※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:【小説表現】 会話文のどもり 【リアリティー】)
小説会話文のどもり表現について
このQ&Aのポイント
小説の会話文での「どもり」表現の必要性について検討します。
小説の会話文のリアリティーを高めるための表現方法について考えます。
小説の会話文での適切な表現バランスを見極めるポイントを提案します。
小説の会話文で、「どもり」は必要でしょうか。小説手法として、善し悪しを教えてください。
・「ど、どうして、そんなこと言うの……?」
・「た、田中さん。それは、承認できない」
この文でいう、「ど、どうして」「た、田中さん」など最初の部分です。
会話に臨場感というか、リアル感が生じるように思うのですが、他の小説(とくに一般書籍)をみてると、「どもり」ってあまり無いように思えます。つまり、不必要だと思われてるんでしょうか?
その中でも、「あ、はい」は現実でも、小説でも一番よく見る「どもり」だと思いますが。
↓からは私の意見ですが、
私は、小説の会話文(手法)は、全体的にリアリティーが薄いと思っています。芝居じみてるというのが正しいんでしょうか。
かといって、現実の会話のようにしたところで、それは単純に、小説が読みづらくなるだけ。ダメだと理解してます。
この妥協点を見極めたいというか、できるだけ現実に近づけたいと考えました。
実際、毎回どもり表現なんて書いたら、読者は煩わしいと思うので、言うほど頻繁には使いません。
地の文で、人物の動揺やどもりを表現することはできるし、小説を書くなら地の文を磨いた方がいいと思ってます。
お礼
回答ありがとうございます。参考になりました。