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大平洋戦争について

太平洋戦争から今年で70年ですが、そもそも、太平洋戦争に至った原因はなんだったのでしょうか。

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  • mekuriya
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回答No.3

アメリカは第一次世界大戦後、対日敵視政策を取りました。戦場となった欧州諸国は戦勝国のイギリス・フランスも含めて荒廃・没落しました。またロシア帝国、ドイツ帝国、オーストリア帝国、オスマン帝国の4つの帝国が瓦解しました。その後、世界市場を握ったのは無傷のアメリカと帝国で唯一残った大日本帝国だけだったのです。つまりアメリカが世界覇権を握るためには、唯一のライバルである大日本帝国を叩き潰せば、目標を達成できるのです。アメリカは明治政府に協力して日本の近代化を支援しました。日露戦争では日本が発行する戦時国債を引きうけ、ロシアとの講和も斡旋するなど側面で支援しました。またアメリカは日系移民を受け入れるなど日本に対する支援を惜しまなかった。それはアメリカが日本から満州利権の分け前を貰いたいという考えがあったからでした。ところが日本人は日本にしか興味がない。日本人はアメリカがどういう眼で日本を見ているのか全く気づかなかった。小村寿太郎は鉄道王ハリマンの南満州鉄道の日米共同経営の提案を拒否したのです。おいおい、いままであれほど支援してやったというのに日本は満州利権を独占するつもりなのか?それまで親日的だったアメリカ世論は、反日的に180度方向を変えていきました。第一次世界大戦後の1923年にはアメリカはイギリスにアメリカを選ぶのか、日本を選ぶのかどちらか一つにしろと迫って日英同盟を破棄させました。イギリスは第一次世界大戦でアメリカに対して巨額の債務を負っていたので、アメリカに逆らうわけにはいかなかったし、同じアングロサクソン民族のよしみもありました。アメリカは第一次世界大戦で欧州戦線に参戦し、イギリスの勝利を助けてくれた。それに対して同盟国だった日本は何もしてくれなかったではないか。1924年にはアメリカは排日移民法を制定し、一転して日系移民の締め出しを図りました。さらに反日主義者のルーズベルト大統領は日系アメリカ人の名簿作りに着手しました。アメリカは虎視眈々と日本との戦争を準備していたのです。ところが日本人は日本にしか興味がない。そういうアメリカの空気の変化に全く気づかなかった。 現在でも同じです。日本人は東日本大震災、福島原発事故だけに眼を奪われている。日本人は日本にしか興味がない。世界は今、地球温暖化問題で食糧危機、資源危機、電力危機に喘いでいる。にもかかわらず日本は円高を良いことにして世界中から食糧を買占め、飽食に溺れ、石炭・石油・天然ガスを好きなだけ輸入しています。原発こわいと火力発電所をフル稼働させているからです。日本が温室効果ガスを排出し、乏しい資源を独り占めにして世界を苦しめている。東日本大震災、福島原発事故の際には世界は日本への支援を惜しまなかった。多くの義捐金を寄せ、人的支援・技術的支援も行った。にもかかわらず今の日本人は世界に恩返ししようともしていません。日本人は日本にしか興味がないからです。福島原発事故で電力不足に陥ったとき、タイは発電所を貸してくれた。日本はこれまでタイには散々助けてもらっているのです。そのタイで洪水が起きた。しかし日本人はタイの窮地に興味を持たない。日本人の関心は日系企業への影響は?ってだけで何も支援を行わなかった。 今、世界は日本への失望を深めています。もはや日本は許しておけない。世界に害毒をばら撒くだけの日本はもう地球には必要ない。そう世界が決断する日は遠くないでしょう。 地球温暖化によって小麦は不作に喘ぎ、価格高騰を続けています。小麦を主食とする世界の多くの国は困り果てている。にもかかわらず、日本はケーキだ、パスタだ、スイーツだと小麦を買い占めているのです。米余りだといいながら、米を食べようとせず、世界からかき集めた小麦でパンばかり食べている。いつか世界が日本を見る眼は憎悪の眼に変わる日が来るでしょう。戦前と同じように。

noname#147444
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回答ありがとうございました

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  • hekiyu
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回答No.2

1930年の米国大不況により、米国のGDPは1/2 に、株価は1/10,失業率は30%近くに跳ね上がり 背後には社会主義の足音がヒタヒタと迫っています。 米国はニューデール政策などをやって、公共事業をやり ましたが、効果はさっぱりです。 このままでは、体制が崩壊しかねません。 それで米国はどうしても戦争をやりたかったのです。 戦後、米国経済は見事復活し、危機を脱しました。 ま、日本は米国の外交にしてやられた訳です。 (参考) ○「ルーズベルトの責任-日米戦争はなぜ始まったか」 (藤原書店、下巻は来年1月刊行)には、ルーズベルト米大統領が、 巧妙な策略によって日本を対米戦争へと追い込んでいった過程が、 米側公文書などによって、浮き彫りにされている。  著者は、米政治学会会長や歴史協会会長などを務めた第一人者、 チャールズ・A・ビーアド元コロンビア大教授(1874~1948年)。 順次解禁された米側の外交公文書や連邦議会議事録など膨大な資料を 詳細に調査・分析し、1948年4月に米国内で発刊されたものの、 政府側の圧力などによって激しい不買運動が起き、 事実上の禁書扱いとなってしまった。 ○ハーバート・フーバー第31代米大統領 (1874~1964年)が、真珠湾を攻撃した際の 大統領だったフランクリン・ルーズベルト (第32代、1882~1945年)について、 「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に 追い込む陰謀を図った『狂気の男』」 と批判していたことが分かった。 米大統領経験者が“陰謀説”に言及していたことが判明したのは初めて。

noname#147444
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回答ありがとうございました

noname#208392
noname#208392
回答No.1

私の勝手な想像の域を出ませんが、要するに、経済的な原因ではないでしょうか。 日清戦争のあたりから、日本は大陸へ進出します。軍事的な意味もありますが、それと同じかそれより重要な理由がやはり経済的な理由だと思います。 朝鮮を併合し、樺太を頂戴し、満州に日本の傀儡国家を建設しました。 それらは、市場であり、地下資源の供給地であり、雇用を生む地であったわけです。 それらの地域は日本のものであり、排他的な日本の経済ブロックです。 これは、欧米、特に中国への進出に出遅れた米としては全然面白くない。 また、中国の国民党や共産党の反日宣伝が効果をあげ、日本と対決する同義的な理由も欧米に提供します。 クライマックスが、ABCD包囲網です。 1938年、近衛内閣が東亜新秩序(アジアから欧米帝国主義を排除しよう、という提案)をぶち上げると、欧米は一気に態度を硬化させ、エンバーゴを実施。これを日本のマスコミがABCD包囲網と呼びました。 日本にとって特に痛かったのが石油の禁輸です。 日本には誰も石油を売ってくれなくなりました。ナチスに屈したフランスのヴィシー政権と話をつけて仏印に進駐するも、これでますます欧米の経済制裁が厳しくなる。 じゃあ、一気に石油の出るところ欧米から奪い取っちゃおう、ということで、東南アジアを狙ったのが太平洋戦争です。 当時はまだ中東の油田は発見されておらず、油田と言えば、アメリカとかコーカサスとか、それと東南アジア(インドネシア)だったのです。 だから、多分東南アジアを勢力圏に入れた時点で戦争やめたかったんじゃないかと思いますけどね。 そうは問屋はおろさなかった。結局、スッテンテンになっちゃいました。

noname#147444
質問者

お礼

回答ありがとうございました

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