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ゆとり教育による学力以外の変化
自分は現在高校生で明日行うプレゼンでゆとり教育について発表することになりました。 そこでゆとり教育について調べていくと「脱ゆとり教育のために昔の詰め込み教育のスタイルに戻せばいいじゃないかという人がよくいるが、当時は戦後の復興など国民全員の共通の大きな目標もあったお陰で努力できた。今では労せず大学も入れるし、どんなに頑張って難関大学に入っても一流起業に入って一生安泰なんてものはない(つまりは学歴社会の崩壊)ということもあって学生たちの勉強に対するモチベーションも下がっている」というような意見を聞き、「確かにそんな簡単な問題でもないんだな」と納得しました。 ですが実際のところどうなんでしょうか?現在18才でどっぷりとゆとり教育につかっていた自分にはそのみんなが共通の目標に向けて頑張っていたという状況がイマイチ想像できません。 特に僕の親の世代、今なら40~50代の人たちに訊きたいです。 当時の学生たちは今の学生たちとどう違いましたか?ゆとり教育によって生徒たちの中で大きく変わったものは学力以外でどんなものですか? また、もしそんなゆとり前の世代のあなたたちがもし今の学生だったらどうなってると思いますか?
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- potatorooms
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> 自殺者まで出ていたとは知りませんでした。 子どもの数が増えていて、定員の増加が間に合わない時代でしたから、進学校では、わりと身近な話でした。 私も、友人に自殺者はいませんでしたが、友人の友人とか、学校の同学年の人にはいましたよ。 あと、このサイトで、先生から何をされた・・・とか、けっこうくだらない話を書く人がたまにいますが、当時は、授業で先生が竹刀を持ち込むのは普通でしたし、授業で分からない子が、定規などでこづかれるシーンもみかけました。おどしではなく、使うために持ち込んでいるわけです。私の場合、親公認でしたよ。言うこと聞かなかったら殴ってくださいって。先生との面談でいってましたから。モンスターペアレントって、学校の邪魔をするというよりも、学校の先生を応援するって方がいて、生徒にとって迷惑でした。 いまは、教師の人の自殺数が問題になっているようですね。
- potatorooms
- ベストアンサー率28% (3506/12497)
受験戦争って言葉をご存知ですか? 受験に苦しんで自殺する子が、各学校にいました。そういう時代をご存知でしょうか? 日本だと過去の話。韓国、中国だと現在進行形の話です。 当時の受験戦争を知りたいなら、弓月光 の エリート競走曲 を読んでみるといいかも。このマンガは、大学受験ではなく、中学受験の話ですが。
- key00001
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社会はそんなに変わってないですよ。 少なくとも戦後は、今も昔も日本は資本主義ですから、基本的には市場原理主義に支配された競争社会です。 だから「共通の目標」なんてものは有りません。 強いて「共通の目標」があるとすれば、「利益」など。 それが達成出来なければ、会社であれば倒産するし、個人なら負け組になります。 そうならない様、それぞれが自分の目標に向かって努力するかしないかだけです。 そう言う前提で考えますと、「学生たちの勉強に対するモチベーションも下がっている」のがホントなら、我々の世代だと、むしろ「ラッキー!」と思います。 自分さえモチベーションが高けりゃ、競争相手はおらず、楽勝ですからね。 もし、ゆとり教育世代にはそう言う発想が全く無いと言うなら、ちょっと心配ですが、今でも高学歴を得て、官僚とか医師・弁護士などになる人などはいますし、大企業に就職する人など万人単位でゴロゴロいます。 就職氷河期などと言われ、狭き門であることは確かですが、「狭き門であるから」と言う理由で諦めるか、それでも挑むかは、個人で考えることですよ。 