は人間関係と、 もっと切り離して考えられれば、いいのかもしれないですが、 なかなかそこまで、自分も相手も人格者になりきれなくて苦労しています。

noname#207275
noname#207275
回答No.5

恐らく質問者さんと同じように考えてる人っていっぱいいると思います。 そして、質問者さんと真逆の人もいっぱいいると思います。 仕事と遊びのバランスを取りたい。 人間関係のバランスを取りたい。 自分はどうも偏ってる気がする。 偏ってなくてバランス良くやってる人になりたいと思ってるようですが、充分バランス取れてると思いますよ。 変な例え方しちゃうと、質問者さんは遊びも仕事も人間関係もバランス良くやってる人を「リア充はいいなー。俺もリア充になりたい」って思って見てるけど、他の人からしたら質問者自身もリア充の1人なんですよね。 仕事もできるし、飲みにも誘って貰えるし、人間関係だって他人と仲良くなる事ができる。 それができない人間がいっぱいいます。そう言う人間から見たらバランス取れてる人だなー、いいなーと思います。 別に下を見ろって訳じゃなくて、質問者さんの悩んでる「手に入れて失うのが怖いから手に入れないようにしてるのかもしれない」って言うのは違くて、「既に手に入れてるけどそれに気付いてない」んじゃないかなーと。 中身は同じなのに他の人は丸い形、でも自分のは四角い形だから他の人と持ってるのは違う物だ、と思い込んでるようにも見えますよ。 自分で考え過ぎと感じてるように、「仕事に支障をきたすから飲みの誘いを断わってしまった、行けば良かった、飲みに行っても体壊すとも仕事に支障きたすとも限らないのに…」って考え過ぎてしまう。この事自体が考え過ぎなんですよ。 「今日はやめとく。ここんとこ忙しいし疲れが溜まったら困るから。次行けたら行くわー」で済む話し。 仕事の引継ぎも効率重視のためにマニュアルだけ渡して後は突き放す。それで人間関係にヒビが入ってもやめられない。 そのやり方が一番効率いいと思うのならそれでいいと思う。 和気あいあいとやって行く人もいれば、効率重視の人もいる。 和気あいあいが好きな人からしたら冷たいと思われるかもしれないけど、効率重視でこのやり方に満足してる人なら質問者さんスゲェなと思うかもしれない。 ただ、多くの人はそれでいいとしても人によっては、そのやり方では逆に効率悪いのかもしれない。と言うのを頭の片隅に置いておくといいかも。 私も含め必要以上に考え過ぎる人って考える事が好きなんだと思います。頭の中で常に何か思ってる。だから考え過ぎって言われてもやめられない。 自分は何なんだろうとか、偏った生き方だ、と言う考えをずーっと悶々と考えて行って、もし答えが出てもまた別の事をずーっと考えて。 もうそれが趣味だと割り切って生きて行くのがいいんじゃないかな。 結局のところ、考えるの好きなんだもん。 て言うか、これで質問者さんにちゃんと彼女いますとか言うならホントにリア充の悩みだよコレ。

noname#246133
質問者

お礼

ありがとうございます。 バランスよくやりたい、と思う部分には、 周りも自分と同じように、もう少し業務効率の向上を意識してやってくれてら、自分ぱかり遅くまで手順の推敲や、雛型化・標準化に追われなくて良いのにな、て思う部分もあります。 みんなが、仕事に対する熱意が同じじゃないのも理解できますが、 それにしても、足並みがそろってなさすぎるというか、 現状の課題を解決しようと考えてくれないのは、なんでなのかなとか、そういう思いもあって、そのあたりの価値観がずれてるのかなとか、自分でも戸惑っています。

