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変わらなくていいのでは?
私のクラスは、あまり評判が良くありません。先生のいう事は聞かないし、授業中に関わらず取っ組み合いの喧嘩をしたりと、問題だらけです。でも私はそこそこ楽しくそのクラスでやっています。特別頭が悪いというわけでもないし、基本的な事は皆できています。 最近、クラスメイトの女子が 「このクラスは崩壊寸前」 と言い出し、私がこのクラスを変えると言うのです。わざわざ変える必要があるのか分からないのですが、明日授業の時間を使い今後の事について話し合いをやるそうです。クラスの大半は反対しています。私も反対です。皆がこのままでいいと言っているのに、変える、など意味がわかりません。具体的にどう変えるのか分かりませんが、私はその子を説得させたいのです。何かいい説得の言葉やセリフはありませんか?明日の6時間目に話し合いをします。早めの回答をお待ちしております!
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ぬるま湯に入っていたら気持ちがよくて、なかなか出られないというのはよく言われることです。 貴方はぬるま湯どころではない、ぐちゃぐちゃのいい加減がはびこる遊び場のような教室に慣れてしまい、そういうひどい雰囲気に麻痺してしまっているのですね。最悪です。すぐ目を覚ましてそういうひどい現場から真の教育現場へ改変していってください。 >わざわざ変える必要があるのか >特別頭が悪いというわけでもないし、基本的な事は皆できています。 そんな場所でも基本的なことが出来ているのなら貴方は頭が良いのです。でも将来の厳しい日本で生きていくためには、改変が絶対必要です。教室はそこそこ楽しく取っ組み合いをしたりする場所ではありません。勉強をする場です。
日本人って変わるのが嫌いですよね。 保守的でこのままでいい。 現状が不満、あるいはもっと高いレベルを目指すために変わる。 本当は優れた伝統、習慣を形成してやはり有害なものと大切なものを分けて、長い間の試行錯誤ででてきたものを急進的に思考の純なものを持ち出して変えようというところで失敗していくのです。 しかし、改革はあくまである原則に対し、最適を目指していきます。 部分最適なんてことはいっぱいあります。 日本人は昔は完成したものは人間っぽくないし、壊れる前兆だと嫌いました。日光東照宮などの建築でも表れてます。最近の思考物(組織)に使われるというのに慣れた日本人って昔とは別物な感じがします。 ここまでは改革否定論。 しかし、より高次なところへいくには改革も必要になってきます。 更に悪習がはびこっている状態というのは改革よりも矯正が必要な気がします。 「変える」となると改革派対抵抗派になってしまい、みんな攻撃防御になって硬直化した状態で結局何も進まないと思います。 これは心理学者のアイゼンクが行っているのですが。 矯正、ゆがみをなおしていくことは思考の産物じゃなくて、心の問題だと思います。 荒れててはいけない。刑法の心神耗弱の責任の引用になりますが「物の理非・善悪を弁別する能力 又は その 弁別に従って行動する能力のない状態」というのは普通の人の集まりでこんな状態というのは道徳の未発達に思えます。 難しく言うと社会学では「共有地の悲劇」という言葉があります。自分さえよければという感覚は気づかないだけで秩序が乱れれば、結局成員みんなが損するんです。 日本人は子供をしつけないといいますが、先生、親、地域、生徒自身も含めてこういうふざけた意識から道徳の発達をしてほしいような気がします。