ゆとり世代は徒競走でさえ順位を付けないと言う「非競争教育」を受けた結果、社会に出てから競争社会に直面すると言う点は気の毒な様にも思いますが・・。 しかしアホな教育制度を鵜呑みにする家庭環境とか、やはり本人の責任もあると思いますよ。 質問者さんの好きな女の子が友達と被ったら・・三人で付き合いますか? そう言う状況では、友達と戦って勝たなきゃ、目的は達成出来ません。 そもそも生物は、戦って勝ち、目的を達成しなきゃ、子孫を残せないとか、下手すりゃ生き残ることも出来ません。 人間も生物である以上、この摂理から逃れることは出来ません。 それにも関わらず、「争ってはいけない」的な「ゆとり」は、まやかしなんですよ。 それに本人が気づくかどうか?だと思います。 ただ、気付いた時から変わればいいです。 イヤでも社会人になれば気付きますしね。 そこで変われるかどうか?です。
お礼
自分で調べて想像していたのと少し違う雰囲気なのかなと感じました。 確かに、大企業に入るのが昔は簡単だったのかというと今も昔も難しいでしょうね、回りの空気に流されなければ確かに今のこの状況はチャンスかもしれませんね。 回答ありがとうございました、女の子の例とても分かりやすかったですw
明日のプレゼン内容をネットで相談するあたりに「ゆとり」を感じました。
お礼
いえいえ、質問投稿時間を見て分かる通り明日のプレゼンなのでもう作り終えた後ですよw 流石にこれから徹夜でプレゼン製作という訳ではないです。 ただ予想してたよりも結構な数の回答をいただき、さすがに当時を生きていた人たちの経験談だけに納得させられるものも多いので、プレゼンを作る途中で参考意見として取り入れていたらもっと良くなったかもしれないとは思いました。 回答ありがとうございました。
- hekiyu
- ベストアンサー率32% (7193/21843)
"みんなが共通の目標に向けて頑張っていたという状況がイマイチ想像できません" ↑ ・互いに一体感があった、とかそういうことでは ありません。 勉強して、よい学校に入り、少しでもよい会社に入るのが 当たり前、という社会の風潮があっただけです。 現代の中国みたいなものです。 ・社会全体の風潮としては、欧米に追いつけ、追い越せ、という 目的があったことも確かですね。 ただ、学生がそこまで意識して勉強していたのかは疑問です。 親や先生からは競争に勝て。勝たねば落伍者だ、という ことを叩き込まれました。 ・大学の進学率もいまとは違います。 今では、過半数の若者が大学に進学しますが、当時の進学率は 10%ぐらいです。 ”当時の学生たちは今の学生たちとどう違いましたか?” ↑ 今の学生は大人しいですね。よく言えば素直ですが、 悪く言うと覇気が無いです。 李登輝台湾総統が来日する、というので歓迎セレモニーを 大々的に企画したところ、外務省から連絡があって、それで 中止になった、という話を聞いたときには驚きました。 実際に学生の話を聞いたときはもっと驚きました。 「外務省から言われたんじゃどうしようもないでしょう」 機動隊とケンカしていた世代と比較すると、今の学生は 去勢されたのか、と思わずにはいられませんでした。 ”ゆとり教育によって生徒たちの中で大きく変わったものは学力以外でどんなものですか?” ↑ ゆとり教育などやれば、勉強しない子は遊び、勉強する子は もっと勉強して、二極化が進むだけだ、ということを書いて 朝日に投稿したところ、掲載されました。 そして、その通りになりました。 高校の底辺層は、漢字も読めませんし、小学生レベルの算数も 出来ません。 トップ層は大学レベルの勉強をしています。 ”もしそんなゆとり前の世代のあなたたちがもし今の学生だったらどうなってると思いますか” ↑ こういうのは親の姿勢で決まります。 親の姿勢は社会の風潮に影響されます。 私の両親は学歴コンプレックスが強かったので 勉強組に入っていたと思います。
お礼
社会の風潮の変化というのが強そうですね、自分が調べた時もそのような情報がいくつか出てきました。 大人しいというのは自分でも腑に落ちる所があります、自分が損するだけならまだしも関係ない周りの人を巻き込む可能性があるなら止めておけという考えはたしかに自分にもあります。 回答ありがとうございました。