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11074/34516)
回答No.4

>主観でしかないのですが、表面的に人生をうまく進められている人ほど、人づきあい・仕事などのバランスが良くとれてる・とってるなと感じます。 そうです。そうです。だって車だって売れてるのは荷物も積めて、人も乗れて、燃費も良くて、大きすぎなくて、みたいにバランスがとれている車です。RX-8のような突き抜けている車は販売台数的にはそんなに売れません。 >でも変えられません 変えられないなら、アドバイスのしようもありません。質問者さんは海に向かって進んでいる車みたいなものです。このままじゃ海に沈没してしまう。それで、私たちが「ブレーキを踏むかハンドルを切ればいいんですよ!」といったら、運転席の質問者さんが「でも僕はそれができないんです!」って返してきたら、それじゃしょうがないね、サヨウナラ、となります。 私も30歳くらいになった頃、同じように行き詰まったことがありました。どうもこのままの自分の、今までのやり方は間違っていた。そう気づいたとき私はどうしたかというと、自分自身をフルモデルチェンジしました。 私も同じように若い頃は付き合いが悪かったけど、とにかく誘われたら断らずに付き合うようにしました。一言余計なことを口走ってしまうので、いいたくなってもグッとこらえるようにしました。そりゃ、やり慣れないことをしますから最初はずいぶん苦痛でもあったし、ストレスでもありました。でもやりました。やった理由はシンプルです。 そうしないと生き残れないと思ったからです。それだけ切羽詰まっていたのです。ブレーキを踏むか、ハンドルを切らないと沈没すると思ったからです。いやむしろもう半分海の中に入りかけていたと思います。 だからくり返すけど、質問者さん自身が「このままじゃいかんとは思うけど、変われないんだよなあ」と思っている限りは昨日と変わらない明日が続くだけの話しです。たぶん、他ならぬご自身が「無理に変わる必要もないか」と思っておられる現状なのだと思いますけどね。「変わらないと死ぬ」くらいに切羽詰まれば変わりたくなくても変わると思います。

noname#246133
質問者

お礼

ありがとうございます。 多分、全部を自分の理想通りにはできない、ことなんだとも思います。 今自分がこなしてる仕事量がそもそも多くて、慢性的に毎日9時ぐらいまで、かかってしまう状況です。 その中で付き合いもしようとすると、削った分は休みにやらなきゃとかな状態で、。 そうすると、そもそもの仕事の完成度を下げるとかを考える必要があるんだと思いますが、長期的に考えた時、選択肢としてとりえな かったりします。 体制として破綻してるのかもしれない。 人付き合いと、仕事を天秤にかけた時に仕事を選んでるのかもしれない。

  • vansancan
  • ベストアンサー率23% (341/1422)
回答No.3

変わる事を恐れないでください。 その年齢になって、ようやく立ち止まって、振り返って考える事ができました。 今まで前ばかり見ていたのでしょう。 逆に言うと、ようやく、どこか堅苦しい若者から、 それだけではない別の部分を持ち合わせた、深みのある人間になれるか・なれないかの 端境期が訪れたんだと思います。 変わる事を恐れず、 今までの自分だったらやらなかった事・言葉・態度。 勇気を持って少しずつやってみてください。 そして、一色だったご自分の人生を、少しずつ色んな色を付け加えていってください。

noname#246133
質問者

お礼

ありがとうございます。 自分は堅い人間で、対人的に面白いと思われる要素があまりなくて、 周りはどう思ってるのかな、という部分もあります。 面白みにかけるというか。 そして、自分としてはそれはどうしたらいいのか、分からなかったりします。 とにかく無難というか、常識的すぎることしかできない、 飲み明かすのは翌日に支障が出るからどうしても、受け入れられない。 お酒も飲みつぶれるまで、飲むなんて考えられない。 でも、大学生の時など、そういう場を共有した友人こそ、今も付き合いが続いている、友人だったり。 そういった部分が、職場での人間関係だと、どうしても堅くなってしまう。 周りからしてみたら、なんかちょっと距離がある人(単なる会社の同僚を超えた関係になろうとしない人)に見えちゃうのかな、と。 仕事で辛いことを言える相手がいないのも、そういう距離感しかもててないからなのかなとか。

noname#196137
noname#196137
回答No.2

私は経営者に言われてしまったことがありますからねえ。 仕事が出来る出来ないとか、何をどうやるかより、職場の人と仲良くすることがまず先だと。 仲良く出来ん人は、仕事もやれんと。 人間関係の重要性をわりと軽く考えて、それより仕事が出来ることが先というのは、社会人として認識が足りんと、社長に言われてしまったわけですよ。 ずっしり堪えました。 言われたのは、なんと50歳過ぎてからですから。

