素人ですので、間違っていたらお許しを請う事になります。
哲学は人間の理論脳の答えを探す事に重点を置いて『思考』するところに存在すると思います。つまり『言葉において表現する事』です。
宗教は人間の内面や環境など全ての存在の把握を目的としていると思います。つまり『人間の存在を内面から、外面に向かって思考する事です』
処が人間の思考方法には『言葉によらない思考方法が存在します』この思考方法の結論が在ります。その結論が『キリスト教においては、神と和解する事』です。『仏教においては、自分自身に内在する、命の働きを知る事』です。言葉を替えて表現するなら『見性』です。つまり悟りを開くところが、その最大眼目という意味になります。
今書いた理由によって結論つけられる事が在ります、哲学は健常者たる人間としての知的欲求、或は探究心を満たす事がその目的になっていると云う事になります。つまり『知的疑問の解消です』言い方を換えるなら、人間としての疑問を『苦悩しない範囲での』疑問の解消を目的にしている事です。
もっと言うなら『人生の意味を、苦悩しない範囲で、知的な解釈を見つける事』と思います。
宗教の場合では、同じ人生の意味を、『苦悩しながら、或は深刻な苦悩の中にその意味を探す事を意味します』つまり『人生の意味を魂の苦悩の叫びとして見つけようとする、心の働き』という言い方が出来ると思います。つまり『魂の救済』が宗教の目的と思います。
この『有限の命に対する』救いのない人生に存在する『我』の救いを求めて行く事が宗教の目的になっているという意味になります。
純粋に哲学に傾倒する人は、人間の悩みが分からない事を意味すると思います。その意味は健常者と言う人が『心を病む人や、悩みが深い人の心の内面を、想像さえ出来ない事』に通じています。
従って人生の意味を同じ探る事を目的としながら、哲学では苦悩しない思考方法で探る事事になっていると感じます。
宗教の場合では『人生の意味を深刻な悩みや疑問として』その解消方法を探す事を意味します。
人間の心の矛盾の解消が『宗教の目的』になっている事を意味します、言い換えるなら『人間の悩みや疑問は、人間の心の矛盾』を感じている事を意味します。
つまり『魂の救済』とは『心の矛盾の解消』と云う事を意味しています。
と言う事で『人間には二つの心が存在している事を示唆していますので』その根拠をウイキペデアから載せておきます。
”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究
ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球が『それぞれ独立した意識』を持っていることを実証した。”
この脳の機能分化が完成される事を『聖書』では、知恵が付いたと表現しています。機能分化が完成される頃、つまり思春期頃から『人間は天国から追放されてしまう』という意味ですが、悩みが始まると言う意味です。
二つの機能として働き始める『二つになった人間の意識が』別々に独自に勝手に働き始めることを意味します。
このもう一つの意識は、機能分化が完成した時、『無意識の奥に封印された形で、隠れてしまいます』この封印された形で存在している事が、今の医学の盲点となっています。
という意味は、『心を病む事や、神経症や、自律神経失調症や心身症』等の、検査をした場合に異常が見つけられない場合の原因を特定出来ない事と関係があります。つまり『心の矛盾』がこれ等の原因と言う意味です。
お礼
君は必要は知識が不足してる上に間違った認識をしてるのかな?
補足
ああ。。わかる人にはわかる暗喩というのもあってねww