- sayuliy
- ベストアンサー率16% (207/1282)
こんにちは。 「当時の学生たちは今の学生たちとどう違いましたか?ゆとり教育によって生徒たちの中で大きく変わったものは学力以外でどんなものですか?」とありますが、 当時の学生は数が多すぎて大人たちの目が行き届かなかったため、今のような一人ひとりにキメの細やかな指導はなかったですね。 取り敢えずお前らは大学に行けばいいんだよといった風潮でしたね。 当時のブルーバードシンドロームの若者と比較すると 昔:現状より良い環境が近くにあると思っている 今:良い環境は与えられると思っている この程度の違いだけで甘ったれであることは変わりません。 ただ、今のほうが上記に当てはまる人の率が高いです。 また、今の学生のほうが「納得できないこと」はやらないですね。 何かを指示したとき「なんで?」と訊くヤツは今のほうが多いですね。 苦労した親を持つ世代と苦労を知らない親を持つ世代ですからね。 「生きる」ということの根本的なところで違うと思います。 「また、もしそんなゆとり前の世代のあなたたちがもし今の学生だったらどうなってると思いますか? 」とありますが、 これは人口や親の世代も変わるって話でしょうか? 全ての環境が同じなら同様になるでしょうね。
お礼
他の方もおっしゃっていましたがやはり風潮というものが大きな要因だったようですね。 そのせいで受験戦争につかれきった学生が出たのも事実かもしれませんが、今よりはよかったのかもしれません。 納得いかないことはやらない学生というのが出てきたのも風潮の変化からなんでしょうかね 回答ありがとうございました。
- ariakun
- ベストアンサー率37% (186/494)
一番変わったのは「意識」でしょうね。 それは「将来」や「現状」に対するものでしょう。 40~50代とありますが、現実的には「団塊の世代」とよばれる「昭和」の世代の親達ですね。 「ゆとり」という考え方は、「平成」に入り「バブル」と呼ばれる経済的な成長の中で始まりました。 それ以前の「昭和」の世代は、「成長」という考えの下暮らしていました、それは「戦後の復興」であり「経済的」な成長でもあります。 「日本を世界的な国にして、自分達の暮らしを豊かにしたい」という考えですね。 この頃は「勉強」というよりは「働く」という意識が強くありました、結果、日本は経済成長を果たし経済大国になった。 「昭和」の世代では「勉強して学力を上げて大学に行き、いい就職先に行こう」という考え方はあまりありませんでいたね、「就職」=「生きていくため」という意識が強かったようです。 「ゆとり」の弊害は「昭和の世代の上に成り立つにも関わらず、その事を忘れた」とも言えますね。 それは「経済的」な豊かさ、そして「人間的な問題」を重視するようになった事でしょう。 重視された事の一つに「子供の人権」があります、学校は勉強を教える場であった訳ですが、そこに「子供の自由」を持ち込んだ、教師からは力を取り上げその上で勉強時間も少なくしました。 そこで起こった問題が「常識の低下」ですね、「子供の自由」を謳った事で子供を叱れなくなってしまったのです、親も子供の弁護に終始しました。 その事で発生したのが「いじめ」ですね、子供は自分の自由を守り、教師も手を出せないという・・・ 「経済的な豊かさ」を手に入れた人達は、更なる豊かさを目指し「良い就職先に就職できれば将来は安泰」という事から「大学」へ進学するようになりました。 企業も人材が多い面から「学力」を重視するようになった、当然の事だと言えますね。 しかし「バブル」は崩壊し、世界経済も減速しました、残ったのは「ゆとり時代の考え方をもった人達」です。 「ゆとり教育」がもたらした物は、「学力低下」だけではなく「個人の意識」。 「学校で教わる物は勉強だけではない」という事になりますね。 社会生活で必要な物を、叱咤激励を受けながら学んでいく・・・ 「個人の意識」と書きましたが、「精神的」な物と言えるでしょう、それは「我慢すること」であり「精神的な強さ」と言えます。 