日曜日に図書館で「日本の家紋七〇〇〇」、「家紋大図鑑」、「新訂 寛政重修諸家譜 家紋」等で調べてみましたが、御質問の家紋と同じ紋は、見つける事が出来ませんでした。
しかし、それらに掲載されていた鳩紋と烏紋を比較した処、鳩と烏の図案は非常に良く似ていて、その2種類の紋の形を見ただけでは区別する事は困難だと思いましたし、御質問の家紋に描かれている鳥の図案にも似ていました。
ですから私も、御友人が仰る通り、鳩か烏だと思います。
日本では鳩は、軍神である八幡大菩薩の御使いとされているそうです。
これは「八幡」を「や・はた」と読む事から、「はた」と「はと」を掛けていると言う説もある様ですが、明確な理由が判明してはいない様です。
軍神の使いである鳩の図案は、武将達の間で流行し、平惟将の系統である熊谷氏の代表家紋の他、武蔵七党の一つである丹党の西村氏、清和源氏義光の系統である山本氏、清和源氏上満の系統である小島氏、藤原氏系の中川氏、同じく万年氏、同じく宮崎氏、同じく根岸氏、小野氏の系統である木部氏等で使用されているそうです。
その基本は、地面に降り立ち、頭を上げて向かい合う、二羽の鳩を横から見た処を描く事で、鳩の身体が八幡の「八」の字を表し、「八の字の鳩」=「や・はた」=「八幡」を表した図案が元となっている様です。
そのためか、殆どの鳩紋は、鳩を横から見た際の形をしており、飛んでいる姿のものは僅かしかなく、御質問の家紋の様に飛んでいる姿を真上から見た図案は、私が調べた本の中には掲載されて居ませんでした。
ですから、御質問の家紋は烏紋の可能性の方が高い様な気がします。
中国には、太陽の中に住み宇宙を支配していた三本足の烏の伝説があったため、烏は霊鳥とされ、それが日本に伝わって烏は熊野権現の使いとされました。
(古事記や日本書紀で、八咫烏が熊野から大和へと神武天皇の案内をするのも、熊野権現の使いだからだと言う説もあります)
そのため、烏紋は神紋として特別扱いされ、使用する家系は熊野権現の神官を務める鈴木氏の一族と、その支流である伊予の土居氏に限られているそうです。
鈴木氏の一族は、熊野権現の信仰が盛んになるのに従って、日本全国に分散して、数が増えたと言う事の様です。
尚、現在の日本では、家紋に関する定まった決まり事というものが存在しないため、類似した家紋を使用している家とのトラブルになるおそれが無い限りは、自分の好きな家紋を選んだり、新しくデザインする事が出来ます。
ですから、御質問の家紋が、特に由来等が存在していないものである可能性も、無いとは言えないと思います。
それから、鳩や烏ではありませんが、御質問の家紋の様に、三匹の動物が頭を内側に向けた図案が、他の動物等の紋にも存在しています。
その多くは、「三つ集め雀」とか「頭合わせ三つ雁金」と言った、「三つ集め○○」や「頭合わせ三つ○○」と言う様な名称である事から考えて、御質問の家紋が、「三つ集め烏」、「頭合わせ三つ烏」、「三つ集め鳩」、「頭合わせ三つ鳩」と言う名称である可能性が高いのではないかと思います。
お礼
いろいろと詳しくありがとうございます。 これだけ資料等で調べて頂いて無いという事は、特に由来等が存在していないものである可能性という部分があるかもしれませんね。 名前に関しても、正式なものはわからずですが、きっとおっしゃられているような物なのかなぁと思います。 今回の質問、わからずじまいでちょっと悔しいですが、いったん締め切りたいと思います。 皆様ありがとうございました。