noname#246133
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 仕事と同僚との関係は本当に難しいです。 どうしても、甘えが発生し、なかなか引き継ぎが進まない。 本来は総合的に、そういったことが発生しないように、 体制つくりや、要素技術の習得の標準化(IT業界なんですが)するなど、 いろんな要素があるんだと思います。 職場環境の改善のためのことなんですが、そういったことをあまり考えない人が多いのも、なんだか価値観が共有できていなさ過ぎて、寂しいなと思ったり。

  • lv4u
  • ベストアンサー率27% (1862/6715)
回答No.1

>>学生時代、共通のゲームをやってるクラスメイトに、よく遊びに誘われたりすることがありました。 ですが、特に理由はなかったのに、誘いを断ってしまっていました。 なんとなく、遊ぶのに没頭しすぎてしまい勉強が疎かになるかもしれないのが怖かったんだと思います。 学生時代、スポーツに集中していたとしても、勉強に集中していたとしても、遊びに集中していたとしても、スポーツも勉強も恋愛も遊びもぜーんぶ、バイキング的にそこそこ満足するレベルでやっていたとしても、どれを選んでも、不満と後悔は残るものです。 もちろん、そんなこと考えない人、反省の習慣の無い人は、そんな悩みを持つことありませんけどね。だから、そんな悩みがあるのは普通のこと。 >>もうちょっとバランスよく、仕事とも同僚との付き合いとつきあいたいのに、それが出来ないでいます。 自分を呪縛してしまい、それに苦しんでしまう気質があります。 多くの人は、それで悩むもんです。 >>必要以上の完成度や再利用性を求めすぎてしまうためか、付き合いを犠牲にして仕事に打ち込んでしまっている気質があります。 いわゆる「完璧主義」ってやつですね。優等生的な人は、そういう考え方、生き方をすることが多いようです。 学生時代は、「完璧主義」でも、まだやっていけます。それは、いちおう「正解」があるからです。 でも、社会に出て、仕事をする場合、「正解」ってのは、無いかもしれないことがあります。「絶対に失敗する」「絶対に100点は取れない」ってケースもあったりします。だから、「完璧主義は絶対に失敗する」ともいえます。 >>自分の悩みは、手に入れられないことを悩んでるのに、 手に入れられたら、失うかもしれないのも怖いです。 私たちの「命」もそんな脆いものですよ。今日、眠りについても、明日、確実に生きて、目を覚ますとは限りません。阪神大震災のように、朝方に地震がきて、一瞬で死んでしまうかもしれない。 歩道のない道路を歩いていて、あるいは、自転車で走っているとき、背後から車が衝突してくれば、即死するかもしれない。 諸行は無常なんです。 そして、こういう心境のとき、人生とは?生きる価値とは?とか、仕事とは?家族とは?なんて考えてみる良い機会です。 私は、若いころ、そういう悩みを持って、いろんな宗教書、精神世界の本などを読み漁り、幸福の科学にたどり着いて、やっと心の平静を得たものです。 とはいっても、ときどき学生時代の頃、あるいは以前に勤めていた会社で働いていた頃のことをふと思い出すと、「あの頃、もっと趣味や仕事への姿勢が変わっていたら・・・、あの有名な会社の社長に”うちにこないか?”とフィリピン女性の沢山いる飲み屋でスカウトされたとき決断していたら・・・、あの子が”結婚して!”と迫ってきたとき、決断していたら・・・」って、考えることはあります。 >>自分はなんなんでしょう。 それが判れば、「悟り」を得たといえるでしょう。

noname#246133
質問者

お礼

アドバイスありがとうございます。 若い頃に比べれば、随分と丸くなれた、と思うんですが、 それでもだまだ足りない、周りは普通に出来てることを、何故自分は出来ないのかなって思うんです。 35年かかってこれじゃ、出来るようになる頃には、いくつなのか。 なかなか難しいです。