「我慢できない」から「キレる」という事にもなってしまう・・・ 「精神的に弱い」その結果、何事も「あきらめてしまう」事になってしまう訳です。 「将来」に希望も持てず、「努力」する事も「あきらめてしまう」という悪循環を引き起こした。 「昭和」の世代が「ゆとり」世代に強いのは「精神的」な物です。 勉強ができなくても「精神力」は強い、社会生活における強みですね。 ・・・長くなりましたが最後に、 「もしそんなゆとり前の世代のあなたたちがもし今の学生だったらどうなってると思いますか?」 時代が違いますが、「同じ教育を受ければ」貴方と同じ考えになっていたでしょうね。 そして「その時の状況に合わせていた」と思いますよ、それも「歴史」ですからね。
お礼
変わったのは「意識」や「精神」ですか あまりハッキリとは覚えていませんが、確かに「キレる若者」というワードとゆとり教育やその他の教育問題についてがTVで報道され始めたのは同時期だった気がします。 勉強以外にも学校では教えるべきものがある、もしかするとそれは勉強よりももっと重要なことかもしれない、なのにそれが欠けているから今まで以上に教育が問題視されている。そこまで深く知っているわけではありませんが、そう思わされました。 精神的な強さというと学校を卒業するまででなくその後の人生でも重要になり、だからこそそこに問題があると後々まで問題を引きずったままでいることになり、時間が経つとそんな人たちがいずれ親になる・・・ 考え出すと悪循環しか思い出されません、なおさら早急に解決策が必要な問題に思えました。 回答ありがおつございました
補足
失礼しました、回答ありがとうございました
- yama-koke-momo
- ベストアンサー率34% (352/1008)
うちも大学生と高校生がいます。 親世代として素直に質問にお答えしてみたいと思います。 まずみんなが共通の目標に向けて、という部分ですが、戦後まもなくの厳しい時代には確かにそういう意識があったんだと思います。 この下はないと言うくらいのどん底を国民みんなが味わったのですから。 なら上に行くしかなかった。それが共通意識ということだったのでしょう。 別に「目標」が共通だったわけじゃない。でも皆が懸命に幸せになろうと努力して同じ方向を向いていたのです。 東日本大震災をたとえ映像の中だけでもあなたも体感しましたよね? 命や財産やいろいろなものを無情に奪われたあの状態から人は何を思うと考えますか? きっと戦後も同じだったと思いますよ。 しかし私の世代でもそれは想像の範疇なのです。 なぜなら「もはや戦後ではない」と言われた時代、戦争を知らない子供たちと呼ばれた世代ですから。 すでに共通の目標なんてものはありませんでした。それはあなたの祖父母の時代の話ですよ。 高度経済成長期の真っ只中に私達世代は産声をあげたんです。 景気が良くなって行くところばかり見て育ったんですよ。 つまり競争が激化した時代だったのです。追いつけ追い越せと駆り立てられた時代です。 スパルタ教育とか教育ママなんて言葉が流行りました。受験戦争という言葉も。 人を蹴落とすことを余儀なくされたような時代です。 何せ子供の数が今とは違いましたから大学入試の倍率もケタが違ってましたね。 父親は仕事漬け、子供は勉強漬け、家庭の団欒の時間は削られる一方でした。 そのひずみから「落ちこぼれ」を産み、校内暴力などの問題を産みました。 そうした反省から打ち出されたのがゆとり教育でした。 しかしその「ゆとり教育」の実態は呆れるものでした。 土曜休みにして授業時間を削られた結果、規定の時間数で単元をこなすのが大変になったのです。 休みを増やしたぶん授業内容自体は「詰め込み」になったのです。 子供の学力が落ちたのは授業にゆとりがあったからじゃありません。詰め込み授業の弊害で理解力が落ちたせいです。 そして裕福な家の子だけが塾で学力を補う事が出来、貧しい家の子は結局「落ちこぼれ」です。 <当時の学生たちは今の学生たちとどう違いましたか? 今よりも、勉強も遊びもがむしゃらにやっていた気がします。 今どきの学生はとにかく覇気がないと感じます。全員がではありませんが。 小さくまとまってる感じです。夢を持てないんだなあ、と思います。 私達の世代は20代でバブル景気を迎えてますから夢は持てました。 <ゆとり教育によって生徒たちの中で大きく変わったものは学力以外でどんなものですか? 自分で考え工夫する力が何より足りないと思います。 そして自己中心的でコミュニケーション能力が乏しい。 人を蹴落としてのし上がって行くような人間が減っている半面、自己評価の低い卑屈な人が増えました。 <また、もしそんなゆとり前の世代のあなたたちがもし今の学生だったらどうなってると思いますか? さあ、どうなってるでしょう?想像できません。あなたがゆとり以前を想像できないのと同じです。 でも景気が悪く厳しい世の中であることは気の毒に思います。 私はとくにバブル景気の恩恵に預かった経験はないけれど、やはり世の中が違いました。 もっと明るくて陽気でした。今は暗い顔した大人ばかりだものね。 若者が夢を持てないのも仕方ないと思います。
お礼
当然といえば当然ですがゆとり教育にも理由があったんですね 前の世代の反省を今の世代の子供に生かせていないというのも、大変な目にあったのは前の世代で今の世代ではない、そしてその今の世代は前世代がどうだったかを知らないし想像できないからそのことを理解していない、当たり前ですね。 前世代の課題は政策が施行される意図、理由をきちんと伝えること 今の世代はそれに耳を傾けることなのかと思わされました 回答ありがとうございました
- itochiin
- ベストアンサー率100% (1/1)
私はもうすぐ38歳で高校生や中学生の子どもがいる主婦です。はっきりはわかりませんが、ゆとり教育とか言って、今の子どもを見ていると、私の時より大変そうです。私、こんなに勉強してないです。土曜日の休みが増えた以外にゆとりなんて見られません。しかもその分毎日の勉強が大変そうです。 無くなったと言えばやっぱりコミュニケーション能力なのかな?遊ぶ約束してないと遊びに行かないし、自分から誘うより誘われたい(断られるのが怖い?)し、家が近くても電話で済ませるし。私が子どもの時はピンポンして回りましたよ。 この前、新人ぽい郵便配達のお兄さんが、家に電話してきました。「ちょっと、玄関に出てきてもらえますか?」って。何事かと思って出てみると、荷物を持ったお兄さんがへらへら笑いながら「雨だったんで(すんごい小雨!)ピンポンしていなかったらショックなんで・・・(笑)」って。ビビりました。これがゆとり世代か!って初めて思いました。 私が今学生だったら、何のために生きているのか?って思うと思います。勉強勉強で、でもこんなに勉強しても就職とか大変そうだし。今のことが精一杯で、将来のこと考える余裕はなさそうです。私は、遊び遊びに勉強って感じでしたけど、その中で、恋とか友情とか人を思いやるとか、教科書では教えてくれない勉強を学んだ気がします。
- nevel
- ベストアンサー率13% (39/288)
当時は家がお金持ちでも、頭が悪いと大学に行けなかった。 大学に行けるのは、3割も無かったから。 「大学に入りすらすれば、その後の人生は安泰。とにかく大学に入るまで頑張れ。遊ぶなら大学に入ってから遊べ」 と親や教師は中高生に言っていて、言われた学生は、そのまま100%信じていた。 それで、大学に入るまでは、今の学生より過酷な受験勉強だった。 実際、大学を出て新卒で就職出来ない奴なんて居なかったし、会社に入ってしまえば、年功序列、終身雇用だった。(入社してから変わってきたけど、バブル崩壊まではそうだった) だから、昔の大学を目指していた高校生は、苛酷な受験勉強に耐えたよ。 一流大学に入れば、大学で遊んでいても、大手企業に簡単に就職できたし、会社に入れば終身雇用と信じていたから。 俺がもし今の学生だったら、何を信じて頑張れば良いのか判らないな。大学に入っても、就職の事が気になって、遊んでばかりも居られないんだろうし。
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お礼
自分が調べた時も「受験戦争」というワードは確かによく出てきました。今では小学生も受験をする時代だから今のほうが過酷なのでは?と思っていましたが、自殺者まで出ていたとは知りませんでした。回答ありがとうございました。